★First Comet★

☆第1話☆ 【オグタ村】



 村に到着した後、住人から案内を受け屋敷に来た俺たちは、わけも分からずこの村の長であろう男の部屋に招かれていた。


 男はソファに座った俺たちへお茶を出し、もてなしているように感じる。


 そして男も反対のソファに腰を掛け、何かを語りだした。

 しかし何を喋っているのか理解出来ない俺とナータは、お互い距離を詰め、ひっそりと話し合った。


「おい、この村の人達、何言ってるかさっぱり分からないから、何とかしてくれ」


「僕に全振り……!?  ちなみに僕も何言ってるか全然分からないからどうしようもないんだよ!」


「お前さっきそのスライムと変に意思疎通してただろ。それでどうにかならないのか?」


「……試してみるよ」


 そう言うと、ナータは膝に抱えているスライムを見つめ、何かを訴えかけた。


 それに反応したスライムはナータの膝から机に移動し、男の顔を見ながらじっと止まった。


 男はスライムと意思を通したのか、急に考え込む姿勢になる。


 数秒経つとその姿勢は背筋をピンと伸ばし、スライムに顔を向け何かを伝えた。


 そして男とスライムの顔がこちらに向く。


 ついさっきまで笑顔でもてなしていたよな。急に真剣な顔をされると、何かやらかしてしまったんじゃないかと不安になる……。


「――――――」

 こちらに顔を向けたスライムが何かを伝えたいのか、身体をゆっくり揺らし始めた。


「……え〜、またあそこに行かなきゃ行けないのか……」


 それを見たナータが意思を通して会話をしたのか、面倒くさそうな声でそう呟いた。


 俺はスライムの言っていることを読み取ることが出来ないから、この場は全てナータに一任するしかない。


 それとナータが少し嫌な顔をしている。俺も変に嫌な予感がしてきた。


「……あの森か?」


 恐る恐る聞いてみると、ナータは声を出さずコクンと頷く。


 もちろん俺もあの森に行くのは少し抵抗がある。


 嫌な思い出を残してしまったからな。


「それとこの村長、僕たちが森に行く前に、手合わせがしたいって」


 おっとそれは予想外だ。


 今までどこの村や国に訪れても、そんなことを言い出す者はいなかった。


 しかしなぜ手合わせがしたいのか、理由がわからない。


 俺達を警戒しているのか?


 そしてこの男、よく見ると身体のスタイルが良い。


 一見か弱そうな体つきをしているが、それは着ている服がそう見せているだけだ。


 それに、己のオーラを抑えていて、相手に自分の実力が気づかれないよう精神を維持し続けている。


 この村の住人がこの男に長を任せるあたり、余程信頼されている存在なのだろう。


 こちらも怪しまれては元も子もない。


 余計な行動は控えよう。


「別にいいけど、間違っても殺すことはするなよ」


 ナータが相手なら、こっちが負けることはないだろう。


「あ、いや僕じゃなくて……アトラに言っているみたいなんだ」


「……は? 何で俺なんだ?」


「えっと……」


 言いにくいことなのか、躊躇いの顔を浮かべている。


「魔力を持ってる同士なら、お前でいいだろ」


 そう言いながら怪訝な顔をナータに向けた。


 俺は俺以外の人間が魔力を持っていないという人物と出会ったことがない。


 数年間の旅で様々な国や村に足を踏み入れたが、どの地域にも魔力を持たない人間は居なかった。だからこそ今の状況に理解が追いつかない。


 どうせ俺が戦ったところで「魔力のない人間が」などと、邪念をぶつけられるだけだろう。


 でも相手が指名してくるのであれば、立ち向かう以外道はない、か。


「見ているのはそこじゃないんだ」


「どういうことだ?」


「実は……アトラの身体に、興味があるらしい」


「ーーーー同性愛者!?」


「……あぁもうそれでいいよ」


 なんてことだ。


 この男がそんな性癖を持っているなんて、想像がつかなかった……。


 こんなにも冷静を保ってる人間が、同性愛者なのか!?


 まさか、欲を制御するために己のオーラを抑えていたっていうのか……?


