☆第11話☆ 【旅の支度④】



 真っ暗な視界に、ゆっくりと光が入り込んでくる。


 見覚えのある天井。


 横を見れば大量の書物が並んだ棚。


 窓からは橙色の光が部屋を照らしている。


 そして俺はベッドで横になっていた。

 


「......夕方...........痛!?」



 起き上がろうと腹筋に力を入れた途端全身に痛みが走り、咄嗟に声が出てしまった。


 この痛み、覚えがある。


 初めての筋トレを思い出させる痛みだ。


「久しぶりの痛みだな......」


 しかしこの状態だとまだ身体は動きそうにない。


 どうにかしてベッドから降りようとすると関節を曲げてしまうため、それなりの痛みが走る。


 誰かが部屋に入ってきて欲しい気持ちもあるが、今の状態を目にされたくない。


 ただでさえ毒に悶える俺の姿を笑うくらいだ。


 ナータの嘲笑う未来が見え見えで仕方ない。


 このまま誰か来るのを待つしかないか。


 そう思い、痛みが走りながらも、額に左手を当てる。


「気絶してたか......」


 これほどの気絶は初めてだ。


 数分程度なら幾度か経験したことがある。


 ナータの精神魔法だ。


 あいつと模擬戦をしていると急に精神魔法で俺の気絶を促してきた。


 耐えようと強く意識をしたんだが、ナータの本気には流石に耐えられなかった。


 どうやら精神魔法は付与された対象と使用者本人との間に流れている魔力量で、強さの有無があるらしい。


 それを本人から聞いた時には、納得せざるを得なかった。


 俺でさえあいつの魔力量に勝てなかったのだから。


 その記憶からナータの魔力量は随一と思っている。


 寧ろあいつより魔力量の多い人物と出会った試しがない。


 しかし今回の気絶は違う。


 明らかに俺の身体が痛みに耐えられなかった。


 根拠は無いが、考えられる原因は恐らく、急激な筋肉の膨張によるシンプルな筋肉痛だろう。


 気絶する手前、身体全体の筋肉が膨らんだような感覚になり、激痛に襲われた記憶が残っている。


 そして気絶後、自然回復のため部屋に運ばれ、現在に至る、か。


「こんなんじゃダメだな......」



「――――何が?」



 ボソボソと独り言をしていると、真横から誰かの声が飛んでくる。


「ーーっ!? なんだお前か。普通にビビった」


 そこに居たのは、座りながら本を読むナータだった。


「驚かせるつもりはなかったんだけどね」


「お前はいつも、驚かせるつもりしかないだろ」


「そうだっけ?」


 夕日に照らされ、集中しているナータは顔の表情を動かそうとしない。


 本に夢中なのだろう。


「いつから居たんだ?」


「一時間前くらい」


「そうか」


 それだけを言って、お互いに沈黙が生まれる。


 気まずいといった空気感では無い。


 ナータは本とのにらめっこで何も喋らず、俺は俺で特に話すことも無いので、腕を天井に掲げ、手を握ったり開いたりを繰り返して、少しずつ筋肉を解す作業をする。


 笑われるんだろうと思ったが、予想は的外れ。


 少しこいつの内側が見えないような気がしてきた。


 しかし笑わないなら笑わないという選択をしたナータに、とやかく何かを言うつもりはない。


「聞いたんだろ?」


「何を?」


「とぼけなくていい、もう知ってんだろ? 俺の状況」


「......」


 そう言うとナータは何も答えず、黙々とページをめくる。


「......何読んでるんだ?」


「魔法書」


 その言葉を聞いて俺は違和感を感じた。


 しかしその違和感が自分の中でまだしっくりとこない。


 探るため、違う質問を投げる。


「そうか。で、何でこの部屋にいるんだ?」


 無表情でナータは答える。


「特に意味はない」


 やっぱり何かが違う。


 ナータがそこにいるはずなのに、俺の心はナータじゃないと迷いを始めている。


 これといった根拠はまだ己の中では見つかっていない。


「そうか......ちなみにこれ治療できるのか?」


「アトラはそれでいいの? 治療できるけど、中途半端に止めることはできないよ」


「流石に動けないのは不便に感じる。この痛みが無くなるのはもったいなくも思うが、今は動けない身体より動ける身体が欲しい」


 するとナータはパタンと魔法書を閉じ、俺の体に両手をかざす。


 すると魔法陣が現れ、それが俺の身体全体を癒していく。


 何だろう......じわじわと身体の体温が上がって、少し心地良い。

 

