合宿編
第9話 合宿の始まり
──合宿3日前の部活終わり。
いつも通り部活が終わり、1人校門を抜けると私を待ってたかのようにある女の子が私の腕を掴んできた。
「え、あなたは」
「気付いた? 浅間奈子、海皇館高校の部長よ。ちょっとあなたに用があって待たせてもらったの」
「私に用? 」
浅間奈子。海皇館高校で風間くんの対戦相手のベンチコーチで、私より恐らく強い。悔しいけど。そんな浅間奈子から私になんの用?
「雪宮さんさ、昔テレビに出てたしょ」
「えっ」
私がでたテレビは1回だけ。母が子供を紹介するというバラエティの企画で、幼稚園児の時一瞬写真がテレビに流れたくらいだ。ママはあまり私をテレビに出したくないけど、その時はテレビ側がかなりしつこくて、だから口元や周りにモザイクをかけて名前も隠してっていう条件で出演した。
「加藤奈緒、雪宮幸一郎の娘として写真が出てたよね。雪宮って名前と、札幌に住んでるって事で何となくそうかなって思って色々調べたんだけど、あなたがここに通ってるって情報で確信したの。」
「えちょっと待って、私SNSにもテレビにもそんなこと言ってない、なんでそんな情報バレてるの?」
「はぁ、ネットなめない方がいいよ。加藤奈緒なんて、そもそも美人選手って有名だったんだし、卓球以外にもファンがいるのよ。その人気が娘のあなたに影響が無いわけが無いわ。まぁでも、あなたのことを調べようとしたら出るくらいで、凄く広まってるって訳じゃないから」
ネットの世界って改めて思うと怖い。よく注意喚起されるけど、その怖さが理解できた。ママは用心深いから、三者面談はおばあちゃんに毎回来てもらったり、運動会とかは変装しながら見に来てた。全部、私を守るために。それでもネットの人にはバレてるなんて。
「ま、本題入るね。あなたのお母さんに、3日後の合宿で特別講師として参加して欲しいの。」
「え、でも……」
「あなたの母親としては紹介しない。まぁ知ってる人にはバレてると思うけど、悪用はさせない。私もこの情報は誰にも言ってないし、言うつもりもない。表向きは札幌の卓球界の更なる向上に向けてって感じ。」
「でも、多分行けないと思う、中学生の時、母に断られてて」
そう、中学1年生の時、私は軽い気持ちで
「ママが卓球教えに来てくれたらみんな嬉しいと思う!」
って言ったことがある。当然OKされるものだと思ってたが、返事はNOだった。
「あのね、私が個人的に藍に教えるのは良いんだけどね、学校通してみんなに教えるってなるとそれは仕事になっちゃうの。ただの外部コーチとしては行けなくて、私が藍の中学で卓球を教えるってなると、正式な契約が必要で学校側は私にお金を払わないといけないの。だからね、それはできないかな〜」
あのときの私にはちょっと難しかったけど、ニュアンスは理解できた。だからこそ、今回の合宿参加は難しい。
「それなら大丈夫、これ、あなたの母に渡して欲しい。契約書とか入ってるから。合宿の2日目、あなたの母に登場してもらって、練習を見てもらう。そして色々教えてもらえたら嬉しい。どう? 検討してくれる?」
「頼んでみます」
「ありがとうね! じゃあまた三日後、楽しみにしてる。正北を呼んだ理由は、別に加藤奈緒じゃないから。 君自身に興味があって、一緒に高め合いたいからだよ。じゃあね」
家に帰るとすぐに私はママに契約書が入った封筒を渡した。ママは静かにその契約書を確認して、ペンを持った。
「藍、この合宿、私が行くとして、特別扱いはしないよ。あなたの母親だということは忘れて、1講師としてみんなを見る。あなたの母としてではなく、加藤奈緒として参加させてもらうから。」
「うん。私もそのつもり。特別扱いなんてしなくていいから、厳しくお願い」
「うん、いい子。じゃ、これ明日渡して」
そして合宿当日の朝。新設の海皇館高校は今まで見た事のないような広く綺麗なキャンパスだ。
白く広々とした廊下を歩き体育館に向かう。廊下は窓側は大きく綺麗なガラス張りで、中庭には綺麗な小さな森林のような美しい光景が広がっている。
『自然の如く伸びやかに』
そう書かれた看板下の扉を開くと卓球台が綺麗に並べられてる広々とした綺麗な体育館が広がっている。そしてそこには大山高校特有のグレーのユニフォームを着た人達と、黄色のユニフォームの星ヶ丘高校、緑の海皇館、そして青の私たち。
