☆第5話☆ 【黒い野兎】


 

 俺はかれこれ、日が暮れるまで研究に付き合わされていた。


「痛くないの?」


「流石にもう慣れた」


 俺の手に毒を浴びせては薬をかけ失敗し、魔法で治療する繰り返し。


 もう何回やったかわからない。


「ごめん。すぐに終わる研究だと思ってたんだけど、結構手強くて」


「研究ってのはそんなもんだろ。簡単に終わるなら誰も研究になんてものに苦労しない」


 そうしてまた俺の手は魔法で解毒される。


「そう言ってもらえると助かる」


 ……にしても腹が減った。


 そういえば、今日干し肉しか食べてないな。


 早くこれを終わらせて、飯が食いたい。


 と考えているとーーーー俺の腹の虫が突如鳴いた。


「……先に夕食にしよっか」


 その音を聞いたナータが研究の手を止め、部屋から出た。


「すまん……腹が減りすぎて」


 そして俺もその後ろをついて行く。


「別にいいよ。私もそろそろ何か食べようと思ってたから」


 お前もあの時の干し肉しか食ってないだろ。


 よく今まで我慢して研究に没頭できてたな。


 もしくは俺より先にここに来て、何か口にしていたのか。


 とりあえずこれから何を作ろうとしているのか聞いてみよう。


「そういえば、何を作る気なんだ?」


「山菜とお肉で何か作ろうかなって」


 良かった。まともなものだった。


 ……いやまだ油断はできない。


 もしかしたら、ドラゴニックダケを混ぜてくる可能性もある。


 監視を兼ねて、もう少し揶揄わさせてもらおう。


「手伝おうか? 流石にその身体じゃきついだろ?」


「馬鹿にしないで。これでも魔力には自信があるんだよ」


 いやそんなことは知ってるが。


 なんかこう……もう少し焦る表情を出してほしい。


「……じゃあその魔力量に免じて、俺も何か手伝うが?」


「いいよ別に。研究に付き合ってもらったし、ゆっくりしてて」


 と言いながらキッチンの上にある棚から何か取り出している。


「そうか」


 背伸びしないと材料が取れないとか、その身体不便だろ。


 もうバレてるんだから、そろそろ変化魔法解けよ。


 俺は背伸びをしているナータの後ろから、棚に手を伸ばした。



「ーーーー何がいるんだ?」



 俺がそう聞くと、ナータは背伸びをやめ、ゆっくりと俯く。


「……さ、山菜」


 お?


 今のは何も考えずにした行動だが、顔を少し赤くしたな。


 もしかしてこういうことに弱いのか。


 じゃあもう少し攻めてみよう。



「ーー聞こえなかったから、もう一度言ってくれないか〜?」



「山……菜……」


 意外な一面を知ってしまった。



 ☆ ☆ ☆



 アトラと別れた僕は希少な野兎を狩っていた。


「ちょっと時間かかりすぎた……」


 そしてさっきまであった太陽は、とっくに落ち切っている。


 もちろん森だから辺りは真っ暗だ。



『ーーやっと仕留めれたね!』



 ミューと二手に分かれて協力してもこの手強さ。


 流石に一人じゃ捕えられなかった。


『ミューのおかげだよ〜! まさかブラックラビッツと遭遇するなんて思いもしなかった』


『ありがとう!』



【ブラックラビッツ】。


 名前だけ聞くと可愛らしい黒兎を想像するが、実際は違う。


 想像と大きくかけ離れた、超希少な獣だ。


 見た目は文字通り黒い。


 しかしこいつの一番厄介な点は、常に隠蔽魔法を使い、超高速で移動していること。


 そして生態系の書物では、これを狩った人物は一人も存在していないとされている。


 そんな存在がこの森にたまたま現れたのは、僕の日頃の行いが良いからだろう。


 その上、その書物には『絶品なる味わいかもしれない』と記されていた。


 食べない以外の選択肢なんてない。


 もちろんアトラにもこの味を知ってもらいたい! 


 だから今日の夕食は僕が作ると言い出したんだ。


 でも何も言わずにアトラを放置しちゃったけど、大丈夫かな?


 もしかしたらアトラの横をブラックラビッツが通り過ぎると思って、剣を構えてもらったけど、今何してるんだろう?


 怒ってないかな……?