「つまり、その手合わせで俺が負けたら……」


「ーーーー食われるかもな〜」


 頭を抱えている俺にナータが追い討ちをかけてきた。


 しかし呆れているのか、どこかテキトーに言っているように聞こえる。


 こいつ……俺が今危険な目に遭っているというのに、のうのうと茶を飲みやがって。後で模擬戦仕掛けて涙目にしてやる。


「お前……覚えとけよ」


 何かを感じ取ったナータは、焦りながら持っているお茶を机に置いた。


「……冗談だって」


 このやり取りを見た男は、クスクスと笑いながら自分で用意したお茶を一気に腹へ流し込んだ。そして笑いが落ち着いたのか、俺を見ながら手を差し伸べてきた。


 意図を読み取れない俺は、ため息をつきながらナータに訊ねた。


「で、ナータと戦いたいわけじゃないなら、俺の剣と交えたいってことか?」


「そうなるね」


 そう言われ、男の差し伸べている手をじっと見たが、戦わなければ話が進まないと思い、俺はその手をとった。


 剣を交える以上、負けるわけには行かない。俺のプライドが剣術での敗北を許さない。


 本気でいこう。


 ……しかしこの男、やはり良い体格をしている。俺と同じで毎日筋肉を追い込んでいる体だ。


 握手しているだけで、血の滲む努力を重ねてきたのだと垣間見えてしまう。

 

