第39話 ノーカン
今日は7月某日の木曜日。時間は夜の22時を過ぎた頃。
明後日は待ちに待った椎奈との映画デートだ。ただ、今はそれどころではなかった。
「やばい、服がない」
そう、俺こと相良龍二は、デートに着ていく服を持ち合わせていなかった。いや、正確には服がまったくないわけではない。ただ最近、急激に身長が伸びたことで、普段着のほとんどがサイズアウトしてしまったのだ。ピチピチである。近所をうろつく程度の適当な服ならあるが、今回の現場はデート。しかも放課後制服デートではなく、休日の私服デートだ。俺の拙いファッション知識では、映画デートに適した服を手に入れる事は非常に困難だ。俺は最後の手段として、スマホを手に取りメッセージを送った。
相良龍二:緊急事態だ!
しいな:え?どうしたの?大丈夫?
相良龍二:デートに着ていく服がない!
しいな:……。
相良龍二:助けてくれ!このままじゃ土曜日は裸で行くことになる。
しいな:それも見てみたいわ♡
相良龍二:あのな。とりあえず明日の放課後、暇か?
しいな:うん。部活もないし、暇だよ。
相良龍二:デートで着る服を買いたい。一緒に来てほしい。
しいな:……。それ普通、デート相手に頼む?
相良龍二:背に腹は代えられない。
しいな:わかったわよ。その代わり、なんか奢ってね♪
相良龍二:任せろ!
よし、これでデート服はなんとかなりそうだ。ほっと一息。
その後も眠くなるまで椎奈と他愛のないメッセージのやり取りを続けた。
◇
翌日の放課後、俺と椎奈は近くのショッピングモールに向かっていた。ファッション系のセレクトショップや雑貨屋、本屋、CDショップ、大手家電量販店などが入っている施設で、フードコートやゲームセンターも併設されている。地元の若者なら、だいたい最初のデートで訪れるような場所だ。
最寄り駅から電車で一駅。さらに駅から徒歩15分ほど。車ならすぐだろうが、俺たちは高校生らしく電車で向かっていた。電車を降りて、モールまでの一本道を歩く途中で、椎奈が当然の疑問を投げかけてくる。
「どうして急にデート服が必要になったの?」
「ほら、俺、身長伸びただろ?服のサイズが合わなくなってな。ほとんど小さくなってしまってさ」
身長が伸びたのは誇らしいことのはずなのに、デート服がないというのはなんとも情けなかった。
「あはは、そういうことね。確かに龍二くん、身体大きくなったもんね♪」
椎奈が俺の腕をペタペタ触り、そのまま自分の腕を絡めてくる。やわらかな感触が腕に伝わり、俺は思わず慌てて「おっ、おい?」と声を上げた。
「ダメ?」
頬を赤らめて上目遣いで俺を見る椎奈。ダメなはずがない。そもそもダメじゃないから言うつもりもない。
「明日はデートするんだからな。これくらい普通だろ?」
俺が少し強がって答えると、椎奈はニシシと笑って、
「じゃあ今日は最後まで、腕を組んでよーね♪」
なんて可愛く言うもんだから、思わず「かわいい…」と口にしてしまった。その言葉を聞いた椎奈が真っ赤になる姿は、いつもの光景のようでいて、胸が少し高鳴った。
◇
ショッピングモールに入る。夏の日差しの下、徒歩15分の移動で汗だくだった俺たちは、足を踏み入れた瞬間に肌に触れる冷気に「ふ~」と息を吐いた。いくら朝練で外に慣れていようが、暑いものは暑い。椎奈も同じく、制服の胸元を開けて手でパタパタと扇いでいた。女の子特有の甘い香りと制汗剤の匂いが混じって鼻先をくすぐる。俺はすっと視線を逸らした。俺は何も見ていない。
「とりあえず、どこか、お洋服屋さんにでも入ろうか?」
椎奈が提案してくれる。俺は服に詳しいわけではないので、ここは任せるしかない。
「そうだな。正直、今日はあまり服に使える金は用意していない。リーズナブルな店だと助かる」
「そうなると、やっぱりあのお店がいいよね。種類多いし、色々試してみようか」
「よし!龍二くんをもっとカッコよくしちゃおう♪」
椎奈は振り返って笑い、迷いなくエスカレーターを上がっていった。
◇
最初に訪れたのは、衣料品業界でも最大手と呼んで差し支えないファストファッションの店だった。店内にはカラフルなTシャツからボトムス、シャツ、スーツ、下着まで揃い、男性用も女性用も一通り網羅されている。
「とりあえず、どんなタイプの服が似合うか見てみようよ」
椎奈が提案してくれる。俺は自分の服の好みなんてよくわからない。とりあえず無地の白いTシャツと、デニムパンツ・チノパンツ・カーゴパンツの3種類を選んで試着室に入った。当然、サイズは今までより一つ上げてXLだ。
シャツを脱いで、Tシャツに袖を通し、制服のベルトを外す。まずはデニムパンツを履いて鏡を見るが……うん、よくわからん。判断がつかないので椎奈に声をかける。
「椎奈、ちょっといいか?」
カーテン越しに「いいよ」と返事があり、俺はシャッとカーテンを開ける。白Tシャツにデニムという定番スタイル。椎奈は一瞬言葉を詰まらせ、
