第12話: どうして、そこまで
「結月、ちょっといい?」
その日の部活終わり、私は普段一緒に帰っている明日香ちゃんを先に帰して、別方向へと向かう結月ちゃんの背中に声を掛けた。
振り向いた結月ちゃんは一瞬目を丸くした後、ふわりと穏やかに微笑む。
「……どうかしたの? 何か忘れ物かしら」
「あ、いや、そういうわけじゃないんだけど……ちょっと、寄り道しない?」
少々どもりつつも用意していた言葉をぶつけて様子をうかがう。結月ちゃんは少し考えるそぶりを見せてから、こくりと頷いた。
「構わないわよ。せっかくあなたからデートに誘ってくれたんだもの」
「っで、デート!? そんなんじゃないって!」
「あら、二人っきりのお出かけをデートって呼ぶのなんて今時常識じゃないかしら」
「そ、そうなの……?」
私が目を白黒させていると、結月ちゃんはくすりと悪戯っぽく笑った。
「それで、どこに行くのかしら?」
「あ、え、えっと……とりあえず、ちょっと歩こっか」
私がそう言って踏み出すと、結月ちゃんも半歩遅れて後をついてきてくれた。
夏至を過ぎて間もない空にはまだ太陽が居残ってるはずだけど、今日のところは分厚い雲がどこまでも広がっていて薄暗い。じっとりとした湿気が肌にまとわりついて、散歩には向いてなかったかな、なんて今更になって思った。
「――何か、聞きたいことがあったんじゃないかしら?」
すれ違う相手もいない広い歩道をゆっくりと歩く最中、切り出したのは結月ちゃんの方だった。
「……そう、だね」
私は足を止めると、一度深呼吸をしてから口を開いた。
「結月、あんまり納得してなさそうだったから」
何のこと、とは聞かれなかった。代わりに形の良い眉がほんの少し、内側に寄ったのが見えた。
「……あなたこそ、もういいのかしら」
結月ちゃんは目を伏せながら続ける。
「私は、あなたをこんな目に遭わせている人物を許せない。必ず、あなたを真実にたどり着かせたい。だから、諦めてほしくないの」
苦しげに呟く結月ちゃんの声は震え、拳は固く握りしめられている。
「……どうして、そこまで思ってくれるの……?」
無意識に、そんな言葉が漏れた。
だってそうだ。この四月に転校してきた結月ちゃんとの付き合いは、まだ三か月に満たないくらいでしかない。不思議と波長が合って、仲の良い友達になれたかなとは思うけれど、ここまで強い感情を持ってくれるほどかと言われると自信がないんだ。
「……」
結月ちゃんは地面の一点を見つめたまま動かない。前髪が顔にかかって、どんな表情をしているのかはわからなかった。
しばらく、無言で立ち尽くす。すぐ横の車道を車が一台、二台と通り過ぎ、巻き起こったぬるい風が結月ちゃんのポニーテールの毛先を揺らす。
そうして私たちの影が夜の闇に馴染み始めた時、ようやく結月ちゃんは顔を上げた。そこにはどこか、もの悲しげな色が張り付いているように見えた。
「……今はまだ、内緒よ」
「内緒……?」
「えぇ。その時が来れば、きっとあなたはたどり着く。その時まではね」
その言葉が、何故か胸の内に引っかかった。似たような言葉を、少し前にもどこかで聞いたような――。
「さ、帰りましょう。あなたも寮の門限があるでしょう」
「へ? ……っあ、も、もうこんな時間!?」
スマホを取り出してみれば、確かに門限までの時間が近づいていた。街灯の明かりに照らされた結月ちゃんが呆れ顔で微笑む。
「全く、あなたはしっかりしてるようでどこか抜けてるんだから」
そう言って、結月ちゃんは私の背中をポンポンと叩いた。
「私の気持ちばっかりでごめんなさいね。あなたが望まないならそれでいいし、私はどこまでも付き合うつもりよ。……それじゃあ、また明日ね」
そのまま、結月ちゃんは小走りで歩道を駆けていった。……そういえば結月ちゃんはご家庭の都合で越してきたんだし、親御さんや妹さんも心配しているかもしれない。付き合わせちゃって、悪かったな。
弾むポニーテールが見えなくなるまで見送ってからハッとする。そうだ、私もぼんやりしていられない。門限を破っちゃうといろいろと面倒なことがあったはずだし、お母さんに連絡が行ったらもっと大変だ。
私は慌てて踵を返し、寮へと一目散に駆けだすのだった。
『その時が来れば、きっとあなたはたどり着く。その時まではね』
寮の自室で、結月ちゃんがくれた言葉を思い返す。
――結局、はぐらかされちゃった。
結月ちゃんの強い気持ちには、やっぱり何かちゃんとした理由がある。わかったことはそれだけで、肝心な理由も言えない根拠もわからずじまい。……これじゃあ結局、直接尋ねる前と何も変わらないじゃん。
――結月ちゃん。あなたは一体、何を知ってるの? その胸の内に、何を秘めてるの……?
答えのない問いは、あてどもない思考とともに深い深い霧の中に消えていった。
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