 少しは楽しめるかも……しれないな。



 ☆ ☆ ☆



 僕達は屋敷の裏にある大きな庭へ案内された。その庭の中心辺りで、この村の長とアトラが互いに真剣な顔をして向かい合っている。


 どうして村長はアトラと剣の手合わせがしたいと思ったのだろうか。


 確かにアトラは剣士としての実力はかなりのものだ。証言にはならないかもしれないが、僕がそれをずっと見てきたから分かる。


 アトラは強い……僕よりも。


 おそらく村長はアトラの筋肉を見て興味が湧いたのだろう。


 その上ミスリルの剣を持ち歩いているなんて、僕が剣士だとしたら速攻で目をつけては、勝負を挑むだろうね。


『ねぇミュー、この勝負どっちが勝つと思う?』


 僕は腕で抱えているスライムに語りかけた。「ミュー」という名で、短くて呼びやすい良い名前をしている。


 ちなみにミューとは、魔力波長を通して会話をしている。


 いわゆる念話というものだ。


 まさか魔物と会話ができる日が来るなんて思いもしなかった。


 しかも見習い冒険者が気軽に倒せるあのスライムだ。


 そんな魔物が多くの魔力を所持していて、その上会話ができるほどの知能がある。一体ミューを使役しているのは何者なのだろうか。


 気になりすぎて、今日の夜は遊んでしまいそうだ。


『ミューは赤い服着てる冒険者の人? が勝つと思う!』


『あはは、ありがとう。でも、村長の強さも分からないからな〜』


 あの村長、隠しているつもりかもしれないが、魔力を抑えきれていない。ところどころ魔力が溢れては、溢れた魔力が魔素に変化してしまっている。


 どのくらいの魔力量なのかは分からないが、おそらく魔法師を超越しているだろう。


 しかし今回は剣の手合わせだ。


 もし身体強化魔法を使ったら、僕が相手をするとしよう。


『村長の強さ?』


 とミューが食い気味に訊いてきた。


 ミューが村長の剣の実力を知っているのであれば、聞いておいて損はないか。


『知ってる?』


『えっとねぇ、ミューが見てきた中だと、王都の騎士? より強かった!』


 聖騎士より……か。


 聖騎士は魔法と剣術を両立している騎士だ。魔法師よりかは少し遠いが、ある程度の魔法は使いこなしている。


 剣術と魔法を上手く使った戦闘をしてくるため、対人線になると厄介極まりなしだ。


 まぁ常人ならの話だけど。


 そんな聖騎士より、村長の方が強いと、ミューは言っている。


 しかしどちらの意味で言っているのか分からない。


 魔法を使った実力なのか、剣術のみの実力なのか……。


『へ〜、凄い人なんだ、あの村長』


 僕は少し興味なさそうに返答した。


『うん! ミューが知ってる人間族の中で一番強い!』


『そうなんだ。ちなみに村長は魔法を使えるの?』


『使えないよ!』


 口の軽いやつめ。


 でもその情報を吐いてくれるなんて、今だけは感謝しておく。


 今後、ミューが別の人物に僕やアトラの情報を漏らす可能性も無きにしろあらずだ。ここは大人しく村長について聞くだけにしておこう。


『へぇ……剣術しか使えないんだ』


『そうだよ!』


 剣術のみで聖騎士より強いということか。


 しかしどれほどの剣さばきなのか、この戦いを見なければ分からないな。


『なるほどね。じゃあそれでもミューは、村長が負けると思ってるのか?』


『うん! だってあの赤い服の冒険者の人と初めて会った時、もの凄く強いって思ったから!』


 ごめん。


 それ強いというか、あの時ミューに向かって殺気立たせてただけなんだ……。


 殺気をその人の強さだと勘違いするなんて、天然にも程がある。


 でも可愛いから許す。


『あはは、そう言ってもらえて僕も嬉しいよ』


『どうして?』


『彼とは、ずいぶん長い仲だからね。弱点も知ってるし、強みだって知ってる』


『どのくらい長いの?』


 このスライムは……僕とアトラとの間柄について興味があるのだろう。しかしあまり深いことは言えない。


 ミューには悪いが、ここは黙っておこう。


『そうだねぇ、君が独りを過ごした時間と同じくらいかもしれない……かな』


『僕は生まれた時からずっとひとりじゃなかったよ?』


 それが家族なのか、使役している何者なのか、魔力を通して探ろうとしても、何かに邪魔をされて思考を読み取れない。


 おそらく使役者が、ミューに結界か何かを施しているのだろう。


 にしても強い。


 僕の魔力でもこの謎の壁を打ち破れない。一体どんな人がこれを施したんだろう? 


 凄く興味ある。


 これは夜更かし確定だな……。


『あはは、それは幸せなことだね。今まで一緒にいてくれた人に、恩返しでもしてあげるといいよ』


『うん!』


 そしてこれだけは伝えておかないといけない。


『それと……ミューは大きな勘違いしている』


『どうして?』


『僕達は……「冒険者」じゃないんだ』


 僕はアトラの立ち姿を眺めながらそう言った。


 僕達は、冒険者として行動しているなんて、微塵も思っちゃいない。


 正直、冒険者なんて肩書は、持ってても何の役にも立たない。むしろ風評被害を受けてしまうほど、有難迷惑この上ない。


 報酬次第で依頼を受けては、最悪の場合、仲間を見捨てて逃げ帰ってくる。


 もちろんそれが「人間」だってことは承知の上だ。生存本能が働き、そういうことをしてしまうのだと理解はしている。


 しかし人によっては、仲間をわざと見捨てる奴もいる。「仲間殺し」というやつだ。


 それらが世間に印象付けてしまい、やれ金銭目当ての蛮族だの、やれ仲間意識のないゴミ集団だの、罵声を浴びるばかり。


 だから冒険者という肩書は、持ってても腐るだけの汚名なのだ。


 もちろん僕達はその肩書を持っちゃいない。いや、持ちたいと思わない。


 それと同じ扱いを世間から受けてしまうのなら、家に引き籠もって、魔法の勉強だけしてる方がよっぽどマシだ。


『じゃあどうして』

 


「――――お〜い!」

 


 僕の視線に気がついたのか、アトラがこっちに手を振りながら叫んできた。


 ミューが何か言いかけていたが、ミューもそれに反応し、腕の中でモゴモゴしながら身体をアトラに向ける。


 動き方が可愛い。


 柔らかくてずっと抱いていられる……。


 おっと、考えることが違う。アトラが何か言いたそうだ。


「何か問題でもあったか〜?」


 そう聞くと、アトラは腰の剣に手を当てた。


「この手合わせって、真剣でやるのか〜?」


 確かに、手合わせとなると、お互い木の剣を使うのが世間一般だ。真剣での手合わせは手合わせではない。


 一種の「闘い」となる。


 真剣で行う理由があるのか? もしかしたら、自分が命を落としてしまうかもしれないというのに……。


「ちょっと待って〜、聞いてみる〜」


 とりあえず、ミューを通して村長に理由を聞いてみよう。


『ミュー、頼める?』


『わかった!』


 するとミューは村長に視線を向けた。


 そしてそれに応えるように村長もミューに視線を向ける。


 何を語り合っているのか気になる。


 盗み聞きしようにも、結界のようなものがそれを拒んでくる。


 鬱陶しい。どれだけ厳重に護ってるんだよ。


 こんな万能な結界あっていいのか?