「……え? う、うん。すごくかっこいい…」
少し照れた表情でマジマジと服を着た俺を舐めるように見る椎奈。どうやら気に入ったらしい。気をよくした俺は、続いてチノパンツを履いて見せる。
「す、すごくかっこいい。うん…大人っぽいかも」
少し照れた表情でマジマ…。うん。さっきと同じリアクションだな。
「……」
ジト目で椎奈を見る。まぁ偶然にも椎奈の好みの服装だったのだろう。デニムパンツもチノパンツも定番のような気がするが。まぁいい。俺は気を取り直して最後に残していたカーゴパンツを履いて椎奈に見せた。
「はぁ…龍二くん、かっこいい…」
ダメだ、これは全然参考にならない。いや、かっこいいと言ってくれてるのだから似合ってはいるんだろうけど。椎奈の好みに合うのならもうこれでいいのかもしれない。
「椎奈、どれが一番よかったか教えてくれ」
そう頼むと、椎奈は究極の選択を迫られたような顔で「うーん」と唸る。――あ、これは長くなる。そう直観した俺は、観念して結局全部買うことにした。もちろん完全な予算オーバーである。
◇
次に訪れたのは、レトロカジュアルなアイテムを多く揃えているセレクトショップだった。もっとも、俺は既に一店舗目で買い物は済ませている。ここはついで。というか、少しでも長く椎奈と一緒にいたい俺なりの免罪符だった。
椎奈と並んで店内を見て回っていると、レディースのセール品コーナーを物色していた椎奈が「あっ」と小さな声をあげた。視線の先には、花柄がかわいいアンティーク調のエンパイアワンピース。普段の椎奈のイメージとは違うが、きっと似合うに違いない。
「かわいいな。椎奈に似合いそうだ。着てみろよ?」
そう勧めると、椎奈は驚いた顔で俺を見つめ、少し嬉しそうに小さく「うん」と頷いた。店員さんを連れ立って、試着室に入る椎奈。少しして、試着室の中から声がかかる。
「ふふ。これ、買うね?」
「あれ、見せてくれないのか?」
ご相伴にあずかれるかと思っていた俺は、少しがっかりした口調で返すと、椎奈はカーテンから顔だけを出し、愛らしい笑顔でこう言った。
「明日のお楽しみ♪」
――完全に一本取られた。
この勝負は椎奈の勝ち。俺は心地よい敗北感を味わうのだった。
◇
その後、いくつかのお店でウインドウショッピングを楽しんだ俺たちは、お茶でもして少し休憩する事になった。モールの中心部で館内マップを眺めていると、以前、海へ遊びに行ったときにも立ち寄った、あの有名な喫茶店の系列店を見つけた。
「ここ、どう?」
椎奈に声をかけると、にこっと笑いながら頷いてくれた。
喫茶店に着くと、やはりというか、それなりの人数が列を作っていた。俺はスマホを取り出してアプリを開く。得意げに画面を椎奈に見せつける。
「今日は俺のおごりだ。好きに注文していいぞ」
アプリの操作は事前にしっかり練習済み。プリペイドにチャージも済ませてある。完璧だ。この前、こっそり店舗でチャージしておいた甲斐がある。俺の自慢げな表情に、椎奈はくすくすと笑った。
「分かった。約束だしね。今日は奢ってもらおうかな♪」
椎奈はマンゴーとクリームがたっぷりのジュースを選び、俺はアイスコーヒーを注文した。注文を受け取ったら、テラス席に座り、少し明日の話をする。
「明日は待ち合わせ、どうする?」
「あっ、そうだね。決めなきゃだよね」
「いつものスーパーの前か?」
いつも朝、登校前に待ち合わせするスーパーの前が思い浮かぶ。
「うーん。せっかくだし、ちゃんと待ち合わせしたいな」
椎奈には、何かしらデートへのこだわりがあるらしい。
「そうか。なら駅の改札とかがいいんじゃないか?」
「うん。そうだね。じゃあ駅の改札にしようか!」
「決まりだな。駅の改札に12時半」
「椎奈ときちんと予定を決めてのデートは初めてだから、楽しみだ」
「……」
椎奈はジト目でじっと俺を見つめる。
「龍二くん、今日のこれは…?」
「今日の?」
俺は少し考える。
「あっ」
確かに昨日のメッセージで約束して、一緒にショッピングしたな。これは…デートか。
「き、今日のは、ノーカンだ!」
「ノーカンって。ふふ、分かった。今日のはノーカンってことにしようか」
椎奈はおかしそうに笑う。俺は恥ずかしくなり、無理やり話題を変えた。
「あっ、そうだ。映画に行くことが決まってから、原作小説を買ったんだ」
「え?ほんと?どう?面白い?」
椎奈は興味津々に問いかける。
「まだ途中までしか読んでないけど、面白いぞ。あと泣ける」
「面白いんだ?どうしよ、楽しみなんだけど」
「俺も楽しみだ。途中まで教えてやろうか?」
少し意地悪に言ってみると、
「ダメ!ネタバレになっちゃうでしょ!」
本当に楽しそうに笑う椎奈の顔を見て、俺も素直にデートを楽しもうと思った。泣いても笑っても。いや、きっと明日は笑ってるんだろう。映画デートだ。
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