第三話 溶解

「では、そうだなぁ……。君の昨日一日の足跡を辿ることはできる?君が昨日体験したこと、行った場所、話した相手、それら全部をもう一度見て回って、事実の確認をしてくるんだ。もちろん、君が記憶を失くしてしまっている二十二時何分だったか以降のものは確認のしようがないから無視してもらっていい」


 スイミの方を椅子に座ったままの姿勢で見据えると、メグリはそう言った。いつになく神妙な面持ちである。それだけこれが、重大な任務なのだろうと、彼女はそう記憶することにして、今日こなす予定にしていた様々な業務のうちの一番優先順位の高いものに、今メグリの言ったことをランク付けした。


「承知しました」


 言って、スイミは室内の本棚の整理に取りかかった。昨日のうちにメグリが引き出してそのままにしているものたちを、虫食いにあったかのように抜け落ちた本棚のスペースに詰め直していく。


「ん?どこか、外には行かなくていいの?」


「ええ、昨日の私は、十二時十三分ごろ、博士の昼食の準備を始めるまで、ずっとここにおりましたから」


「ああ、そう」


「……ああ。もしかして博士は、私のことをああして首吊りにした犯人捜しを私自身にさせることを、むごいこととおっしゃられたのですか?」


「うん、まぁね。殺人の被害者に加害者の捜索をさせるなんてのは、あまりにも倫理的に際どいラインのことだということはさ、さしもの私にだって分かるものだよ」


 小気味の良い音をさせながら、キーボードをたたくメグリはそう言った。まるでなんでもないことであるのを装っているかのようなその仕草に、スイミはまた秘かに高い評価をつける。


 そこではたと気づいた。こういったものは、好意と言い換えればよかったのではないか、と。でも、その好意を表現するための、適切な態度の示し方が、彼女には分からなかった。まだまだ未発達の自己を自覚する瞬間である。


「殺人と言えるのでしょうか?」


「記憶の断絶があったのだろう?その間の半日近くの間の君は、紛れもなくそいつによって殺されたとみて、いいんじゃないかな」


「なるほど。半殺しという言葉もありますもんね」


 スイミがそれを言うと、メグリは鼻から息を漏らす笑い方をした。こういうのはおそらく、失笑というのだろう。あまり褒められる笑い方ではないと思うけれど、メグリはよくこんな風な笑い方をする。そしてそれが、ほんの少しだけ、好意的に取れてしまう自分がいた。あばたもえくぼというやつだ。

 

「あら?」


「どうしたの?」


「本が一冊。この室内から消えています」


「そこの書類の山の下とかもサーチした?」


「もちろんです」


 赤外線センサーを使用して、スイミは室内を隅から隅まで探知し尽くしていた。でも、間違いなく昨日まではあったはずの本が、この部屋から無くなっている。


「なんの本?」


「博士のお父上の書かれた本です。タイトルは『世界の終末はいつやって来るのか?』」

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