「……一応、謝っておこう」


 誰も狩ったことのないブラックラビッツだ。許してもらえるだろう。


 多分……。


『これからどうするの?』


 とミュー。


『僕の仲間が待ってるかもしれないから、そこに行こっか』


『わかった!』


 アトラは魔力を持ってないから探知するのが一苦労。


 近くに入れば気配でなんとか察知できるんだけど、距離が空いてたら森と溶け込んでるみたいで、何も感じなくなる。


 転移魔法を使いたいところだけど、アトラを特定できない以上それを使うこともできない。


『ミュー、少し静かにしててね』


『わかった!』


 僕はアトラを探知するため、目を閉じ深く集中する。


 ……。


 …………。


 どこだ?


 ここまで集中して探知できないなんて初めてだ。


 いつもなら数秒集中すれば見つけられるんだけど、今回は本当に何も感じない。


 気配すらも察知できない。


「……迷子?」


 アトラならあり得るかも。


 何が起きているのか理解できず、どこか行ってしまったんじゃ……。



 ーーそんな時、半年前くらいのアトラの言葉が脳に浮かぶ。



【ーーーー俺が見つからない時? ん〜、意外と何も考えすぎない方がいいんじゃね? 昔からの仲だし】



 意外と考えすぎない……?


 直感的になればいいのか?


「こんな時、僕がアトラだったらどこに行く……?」


 そう呟き、浮遊魔法で空に浮上し上から辺りを見渡す。


 しかし目立っているのもは見つからない。一面森で覆われている。


 直感的に考えても、やっぱりアトラの考えてることは分からないな。


 とりあえずミューにも聞いてみよう。


『ねぇミュー。空から森を見たら、何が見える?』



『ーーシルのお家!』



『お家? 建物は見えないけど……』


 家があると言われ森を見渡すが、建物は一つも見当たらない。


 小屋的なものでも見えているのだろうか。


『あの大きな木がシルのお家!』


 そう言い、ミューが身体の一部をその方向へと差す。


『大きな木……?』


 目を細めながらその方向を見ると、モヤモヤとしながら僕の目に巨大な木が現れる。



「あっ! 巨大な木! 忘れてた! そういえば認識阻害魔法で邪魔されてたんだった!」



 ブラックラビッツを狩るのに夢中で、すっかり頭からその記憶が飛んでいた。


 一度見つけた時、認識阻害魔法を壊しておいたんだけど、誰かの手によってまたその『巨大な木』に魔法が掛けられている。


 そしてあの大きさを覆うほどの魔法。


 恐らく相当強いだろうね。


『あれがシルのお家だよ!』


 ミューの言うお家というものは見つかったが、その【シル】というのはなんだろう。


 人物名なんだろうけど、ミューにとってどんな人なのか気になる。


『そのシルって言う人は誰なの?』


『ミューのともだちだよ!』


 スライムに友達なんて存在したんだ。


 ミューと似たような個体なのかな?


『そっか、じゃあミューの友達なら安心だねーーーーあれ?』



 巨大な木を眺めながらミューと話していると、何かあの木から感じる。



「ん……? あーっ! あんなところに居たのか!」


 その巨大な木をまじまじと見ていると、アトラの気配があった。


 おそらく剣を構えた状態で移動していたら、たまたま見つけた感じなのかな。


 勝手な推測だけど。


『どうしたの?』


『ミューが言ったその友達のお家に、僕の仲間が居たんだ』


『じゃあ探さなくていいね!』


『あぁ。これもミューのおかげだよ』


『ありがとう!』


『そこは【どういたしまして】だよミュー』


『ーーどうして?』


『これは相手の感謝を受け取る時の言葉なんだ』


『わかった! どういたしまして!』


 僕は一つの言葉を覚えたミューに笑みを送る。


『じゃあ僕の仲間もあの大きな木に居るし、あそこへ行こっか』


 でも……認識阻害魔法が掛かってるのに、アトラはどうやって中に入ったんだろう?


『わかった!』


 いつからそこに居るかは分からないが、少し驚かせてやろう。


 転移魔法でアトラの横に行くのもいいけど、それじゃ本人に気づかれてしまう。


「隠蔽魔法で近づくか……」


 もし失敗してもブラックラビッツが全てを解決するはずだ。


 怒らせてしまっても美味しいもので許してくれる。


 ......。


 ............。


 多分。

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