 そう考えている間に、治療が終わる。


 治療が終わったナータはもう一度魔法書を読み出した。


 そしてわかったことがある。


 ついさっき感じた違和感。


 俺は身体を起こし、あぐらをかいた状態で聞いた。



「ーーーーで、何の真似だ?」



 治療中に感じた魔力は、いつも感じるナータの魔力ではない。


「どういう意味?」


 遠回しの言葉に図星を突かれたのか、魔法書を読んでいたナータの顔が、真顔からニヤリと少し焦るような表情になる。


「どうもこうも変な意味はねぇよ。お前は俺を舐めすぎだ。まぁどういうことかと言うと、ナータはいつも俺の治療を施してくれたり、模擬戦で魔法をこれでもかってほどに放ってくる。だから普段からあいつの魔法を見る機会が多いんだ。その環境にいるせいで魔力のない俺でも、ナータの魔力だけは感覚でわかるようになった」



「......魔力がなくても感じることはできるんだね」



 白状したようで、椅子から立ち上がり、声だけが少女の声に変わる。


「それでもあいつの魔力しか感じれねぇけどな」


「充分だよ。魔力を多少ながら感じられるということは、あなたもいつか魔法を使える日が来るかもしれない」


 そう言いながらナータの形をした姿が徐々に光だし、真っ白に染まる。


 ーー次第にその形は俺の知るナータのシルエットから、髪が長くなり見覚えのある少女の姿に変わる。


 そして彼女はもう一度椅子に腰を掛けた。


「そんな日が来ることも俺は望んじゃいないさ。もう迷ってねぇからな」


「理由を聞いても?」


「別に......早い話、興味がなくなっただけだ」


 俺は諦めた口調で言った。


 実際、魔法を使いたいと望んだことは幾度かある。


 しかしそれは俺からするとただの夢物語にしか過ぎない。


 ナータからあれを飲め、これを飲めやと様々なことを試した。


 結果、俺から魔力は生まれず、魔力もなければ魔法書で魔法を使うことなども不可能だった。


 そしていつからか剣のみの道を歩んでいた。


 最初の頃は魔法の対処などを剣だけでどう動くべきかということを考えたりした。


 それを毎日続けていても不思議と苦ではなかった。


 どちらかと言うと、面白かった。


 そこから本格的に剣術の特訓を始め、剣を腕に人生を歩むと決断したのだ。


 だから俺はもう魔法そのものに興味はない。


「そう。嫌いになってるわけじゃないなら、特別何かを言う必要もなさそうだね」


「ーーどっちかと言えば好きだな」


「なら良かった」


 そしてまた沈黙が生まれる。


 今回の沈黙は少し気まずい。


 これに関してはこちらの感じ方にはなるが、ひとつの理由を述べるのであれば、シルヴィアの考えていることが分からない。


 あと行動も読めない。


 ついさっきまでナータの姿で俺に接していた点も、その意味を読み取れていない。


「ナータはどうしてるんだ?」


「薬草の採取に行ってる」


「そうか。どうせまたくだらない研究でもするんだろうな」


「私はくだらないとは思わないけど。彼の研究に対する発想は面白いし」


「世辞か?」


「いいや、普通にそう思ってる」


「そうか」


「うん」


 顔をこちらに向けることなく黙々と魔法書のページをめくるシルヴィア。


 その瞳は淡い黒で輝いており、真っ直ぐと本に目が向かっている。


 俺はベッドから離れーー橙色に輝く窓に近寄り外を眺めた。


 もちろん周りには緑が広がっている。


 しかし夕日に照らされたその緑たちの動きは楽しそうに、皆で歌を奏でているように、風に煽られていた。


「オグタ村に行こうと思っていたんだけどな......そうもいかなくなったか」


「なぜ?」


「シンプルに時間がないからだよ。今日はもうこんな時間だ。今行けばこっちに戻ってくるのに多少時間がかかる。この身体だし。あと、明日の準備もしなきゃいけないしな」


「そう」


 彼女はその一言を放つと同時に魔法書をパタっと閉じた。


 そしてこちらに顔を向けて言う。


「ーーお腹空いたから、夕食にしようか」


 朗らかな表情が金色の髪をより際立たせる。


 シルヴィアの表情は少女とは思えない、どこかもっと大人びているような、全てを知っているような顔をすることが多い。


 彼女がなぜここで暮らしているのか。


 なぜ魔法にこだわりが強いのか。


 会って日は浅いが、少しだけ理解できた気がする。


「そうだな」


 俺は微笑してその一言を残し、部屋を出た。

 


 今後もシルヴィアの知らない顔や一面と出くわすことが多いだろう。


 無論、それも旅の一つの醍醐味だと思っている。


 昨日出会ったばかりの少女を一日や二日で全てを知るのは不可能だ。



 少しずつ、シルヴィアを知っていくとしよう。

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