体育館の整列が終わり、白髪の先生が壇上に立つ。マイク調整が終わり、そしてこれから、合宿が始まる。
「えー、皆さん、おはようございます。私は大山高校の緑川未太郎と言います。僭越ながら、この合宿の責任者をやらせて頂いています。この合宿を企画してくれて海皇館高校の皆さん、ありがとうございます。『北海道、龍川か虎森の2強』なんてよく言われますよね。」
そう。札幌四強と呼ばれる龍川、虎森、大山、藻川、その中でも別格なのがその2校だ。どの高校も全道大会へ出場するけど、全国的に名を馳せるのはやはりその2校だ。特に虎森はここ12年間程全国大会に出場している。まさに絶対王者。そのライバル校が龍川だ。
「今宵、この合宿でその2強を崩せるように、我々手を取り合って、札幌卓球界の更なる向上を目指しましょう! 札幌を制せば北海道を制す。この札幌にまた新しい風を吹かし、そして全国大会で結果を残せるような選手が増えてくれたら、私は嬉しい。それでは私、緑川からは以上です。これからのプログラムを、浅間さん、お願いします」
「はい。1日目、他校との交流を兼ねて、交流試合をします。まず大山高校と正北高校、星ヶ丘高校と海皇館高校で、試合をします。組み合わせは任せます。時間が来たらシャッフルして試合を重ねていきます。全ての組み合わせが終わったら、ルーレットで対戦相手を決めます。1人1回の試合をして、それが終わったら、反省会をここで行います。それで1日目が終わりです。夜ご飯はこの上の休憩室で星ヶ丘高校の保護者会の方が作って下さっています。」
早速準備に取り掛かると矢吹先生が私を休憩室に呼んだ。
ママ関連のことだろうと思っていたが、予想とは少し違うことだった。
ママがコーチをするということで、ローカルテレビ局が生中継で取材をしたいということだ。だがこれに関しては海皇館高校が許可を下していて、ママも承諾していたことらしい。その事で先生が懸念していることが、私の存在だ。
「明日の中継、恐らくインタビューとかがあるんだが、そのインタビューを1校で1人応えてもらうんだが、新島に頼んだらあいつそういうのは無理って断ってよ、でも他のふたりは」
「絶対ダメですね」
「あぁ……。だから名前は隠してもらうから、頼む、雪宮がやってくれるか?」
「……まぁ、私しか居ないので、名前は隠して、マスク有りならそれで」
それで色々テレビのことを話し終わって、一息ついたあと体育館に戻る。早速試合が行われていて、早速台に着くと、新島部長と大山高校の白髪長身の尖った髪型の人が試合をしていた。
11-2
圧倒されていた。新島部長が対応できずに敗北した。相手の名前は2年生の『西城和樹』
知っている選手だ。大山高校No.2の実力者で、エースの
今年の春季大会は龍川高校から8名、虎森から10名、大山から4名、藻川から2名男子シングルスで全道大会へ出場した。
私たちが目標としてる全道大会に実際に出場し、そこで結果を残している選手。まだ新島部長の実力では勝てない。遠く及ばない、これが全道大会の壁。
「そんな弱くて卓球楽しいか? まるで相手にならないなぁ。小学生でも相手にしてんのかと思ったぜ」
「ちょっと、いくらなんでも小学生は言い過ぎです。せめて中学1年生くらいに訂正してください」
「高校生ではないんだね」
「あ? あんたはあれか、マネージャーか。てかこいつらよりあんたの方が強そうじゃん。俺と戦おうよ」
はあ? なんで選手じゃなくてマネージャーの私が戦わないといけないの。そんな挑発、受ける意味も道理もない。そもそも、選手が強くなるための合宿だ。私がしゃしゃりでるのはおかしい。
「結構です。」
「つまらねぇなぁ。やわい部活はやわいマネージャーの元やわい部活してせいぜい思い出作りでもしとけよ、なんで海皇館はこんなとこ誘ったんだ? 思い出作りは他所でやれよ陰キャオタク集団が」
「さっきから、煽ってんですか? いいでしょう。そこまで言われて黙ってられるほど私はヤワじゃありません。陰キャオタク集団はその通りですけど」
「マネージャーさっきから俺達のことなんもフォローしてないな」
久しぶりに試合をする。正直中学の頃からあまり私自身の卓球の練習はしてないから、衰えているとは思う。それでもまだ部員の誰よりも強い自信はある。
「よし、1セット先取だ。サーブはそっちからでいいぜ」
