第2話 敵襲

机の上、使い古してもはや元の色がわからないくらい色褪せたバスタオルに置いたスナック菓子の袋。それと対照的に鮮やかな模様の小動物が夢中になってその袋に頭を突っ込んで大はしゃぎしている。元気になって何よりだ。


 「お前……どこから来たんだ?猫でも犬でもないし…」

しまいには俺以外のやつには姿が見えないと来た。

ともすれば俺の頭がおかしくなった可能性も捨てきれないのだが…

そんな不安をかき消すように菓子の袋がガサガサと音を鳴らす。


「…姿を消せる犬ってなんていうんだっけか。」

と思いスマホを手に取って思いつく限りの検索ワードを連ねてみる。


「……動物の中には己の身を守るために姿を消すものもいるが」

「子供や…無能力者は害とみなされない為か姿を消しているはずの動物の姿を見ることか出来ることがある」

なるほど、だからか。

無能力は害とみなされない…なるほど存外悪くないもんだな。


よし、とりあえずこいつが何者かは分からなかったが、差し当たっては呼び名が欲しいところだ。

「名前、何がいいかな。うーん、モフ吉とかシロとかか…?いやまて……」


思い思いの名前を宙に並べて吟味する。

どれもイマイチだ。


ふと、いつの間にか小動物が菓子をあさる音が聞こえなくなっていることに気づいた。

それと同時に、ふいに人の声のようなものが聞こえた――


……なんだ?


その声の主を視界に捉えるよりも前に、また頭の奥にともすれば威厳を感じるような低く乾いた声が突然響いた。


『――』


……俺の頭がおかしくなってしまったのでないのならば、声は確かに目の前の“小動物”から届いているように感じた。


思わず硬直する。


「…え?」


小動物は、静かにこちらを見上げている。

しっかりとその瞳の奥に俺は捕らえられており、その視線には確かな意志が宿っていると感じた。


………

……


「まさか、今の……お前が?」


思わず呟く。

小動物――いや、目の前の存在は微動だにせず、じっとこちらを見つめていた。

そしてまたあの“声”が頭の中を叩く。


『――口で喋るのは無理だ、でもこうして話せる。』


膝をついたまま、おもわず唾を飲み込む。

テレパシーを使える動物がいると聞いたことはあった。

でもそれは飯の要求や遊びの誘いを気の知れた人間の脳に直接"鳴き声"として届けるものであって、

動物が人の言語を使って話しかけてくるなんて聞いたことがない。


それでも気を取り直して、そっと問いかけた。


「……おまえ、名前はなんていうんだ?」


『そんなものない』

『好きに呼ぶといい、ニンゲン』


言い返すその声は、どこかぶっきらぼうで警戒心が強い。

だがほんの微かに信頼や期待を感じた。

多少警戒はしていても嫌われてはいないみたいだ。


「じゃあ……さっき食べてた“スナック”、気に入ったみたいだったし……」

思い切って口に出す。

「“スナック”ってのはどうだ?」


しばしの沈黙。

やがて、小動物はそっぽを向くように体を丸め――


『―悪くない。』


途端に緊張が解け、おもわず俺の口元も緩む。

気に入ってもらえて何よりだ。


聞き慣れない声が聞こえたときはどうしたもんかと思ったが、取り敢えずは慌てる必要もなさそうだ。

「…お菓子おいしかったか?」


『うむ、最高に美味かったぞ。』

まるで手柄を立てた子供のように胸を張る動作をしたスナックが満足気にニコニコしている。


なんだこいつかわいいな。


っとそのときだった。


――部屋の窓の外。

じりじりとした空気の歪みと、奇妙な低い唸り声。


先程まで朗らかな空気だった室内が一気に冷え切ったかのような重圧が襲うと共にスナックが一瞬で背中の毛を逆立てて窓に向き合った。


 『…危ない。外だ。』


「…!!」

のっぴきならない気配を感じた俺はとっさに立ち上がり、カーテンの隙間から恐る恐る外を覗く。


目を凝らすと、すっかり日も落ちかけた夕闇のなかで、この世のものとは思えない、白くねじれた影がゆっくりと揺れていた。


その奇妙な動きはおおよそ人のものとは思えず、そのあまりにもシュールな動きに底しれぬ気持ち悪さを覚えた。


「なんだ…あいつ、気味が悪いな…」

最近巷では謎の生物が町中を跋扈していると聞いたことがある。もしかしたらあいつもその類なのかもしれない。

まあしかしこうして室内にいれば危険に巻き込まれることもないだろう。

「一応通報だけでもしておくか…」

いそいそと部屋のうちに戻りながらスマホを手にする。


『!!』


ビョッ!っと物凄い勢いの音が聞こえた。


スナックが俺に向き直って何かを伝えようとしたのと同時に――突如として窓ガラスが粉々に砕けて、部屋に激しい風が吹き込む。


「そんなの…まじかよ」


白い影はまるで俺を狙うかのように、ねじれた体をグニャグニャと変形させて、部屋に踏み込んできた。

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