第18話 お約束 裏

 私はダンジョン協会青森支部に勤務する激カワ受付嬢のサナ。年齢は24歳。


 桔梗君との距離を少しでも縮めようと日々努力していたけどなかなか上手くいかず、せめて男が好みそうな格好を……と思い仕事に出勤していたんだけど、あまりに桔梗君が靡いてくれないから一杯飲んで行こうと思って飲み屋の多い本町に繰り出すと……。



「お姉さん可愛いねぇ。店どこ?」


「今から出勤? 付いてって良い?」



 店? 出勤? 付いてくるとか何言ってるの?


 知らないおっさん2人に話しかけられたんだけど。キモッ。



「あの、私今仕事帰りで……」


「はぁ? 夜はこれからだってのに仕事帰りなわけねえだろが」


「おっさんだからって差別か? 良い御身分だねえ?」


「わ、私普通に飲みに来ただけで……」


「だーかーらーっ! あんたのいる店に行きたいんだって!」


「ちゃんと指名すっから」



 指名? あ、もしかして私をキャバ譲と思ってる?


 本当に何勘違いしてるのこのおっさんズ。話が通じな過ぎて怖い。



「そ、そうじゃなくて、私今からお店に行くんです」


「はぁ? 俺たちもあんたの店行くってば」



 マジキモい。


 どう見ても酔っ払ってるし、大声で叫んで誰かに助けを求めた方が良いかな?



「良かったら話聞きますよ?」


「はぁ?」


「何だおめぇ?」



 もう大声出しちゃおうかと思ったその時、男2人に絡まれている私を見かねてか、颯爽と助けに入ってくれる若くてちょいイケメンの男性。



「俺、探索者だけど喧嘩するつもり?」


「はん! 底辺じゃねーか」


「何良い気になってんだてめぇ!」



 信じられない。このおっさん2人、最初から喧嘩腰だわ。


 マジで底辺はどっちだよって感じなんだけど、その前に助けに入ってくれたこの人って……。



「き、桔梗君?」


「え?」



 やっぱり桔梗君だわ。


 最近尋常じゃないくらいの塩対応で私を袖にしまくってる桔梗君だ。私に塩分を過剰摂取させてる桔梗君で間違いない。


 まさか助けてくれるだなんて……。


 あれ? という事は、私に対する塩対応は単なる照れ隠しだった?


 押せ押せでいけば押し切れるかもって事?



「今俺たちがこの子を指名するって話してんだよ」


「おめぇはどっか行けや」



 男のうち一人が桔梗君の胸倉を掴んで凄んでいる。


 何よこの人たち? 普通にヤバい人種じゃない。


 私が大声で助けを呼ぼうと再び思った瞬間、桔梗君は最近やっているAIっぽい感じの抑揚のない声で捲し立てるように棒読み台詞を吐き出した。



「さようならそれでは帰りますお姉さんもお気をつけて」


「はぁっ?」


「さようならそれでは帰りますお姉さんもお気をつけて」


「お、おめぇ……何言って……」



 私に視線を向けながら桔梗君は「さようならそれでは帰りますお姉さんもお気をつけて」を連呼し、無表情でその台詞を唱えながらキモイおっさん2人を路地裏に引き摺っていく。


 あまりに状況にそぐわない桔梗君の台詞に対し、私は思考停止し、ただその光景を見つめ呆然と立っている事しか出来なかった。


 数分後、はっと思考を取り戻し、こうしてはいられないと路地裏に向かったけど、既に桔梗君やあのおっさんズは立ち去ったみたいね。



「塩対応フルマックスの桔梗君が私を助けてくれた……」



 助け方が意味不明だったけど、良く考えてみればあれも照れ隠しなのよねきっと。


 やっぱり私の運命の相手は桔梗君しかいない。



「とりあえず、LIME交換は必須よね?」



 先ずは連絡先を交換してお友達から始めよう。


 いやいや、先にお礼を言わなきゃ。明日はお礼に抱き着いて私のDカップを押し付けて桔梗君を喜ばせてあげないとね。


 桔梗君も男だから絶対喜んでくれるはず。


 桔梗君の胸に勢いで抱き着いて男らしい胸板に顔埋めて、もしかしたらそのままホテル行っちゃったりなんかしちゃって!?


 えぇー!? サナ困っちゃう!


 でもでも「お前が欲しい」とか言われたら、サナ断れないよ?


 最初っから断る気なんてねーけど! むしろバッチコーイなんだけど!


 私のホールに桔梗君のバットがホールインワンする日も近いかも……なーんちゃってなんちゃってー!!



「……でへへ。おっと鼻血が」



 私はハンカチでよだれと鼻血を拭き取り、ニヤついている顔を元に戻す。


 こんな路地裏なんかで妄想してニヤニヤしながら鼻血を出してる場合じゃない。私のやるべき事は既に決まっている。



「誇りある受付嬢として、探索者の登録にミスが無いかをしっかりチェックしないとだわ」



 今日はサービス残業決定。


 私は一度ダンジョン協会に戻り「探索者の登録にミスがあったかもしれないので確認させて下さい」と言って記入済みの登録申請用紙を借り、入念なチェックをしてから再び返却した。


 夜勤のおっさんに「若いのに仕事熱心だねぇ」と褒められたので「受付嬢としてミスは許されませんから」とキリッとした顔で返しておく。



「ミスがあったかもしれないと思ったのは私の勘違いだったようです。お疲れさまでした」


「はいお疲れ。あんま無理すんなよ?」


「いえ、当然の事ですから」



 私は責任ある受付嬢として桔梗君の個人データを得た。




氏名 佐倉サクラ桔梗キキョウ


2103年4月20日生(満22歳) 性別 男


現住所 青森県青森市××町××丁目4-3-12

電話  080-☓☓☓☓-☓☓☓☓


××大学人文社会科学部人間心理コース卒




 このデータは責任を持って管理しよう。


 アパートに帰ったら桔梗君の住所をグールグマップで調べなきゃ。



◇◇◇



 桔梗君、今日も来てくれたのね?


 なんて凛々しい……。



「おはよう桔梗君。昨日は本当にありがとうね? サナ、怖かったの……」


「また絡まれるかもしれないので、キャバ嬢みたいなドレス着て出勤してくるのやめた方が良いですよ」


「き、桔梗君がまともに口きいてくれた……」



 え? え?


 やっぱり昨日私が責任ある受付嬢として探索者の登録ミスがないか入念なチェックしたから?


 それとも、昨日私とプライベートで会ったから?

※ナンパから助けられただけです。


 あぁ……もう、サナは桔梗君一筋よっ!


 せっかく私が勇気と鼻血を出して抱き着こうとしたのに、桔梗君は何食わぬ顔で私を避け「おはようございますそれでは探索に行って来ます」と呪文のように繰り返し唱えながらダンジョン入口に向かって歩いていった。


 ふふ。



「シャイなのね。素敵」


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