──西城和樹。俺が卓球を始めたのは中学1年生の頃だ。家族みんな芸術1家で、俺もなにか芸術の道に進むと思った。でもそれじゃ俺はつまらねぇ人生を送ると思ったんだ。家族みんなと同じ事をやって、売れれば親の血だと称えられ、親のおかげの名声なんか浴びて、俺の心は沸き立たねぇ。俺の父親は有名な油絵画家で絵画評論家としても活躍する
俺もその血筋だから絵を描いてもピアノを弾いてもセンスがあった。
「さすが義徳さんのお子さんですねぇ! 素敵です、血は裏切りませんね」
「由真さんのお子さん、聞いて納得致しましたわぁ。奏でる音色も素敵で、しっかり由真さんの血が流れてますね」
その言葉を聴けば聴くほど、親は喜び、俺は胃液が沸騰するかの如くイラついた。
すげぇのは血じゃ無くて俺なのに。
中学校での部活は親と揉めた。というか、親が揉めた。俺は他のふたりと違ってどっちの才能もあったから、美術部か吹奏楽部のどっちにするかで喧嘩されて、俺はどっちもやる気がねぇと怒鳴りつけて入ったのが卓球部だ。
俺の中学はそこそこ強豪だったから、そこで習えばそこそこ強くなれる、そう思った。
俺が卓球にハマったのは2年生の春だ。俺より格上だったやつを倒した時、先輩の負けた時の顔が今でも忘れられない快感だ。
やっぱり俺は凄いんだ。親なんか関係無しに、俺は凄い。ただ凄いんだ。
この快感を知った以上、後戻りはできない。スポーツは勝ってなんぼ、勝つために強くなって、勝った奴が強い。芸術より単純で分かりやすく、気持ちがいい。
──なんなの、この人の攻撃。まるでライフルで撃ってるかのような、弾が加速してく感覚。球が弧を描くような軌道で力強くコードに打ちつけられる。早く強く、そして的確に打ちにくいとこへ撃ち込んでくる。
11-6
「なんか……雪宮氏の負けるとこはあんま見たくないでござるな」
「はは、やっぱりあんた1番つえーじゃん。選手じゃねぇの勿体ねぇ。選手としていたらもっと楽しいだろうに」
「……そんな簡単な事じゃないですよ」
「ふっ。まぁあんたらあれだ、上手いけど強くはねーな」
上手いけど強くない?上手いと強いって何が違うの? 上手いから強いんじゃないの?言ってる意味が分からない時、ちょうどそこに大山高校No.1の岩瀬さんが来た。
「私は大山高校エースの岩瀬だ。君たちの練習メニューを知りたい。何かわかるかもしれない」
言われるまま私は練習メニューを伝える。私が夜更かしして作った練習メニューだ。我ながらかなり良い出来だと思っている。だけど岩瀬さんの首は横に傾いた。
「うーん……これはたしかに上手くはなれる。だけど」
「強くはなれないっすよね、俺も聞いてて思いました」
「あの、さっきから上手いけど強くないって、どういう意味ですか?」
上手ければ強い。強いひとは上手い。そう思ってた。でも、そうじゃないなら、違いが何なのか。私は知らないといけない。これを知れば私たち、上にいけると思う。
「すなわち、強さとは武器と思え。」
「強さは武器、?」
「それでいて、上手さというのは、武器を持つ人間そのものだ。なにかそのひとの特出した物を人は強さ所謂、武器と言う。君たちを見ていても、なにか特出したものが無い。ただ基礎が出来ているだけで武器を持たない者だ。」
そういうことか。たしかに、私の練習メニューは基礎を鍛えた。入ったばかりの頃、この人たちは基礎がなってなかった。だからひたすらに基礎を鍛えていた。
「基礎が重要なのはスポーツの世界じゃ基本の基本だ。だけどよ、あんたら基礎ばかりで何も無い。完璧に基礎ができてない訳では無いのは試合してわかったけど、そろそろ強さをみにつける為の練習も大事なんじゃね?」
「強さを身につけるというのは所謂、何かを捨てる事。デメリットのない強さなどは無い。例えばこの西城、本当はシェーク型だったのだが、私の助言で強くなるために慣れていたシェークを捨ててペン持ちに変えた。そして今の強さ、大山高校No.2の実力を得ることが出来た。」
強さをみにつける。2人の話を聞いて、私はこの合宿で目指すべき道がかなり鮮明に見えた。ここでみんなの強さを身につけさせる。そしてそれを高体連までに磨きあげる。それが今、私のやるべきことなんだ。
「よし、特別にこの岩瀬が君たちの相手をしてやる。誰から来る?」
「私が出ましょう。正北高校エースのこの新島陽太がね。」
「うちにエースとか無いから」
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