 魔力で出来てるものじゃないから、結界とは言えないかもしれないけど……。


 しかし、唯一分かるのは、ミューが頷いていることだけだ。何かを聞いては、頷いている。


 何かしら念を押されているのかもしれない。


 やましいことでも企んでいるのだろうか。


 そして会話が終わったのか、ミューがモゴモゴと身体をこちらに向けた。


 やっぱ可愛いな……。


『どうだった?』


 と僕はミューに訊ねる。


『なんか、みすりる? の剣を試したいって!』


 やはりそれが狙いか。


 今まで道行く人間から、幾度かアトラが奇襲を受けていた。


 しかし相手が弱いせいか、僕が駆けつけた時には全部アトラが片付けていた。


 縛り付けて奇襲の理由を聞き出すも、賊はアトラがミスリルの剣を持っていたからとしか答えない。


 ミスリルの価値が莫大なのは分かるが、それと比例して、持ち主の実力も分かるだろうに。


『他には何も言ってなかったか?』


『何も言ってなかったよ!』


『村長が勝ったら、僕達の荷物を一部渡すとかも?』


 最悪、ミスリルの剣を渡さなければならないだろう。手合わせでアトラを指名する程だ。あのミスリルの剣に惚れるのも無理はない。


 でも、万が一の話だけどね。


『聞いてみる!』


 そう言ってミューはまた村長に身体を向け、話し合いを始めた。


『なんて言ってる?』


『えっと〜、「そんなことはしない。おれはかれと、かれのけんに、いどみたいだけだ」って言ってる!』


 嘘つけっ!


 目を輝かせてアトラの腰にある剣を見つめてるじゃないか!


『……そっか。じゃあ思う存分やってくれって伝えて欲しい』


『わかった!』


 ミューから伝言を受けっ取った村長は、僕に笑顔を向け、視線をアトラに戻した。


 あの村長、情緒どうなってるんだ? 興味のある顔になったり、真剣な顔になったりと。


 北部地方にいるホワイトウルフかよ。


 とりあえず、この謎の戦いをさっさと終わらせて、さっきの森に戻ろう。


 ……そういえば、アトラはまたあの森に戻るって聞いて、嫌な顔してたな。


 でも僕はあの森に居ると心が温まるから、ちょっと嬉しい。


 あと今回は「ミューを連れて行け」と村長が言っていた。


 理由は知らない。


「ナータ〜、村長は何を言ってたんだ〜? 急に笑顔になって怖いんだけど〜」


「良かったな〜。真剣でやる理由は知らないけど、アトラが負けたら、その剣を貰うってよ〜」


 あ、顔が変わった。


 僕の言葉を聞いた途端、村長を睨みつけ、腰にある剣の柄を握り構えた。


 あれは容赦しない目だ。


 少しからかいたかっただけなのに、まさか真に受けるとは思わなかった。


 多分、後で嘘がバレるやつだこれ。


 ……その時は謝ろう。


 それもそれで、村長もアトラの構えを見て、なんで笑顔でいられるんだよ。


 剣を構えてるのはいいけど、死ぬよ?


『ねぇ、あの二人は何をしてるの?』


 ミューが構えている二人を見ながら聞いてきた。


『あれはどちらが先に動くか、お互い読み合いをしているんだ』


『どういうこと?』


『もう、勝負は始まっているということだよ』


『ふ〜ん』


 このスライム、もしかすると戦闘経験はないのかもしれない。


 魔法を使って弱い獣や魔物を一度は倒すことがほとんどだが、その痕跡すらこのスライムからは感じられない。


 なぜこんなにも魔力を持っているんだ?


 ……ダメだ。


 魔力の根源を追っても、途中で何かに遮断されてしまう。


 タイミングを変えてもう一度試してみよ。


『そういえばミュー』


『なに?』


『さっき僕が「冒険者じゃない」って言ったの覚えてる?』


『うん!』


『気になるなら、この手合わせを最後まで見るといいよ』


『どうして?』


 率直に言うと、結果は目に見えている。


 しかし……見るのはそこではない。


「彼が、『アトラ自身がその答え』だから……」



 ☆ ☆ ☆



 この男は、この剣を賭けて手合わせを仕掛けていたらしい。いや手合わせじゃない。


 決闘だ。


 俺が負けたらこの剣を渡すことになると、ナータは言っていた。


 無理。


 あの世へ行ってもそれだけは許せない。絶対回避しなければいけない状況だ。


 ……殺すか?


 今なら見ているやつはナータとスライムだけだ。


 これを渡すリスクを少しでも負ってしまうなら、状況を有耶無耶にしてしまう方がいい。


 しかし……なんだこの男。


 俺の顔を何度も伺ってくる。何かついてんのか?


