第八話 報い

王弟の指示で、フェデリカはその場から退出した。正門に向かう道すがら、追いかけてくる足音がある。


「――デアン、アンヌンツィアータ!」

「ラ・ヴァッレ」


膝に手を付き息を切らしているのはカルミネだ。


「まさかお前、ほんとうに婚約するわけがないよな?」

「当たり前でしょう。殿下がご説明なさっていたように、陛下は元王太子殿下の廃嫡の件で心を痛めておられるだけよ」

「そう、だよな。ああ。お前が研究以外のことをするなんて、ありえないよな」


フェデリカは小さく笑った。


「光の回折の検証実験もまだやり足りないし、この騒動が終わったら必ず大学に戻るわ。残念だけど今回は、あなたを見送ることになりそうね」

「......そうか。大学で待っているぞ」

「ええ。ラヴィニアにもよろしく伝えてちょうだい」


フェデリカは足早に正門に向かった。知らず知らず、早足になっていった。馬車に乗り込み、フェデリカは手で顔を覆った。

己の行いの報いがこれだというのだろうか。馬鹿にした相手を陥れた結果、自分が研究できない事態になるなんて、笑うに笑えない。


「......どうして」


零れ落ちた言葉は掠れていて、想像よりずっと弱弱しかった。



***



国王の乱入で、舞踏会はお開きになった。唐突な王嗣宣言は然程貴族たちの反発を得なかったが、それでも踊っている場合ではない。レナートは閉会を告げると、急ぎ国王の私室に向かった。


「陛下」

「......何用だ、レナート」

「先程のご発言を撤回なさってください」

「断る」


国王は低く笑った。


「下賤な娘に誑かされて、ブルーノは王太子の座を降りてしまった......子らには何の権利も認められない。なんと苦しい道であろうか」

「ブルーノはその道を望んだのです」

「ああそうだ、その通りだ。なぜだろうな? 掌中の珠として、ロザリア亡き王妃が遺した子として愛し、すべてを与えようとしたのに......なぜ、こうなったのであろう」

「陛下、ブルーノとアンヌンツィアータ令嬢はなんら関係ありません。彼女は大学の学士、せめて婚姻の命だけでもお取り下げください」

「いいや、ブルーノを誑かした娘の縁者だ、お前のような男ではない異形・・・・・・・にこそ似合いだろう」


レナートは顔を歪めた。かつての痛みが鮮明に甦った。


「......縁者といっても、アンヌンツィアータ令嬢とデアンジェリス令嬢は殆ど関わりがなかったのですよ」

「それがなんだ。同じ血を引く、忌まわしい娘だ。あの娘の生でブルーノは公爵として苦労するというのに......大学? 学士? 知ったことか。ブルーノが今後経験するであろう辛酸を舐めさせねば気が澄まぬ」

「再三申し上げますが、ブルーノは己で己の道を見出したのです。どうかそれを尊重なさってください」

「いいや、ブルーノは今も尚あの娘に誑かされているのだ。だというのに、レナート、お前だけが気楽に独り身のまま公爵を続けようなど、許さぬよ」


とうとう堪えきれなかった。レナートは吠えた。


「陛下――あなたはどこまでやれば気が済むのですか! 私に対する仕打ちが、まだ足りないとでも言うのですか!」


国王は淀んだ眼差しでレナートを見ている。


「命があるだけ良いと仰いますか? ええそうでしょうね、実際あなたは王位継承者を殺した! だが――だが、叛意などないと誓った実の弟に対して、どうしてああも非情なことができるのです!」

「必要なことだった」

「必要! 必要なことですと?」


あれは紛れもない悪夢であり、今も尚レナートを苦しめる枷であるというのに。


「弟の生殖器官を切り取ること、そのどこが必要だったのか、ぜひとも教えていただきたい!」






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