第13話 茅野椎奈 - 雑念
<
朝練の初日を終えた私は、気分が高揚する感覚を覚えていた。
彼ときちんと「はじめまして」をしたのは、つい昨日のことだ。相良龍二くん。一昨日まではまったく印象に残っていなかった男の子。剣道の練習試合で負けて、居ても立っても居られずに声をかけた男の子。私に唯一勝った男の子。
今にして思えば、あの試合で面を打たれた瞬間に走った衝撃は、まるで一目惚れのような感情だったのだろう。
「はぁ。声をかけて正解だったな」
気分が落ちるため息ではない。あふれそうな気持ちを少しずつ絞り出すようなため息だ。
正直に言えば、ただの好奇心だったから、彼の人間性にはそこまで期待していなかった。下校時の気軽なやり取りは心地よく、別れる時には少し名残惜しかったほどだ。
私には昔から仲の良かった幼馴染の男の子がいる。佐藤湊くん。湊くんとは小学校の低学年の頃からの付き合いで、私が友達と認識している唯一の男の子だ。恋心とまではいかないものの、彼に対しては憎からず思っている…と思う。今、仮に告白されたとしても、恐らくお断りするだろうなと思いつつも、これから先のことを考えれば、もしかしたら…という気持ちもあった。
そんな幼馴染の湊くんとはまた違った魅力を持った男の子、相良龍二くん。湊くんはおっとりしていて、とても優しい男の子だ。でもどこか優柔不断で、あまり努力したり頑張っている印象はなかった。ゲームばかりしているしね。私はそんなことを思い、苦笑いする。
相良龍二くんは全然違った。自分の成長のために日々努力している。頑張っている。
今日、朝のちょっとした時間を過ごしただけなのに、それは私の中で明確で、疑う余地がないものに思えた。
「おはよ!どうしたの?変な顔してるよ?」
「いや、ごめん。普段見ない格好だったから、なんか新鮮でな。すまん。」
「あは、なにー?変なことでも考えてたんじゃないの?いつもより色っぽかったりした?」
「いや、まぁ、そのなんだ。すまん。」
「…。もう、否定してよ。」
今朝のやり取りを思い出すと顔が熱くなった。彼は正直だ。異性に対しての気持ちでも偽ったりしない。例えそれが下心だったとしても、女の子である私は不愉快に思うことはなかった。むしろどこか気恥ずかしい気持ち…。なんか照れ屋さんな子供みたいなリアクション。きっと純粋で素直なんだと感じた。
間接キスも…。
私は照れ隠しに怒ったフリをして、彼のお尻を軽く蹴ってしまった。今に思えば、このやり取りも気心の知れた親しい友人とのやり取りのように感じた。
きっと私も楽だったのだと思う。彼の素直さや、気兼ねのないやり取りに、好感を覚えてしまったのだ。
「うっ、どうしても言わなきゃダメか?」
「ほんとに嫌なら言わなくてもいいよ。でも私、気になっちゃうな~♪」
「あー。まぁいいか。この時間はかっこつけてるんだよ」
「ん?かっこつけてる?どういうこと?」
「そのままの意味。肌のケアとか、美容を頑張ってみたり、自分に合う髪型を探してみたり、フェイスローラーでコロコロしたりな…」
そんなやり取りが思い出される。確かに入学当初は…いや、実際は初めて会話するまで彼の見た目なんて意識したことはなかったな…。でも…。
女の私でも嫉妬するような、すべすべした綺麗な肌に、シュッとした妙に色気のあるフェイスライン。程よく鍛えられた筋肉質な身体つき。髪型も、走っていたにも関わらず乱れていない。とてもカッコよかった…。
ハッとして、雑念を消すように頭をブンブンと振った。
――危ない危ない。本当に堕ちるところだった。ん?堕ちる?私は何に堕ちるのだろうか?
そんなことを自問自答しつつ、私はシャワーを浴びて学校に行く準備を始めるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。