 まぁ何でもいいが、そっちが早く動いてくれなきゃ、こちらも何も出来ない。


 俺から動くのもいいが、それじゃ面白くない。


 剣士は初動からその人の性格や癖が出る。この男は剣を構えている上、足も既に踏み込んでいる。


 つまりこの男の中では、もう闘いが始まってる。


 いや勝手に始めるのやめてもらっていいか? 


 俺はまだ闘う意志を見せていない。


 もしかして剣を握ってるだけで、この男には伝わってしまってるのか? ただ握ってるだけなのに。


 ……でも抜きたくない。


 俺は人に手をかける時は、必ず何かを守る時しか剣を抜かないと誓っている。


 だから今の状況はその時じゃない。


 もしこの男が、ナータの命を奪うような真似をすれば、俺は迷わずこの剣をーーーー。




 ーーーー刹那、男の剣がアトラを狙った。




「……!」


 俺はその剣を片手で掴んだ。



 そして剣からゆっくりと手を離し、一歩後ろへ下がる。


 男の顔を見ると、さっきまでやり気に満ちた顔が唖然となっていて、自分の振り下ろした剣をじっと見つめ動かない。


 何か不思議な事でもあったのだろうか。

 

 ただ上から落ちてきた石を避けるのとほぼ同じような行動をしただけにすぎない。



「アトラ〜、もういいよ〜」



 考えていると、ナータの声が飛んできた。


「何がいいんだ〜?」


 いいとは何がいいのか、俺には分からん。この闘いはまだ終わってないはずだ。


 俺もまだ何もしていないし、この男も剣を一振りしかしてない。


「手合わせのことだよ〜」


「どういうことだ〜?」


「村長にはもう戦う意志がないんだ〜」


 どういうことだ。


 戦う意志がない……? 


 俺に決闘を申し込んでおいて? 尚更分からん。


 この男は、俺の剣が欲しくて闘いを挑んだはずだよな? 


 欲に負けて戦闘心がもっと働くはずだ。


「なんでだ〜? 俺はまだ何もしてないぞ〜?」


「剣を素手で受け止めたことが衝撃すぎて、アトラへの闘争心が失せたらしい〜」


 ん……? そんなことで? 


 ただ剣を掴んだだけだぞ?


「ナータ〜、冗談なら今日の晩飯はお前だけゴブリンスープになるが、大丈夫か〜?」


 それを聞いたナータが嫌な顔をした。


 図星だな。


「嘘じゃないぞ〜、確かに村長は降参状態だ〜。確かめたいなら、村長から剣を受け取るといいよ〜』


 確かに。


 相手が決闘を申し込んでおいて、こちらだけがリスクを負うなんておかしな話だ。相手もそれ相応のリスクを背負わなければならない。


 でもこの男の持ってる剣はいらない。


 いらないというより受け取れない。


 しかし決闘のもと、それを受け取らなければならない。


 面倒臭い決闘をしてしまったな。


 俺は魔力がないから魔剣を使えないんだよ......。


 そう思いながら俺は男に目を向けた。


「まだ動いてないのか……」


 さっきの状態から微動だにしていない。


 ……気絶してくれてると助かるんだけどな。このまま何もせずにこの場を去れるから。


 呆れた俺は男に近づき、顔色をうかがった。


 真顔。


 すべてを悟ったような感情が表に出ているように見える。


「お〜い、ナータ〜。この村長ずっと固まって動かないんだけど〜。どうやって剣を受け取ればいいんだ〜?」


「そのまま剣を手から取ってくれだって〜」


 ……。


 俺は言われた通りに、この男が握っている剣を取った。


 この状態を維持したまま動かないとか……心折っちまったか? 


 一応後で謝っておこう。


「それで〜? この後はどうするんだよ〜?」


「もうこのまま森へ向かって構わないだってさ〜」


 嘘だろ。


 この剣、俺には必要ないぞ? まじでいらないんだが……。


「俺この剣いらないんだけど〜、どうすればいい〜?」


「貰っといたらいいんじゃないか〜?」


 うーん、どうしよう。予備なんて必要ないしな〜。


 捨てるか……?


 いやそれはダメだな。この剣も悲しむ。


 さっき居た部屋にこっそり置いて行こう。


「わかった〜、それと、少しだけ待っててくれないか〜?」


「どうしたんだ〜?」


「さっきの部屋に忘れ物しちまってるんだよ〜」


「了解〜」


 よし。

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