第9話 焦る受付嬢

 桔梗君が探索者になって四日目。


 桔梗君は今日も来てる。休みなしで凄いわ。


 レベル上げが目的って嘘じゃなかったんだ。昨日も今日も40体ずつくらいゴブリン討伐してるし、全然疲れた様子もないじゃない。


 元々が優秀だった? だとすれば、私って結構な優良物件逃したかも?


 元々が優秀な桔梗君がいくらかレベルが上がった状態で探索者やめて違う仕事したら、ちょっとしたものよね。多分大体の仕事でそれなりの成果は出せそう。


 え? 何か格好良く見えてきたかも?


 今日の朝、受付に来た時に少しだけ勇気を出して軽く話しかけてみたけど、何故か初日のような馴れ馴れしさがなくて、凄くお堅い感じで対応された。


 やっぱり初日に冷たくあしらったから? それとも、この短期間で彼女が出来た?


 流石にこの短期間で底辺探索者に彼女が出来るとは考えにくいか。



◇◇◇



 五日目。


 今日も来てる……。


 男子三日会わざれば刮目して見よって言うけど、こんなに変わるもの?


 そう言えば段々雰囲気が中級者っぽくなってきてるような?


 ……いくらなんでも流石にこの短期間で中級者のレベルには辿り着かないわよね。まさか私が少し意識してるから?


 っておかしいわね。何で私、桔梗君の事をこんなに考えてるのかしら。いくら受付業務が暇で刺激がなくて友達も彼氏もいない寂しい20代を送ってるからって……。



「そ、それだわ……」



 あまりにも出会いが無さ過ぎて私には桔梗君しか接点のある若い男の子がいない。


 本当にマズい!


 もし私がこのまま桔梗君との偶然で必然な運命的な出会いを逃して、青森支部から別の支部に転勤する事なく何年も経過するなんて事になれば……。



「私は20代をずっと彼氏無しで過ごさなきゃいけないかもしれない!?」



 今日はもっと積極的に声を掛けよう。せめて友達くらいにはなっておきたい。


 桔梗君が私に異性としての興味がなくても、せめて桔梗君経由で友達の輪を広げるとかはしておかないと私の貴重な20代が何もなしに終わっちゃう。


 ダンジョン協会青森支部には私以外おっさんしかいないのよ? 絶対に桔梗君を逃してなるものかっ!


 よしこっちに来たわ。受付に真っ直ぐやって来る桔梗君と今日こそバッチリ和やかに会話してまずはお友達からスタートを切る!



「おはようございます。桔梗君、探索はどの程度進んだの?」


「え? まぁ、普通に2階層メインですね」


「ゴブリン相手でも苦戦してないなんて凄いじゃない」



 レベルが2とか3なら後衛職でもそこまで苦労しないんだけど、この際少し煽てちゃえ。



「後衛職のソロだと凄く疲れるのよ? 凄く頑張ってるのね?」


「はぁ……。そうですか」


「そうよそうよ」


「へぇー……」


「……」



 会話が終わっちゃったわ。


 え? もしかして会話続ける気がない?


 私、結構容姿は良い方だし、割と男子に声掛けられるんだけど。と言うか桔梗君も初日は声掛けてきたじゃない。


 何で?



「ではこれで」


「気を付けて下さいね?」


「はい」



 照れてる。きっと照れてるんだわ。


 だって初日は普通にナンパしてきたもの。この短期間でいきなり態度が変わるのも変だし、やっぱり初日にナンパが失敗しちゃったから恥ずかしくて会話出来ないのよ。


 明日はもっとガンガン話しかけて、恥ずかしさとか取っ払ってやるんだから。



◇◇◇



六日目。


「桔梗君。今日も探索頑張ってね?」


「は? えぇ、まぁ……はい」


「ところで桔梗君って普段は何してるの?」


「探索してますが」



 え? 冷たい。


 せっかく勇気出して受付の垣根を超えたプライベートな感じでちょっと露出のある服装で話しかけたのに、思った以上に冷たいわ。


 当たり前の顔で次の話題に移るのぶった切ってきた。



「レベルも結構上がったんじゃない?」


「いくらかは」


「教えてくれないの?」


「はい。教えません」



 お、教えません……?


 私、何かしたっけ?



「毎日探索頑張ってる人って意外と少ないのよ? 桔梗君って凄いわよね」


「まぁ。稼がないといけないので」



 塩! もう対応が完全に塩! 私が興味ない人をあしらう時よりもよっぽど塩だわ!


 悲しくなるから塩分は控えめにしてよっ!


 この子、とにかく会話が膨らまないように終わらせにかかってる。しかも腕時計をチラリと見る様子が桔梗君に会話をする気が無いという事を私に告げてくる。



「中級探索者になれば一応並み以下くらいには稼げるようになるわ。桔梗君の場合はソロだから中級でもそれなりの稼ぎになるはずよ。頑張ってね?」


「はい」


「分からない事があったら相談してね?」


「はい」


「今は木刀でも良いけど、もう少しレベルが上がったら剣とか槍を買うのもおすすめよ? 生存率が変わってくるから」


「はい」


「あ、まだ名乗ってなかったわね。私、サナって言うの。本当はわざわざ本名なんて名乗らないんだけど、桔梗君は特別」


「はい」



 桔梗君はもう「はい」しか言わなくなった。


 え? 個人名を名乗る受付なんて今時いないのに、わざわざ名乗った意味すら理解してないって事ないわよね?


 受付が個人名を名乗るって事は、あなたと親しくなりたいですよってアピールなのに「はい」しか言わないってどういう事?


 私が好みじゃない? いやいや! そんなはずないわよね。だって初日は私にナンパしてきたじゃない。


 こっちは今なら桔梗君限定でナンパも大歓迎なのよ?


 良いから来い来い来い来い来いっ!!! カモンッ! レッツゴー!!


 カモンッ!! カモンッ!! ヘイヘーイ!!


 最悪夜デートして軽く食事してお酒飲んで流れでホテルに連れ込もうとしても「今日、だけよ?」とか言って許す!!


 全然今日だけで済ましてやるつもりないけど! 絶対に逃がしはしないけど!


 カモンカモンカモーーンッ!!


 いっそ最初から「肉体同士ぶつけ合ってサナの体に色々聞いてみたい」って言って壁ドンしてもオーケーよ!?


 ヘイヘイヘイッ! カムヒアッ!!


 私のホールに桔梗君のバットをあてがってホールインワン!!



「俺は探索がありますのでこれで」


「あ、はい」



 桔梗君は私の事なんて全く興味がないかのようにスタスタと受付を通過しダンジョンに入って行った。


 私の20代、もしかしてオワタ?


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