僕ら、超常現象調査部

課長

第1話 トイレのマナブ君

旧校舎三階の男子トイレに、南孝介は閉じ込められていた。

扉はびくともしない。押しても引いても、ノブは空回りするだけだった。かすかな金属音と、古い木材の軋む音が、閉ざされた空間の不安を増幅させる。


「……嘘だろ、これ……」孝介の声は震えていた。

霊感が強い彼は、はっきりと異常を感じていた。空気は重く、息を吸うたびに湿った冷気が喉をくすぐる。耳鳴りが微かに響き、背中にぞくりとした寒気が走った。


背後で冷静な声がした。

「……本気で閉じ込められたの?」柳田美沙緒。

彼女は落ち着いた目で扉を叩きながら状況を確認していた。表情は変わらないが、眉間には微かな皺が寄り、緊張を隠そうとしているのが分かる。


トイレに閉じ込められる前日、孝介は超常現象調査部のミーティングに参加していた。


「旧校舎三階の男子トイレになんか出るって噂、知ってるか?トイレのマナブ君とか言われてるらしい。」副部長の源田が低い声で口火を切る。

筋骨隆々の体躯を誇る源田直志は、元野球部だったが怪我で早々に引退。暇だったからという理由で超常現象調査部に入部したという、部内ではちょっとした異色キャラだった。


「……マナブ君?」孝介は首をかしげる。


「昔、この学校にマナブって名前の男子生徒がおってな、事故で亡くなったとのことだ。」源田が説明を始める。

「夜になると三階の男子トイレで、鏡に男の姿が映るとか、蛇口の水が急に流れ始めたり、なんか音が聞こえるとか、不可解な現象が起きるみたいだな。」

源田の声にはどこか冗談めいた響きがあるが、その眼差しは孝介を見据え、真剣味も隠していない。


美沙緒は冷静な目で孝介を見た。

「……だから私たちが調査するってことですか?」

「そう!学園祭に向けて、部の存在感を示すためには必要なことだ!」源田が肩をすくめ、笑みを浮かべる。

「でも、事故の記録とかあるんですよね?本当に何かいる可能性は……」孝介が言うと、源田は豪快に笑った。

「俺は霊感ゼロだからわからん!孝介、頼んだぞ!」


「え…」孝介は苦笑いしている。


美沙緒は眉をひそめた。

「みんな、噂に踊らされすぎじゃない?」


こうして孝介たちは、夜中の旧校舎三階の男子トイレの調査に向かうことになったのだ。


「美沙緒……何か、そこに……いる……」孝介は鏡に映る自分の顔を見ながらつぶやく。

「またいつもの幻覚でしょ?」美沙緒は薄くため息をつく。


しかし、孝介の視線は鏡の奥、誰もいないはずの個室に映る“陰”に吸い寄せられていた。

水道の蛇口から落ちる小さな滴が、時間の感覚を狂わせるように不規則に落ち、壁に反響する微かな足音が孝介の神経をじわじわと刺激する。足音はカッ、カッ、カッと軍の行進のようにも聴こえる。


「ちょっと待って、今の……」孝介が手を伸ばすと、影はほんの一瞬、動いた。


「大げさね……」美沙緒は相変わらず冷静にノブを回す。だが微かに背後に違和感を感じ、視線を鏡に向ける。


そのとき、空気が急に重くなった。

孝介の背筋にピリリと寒気が走る。鏡の奥、誰もいないはずの陰がわずかに揺れたように見えた。この瞬間、孝介はこの部屋に何かがいると感じていた。


そのとき「おーい!扉が開かんぞ!大丈夫か!?」ドンドンドンと扉を叩く源田の声が、古い建物に反響する。


源田が扉を叩くと、トイレの中の空気はニュートラルになった。背筋の寒気は消え、聞こえていた足音もぱたりと止む。


ガチャっと音がして、源田が姿を現す。

「ありゃ?扉の故障か?開かなくなってたぞ?」

その笑顔には、緊張を和らげる無邪気さがあった。


「ありがとうございます…源田さん…」孝介は脂汗を拭いながら源田に感謝を込めて言った。


「心配だったからこっそり来てみたんだ!おい?大丈夫か?なんか汗がすげぇぞ孝介。」源田は心配そうに孝介を見つめる。


なぜ扉が開かなかったのか?故障だったのか…それとも…結論はわからない。


孝介と美沙緒、源田が旧校舎を去った後、トイレの中は静まり返った。

だが、鏡の奥、便器の陰で何かがかすかに蠢いている。

滴る水音に合わせるように、何かは揺れ、まるで鏡越しにこちらを見つめているかのようだった。

その視線は、二人が立ち去っても消えず、ひそやかに、じっと、これからも誰かを待ち続けるのだ。







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