第6話 会話がズレている

 俺が入った瞬間に先ほどまでの和やか空気は消え失せる。どうやら俺が来たので退出をしたらしい。

 沈黙。誰一人として口を開こうとしない。

 このようにした張本人は、何も気にせず宙に浮かんでいる。

 この空気をどうしろっていうんだ。自分の持つ会話デッキではどう頑張ったとしても切り抜けられない状況になっている。


「あの」


 そう考えていると誰かの声が緊張した空気を少し和らげた。


「貴方がここに住む最後の人ですか?」

「そうなのか?」

「そうなのか、て聞かれても私は知りませんよ」


 口を開いていたのは赤黒い髪のやつだった。所々くせっ毛で、目はナイフの切れ味より鋭い。

 この目で睨まれでもしたらヘビに睨まれたカエルにでもなってしまいそうだ。

 なお、今がその状況である。説明を何もしていないので、この4人からしたら突然やってきた不審人物だろう。

 けれど通報をされないのは先程から視界の隅で宙に浮き、皆が座っているテーブルの上のお菓子を食べようとしているマラのおかげだろう。

 この状況にしたのもまたマラではあるのだが...。


「多分そうだ」

「私たちが最後なのか」

「なら自己紹介をしてもらっていいですか?」

「明日学校でやるから要らない気がするんだが」


 そう言うと顔膨らませ不満そうにしている。

 何か気に障るような事でも言っただろうか。ただ名前も知らない16歳の人間と一夜を共にするだけだというのに。


 自分でもう一度考えてみると、とても嫌な感じだ。名前も知らない4人と一夜を共にするのは。

 けれど、逆に好奇心も僅かに湧く。見知らぬ人間に対して目の前の4人はどんな反応をするのか。こう言うのを世間では変人とでも言うのだろうが、考えついてしまった以上やらない手はない。またとない機会だ。

 思考を読み取ったのか、マラは半ば呆れのような表情を向けてくる。安心しろ、止めない時点でお前もこちら側だ。

 すると嫌な顔をしてマラ自身が口を開く。


「私はマラ、こいつの主だ」


 同類へと成り下がりたくないのかマラは自己紹介を始める。しかし、帰ってきたの

はただの静寂の時間だった。

 一人は呆けた顔して、また一人は警戒するような目を向け、もう一人は我関せずという形でスマホをいじっている。

 先程の赤髪のやつはメモ帳に何かを書いていた。


「今自己紹介をやったから後は部屋に戻ってもいいか」

「駄目です。第一自己紹介をしたのはマラ様であって貴方ではありません」


 マラの様づけに一瞬違和感を覚えるが、一応でも迦微様だったことを思い出す。生憎、その威厳を見たことは一度もないのだが、それはマラがポンコツだからだろう。 


「それは私もそう思います」


 先程まで警戒をしていた薄緑髪の人物が賛同をしてきた。メガネを掛けているようで、その他に外見では特徴といったところはない。悪く言うとしたら地味な存在だ。

 そう心の中で思っていると薄緑髪のメガネは全身から嫌悪感や敵意をむき出しにした。口でも滑っていただろうか?


「最初に言っておきますが私は貴方のような人があまり好きではありません」


 出会ってから五分程度だろうか。ここまで嫌悪されているのはある意味才能だと思う。人嫌いコンテストがあれば予選は突破できるだろう。

 大変不名誉ではあるが、逆に考えればそれだけ存在を認められているということだ。


「自意識過剰」

「なんだマラ、喧嘩か。買うぞ」


 この場でのまとめ役が現れること無くただただ時間が過ぎていく。

 ぐだぐだと話をするのも嫌なのでとりあえずこの場は有無を言わさず部屋へと戻って寝るとしよう。こちらは体感3時間走行で疲れているんだ。

 ベットへと飛び込むためにリビングから出ようとすると背中に4人の視線が突き刺さる。半ば諦めのようなかんじだが、こちらには一切関係のないことなので無視でいいだろう。

 ズボンからスマホを取り出して確認をすると5時半程度で夕飯には...。

 気づいてしまった。ここには母親がいないということを。つまりは自動で夕食が出てこないのである。

 どうするかを考え部屋へと戻り財布を持つ。スマホで近場のコンビニへの行き方を知らべて部屋を出る。

 自炊はできるが疲れているので今日くらいはカップ麺でもいいだろう。


「マラ、今からコンビニ行くけど来るか」

 マラは数秒悩んだ後に難しい顔をしながら言った。

「...ベットで寝る」

「欲しいものは」

「三色団子」

「了解」


 マラの欲しいものを聞いて玄関へと向かうとリビングではまだ人の気配があり話し声も聞こえてくる。

 靴を履いて外に出るとちょうど夕日の赤が全身を包みこんだ。

 まだ季節は春初めのため息は白く空気へと染みる。

 昨日?なのかはわからないが卒業式をした次の日に初登校というのはあまり実感がわかない。脳での物事の整理がまだ追いついていなのだろう。

 

 くたくたな上着のポケットに手をつっこみ歩く。

 近場のコンビニは徒歩30分ほどらしい。この土地の地理を覚えるのにはちょうどいいだろう。

 何をするわけでもなくただただ無心に足を進める。ここで話し相手でもいたら愉快になるのだろうが唯一の話し相手は今頃布団の上に目をつむって寝ているだろう。

 進む道を右に一回、交差点でまた右に一回、そうして2つ目の交差点にたどり着くと対角線上にコンビニが見えた。

 ちゃんと青信号になってから横断歩道を渡りコンビニへと入ろうとしたとき、振動が直に手のひらに伝わった。

 スマホを取り出して通知が何かを確認するとメッセージアプリに一つの通知がついてた。そうして再び通知がなる。

 自分にメッセージを送るのは親だけだ。だが基本一年に一回送る程度である。

 アプリをタップして差出人を確認すると見知らぬアイコンからのメッセージが届いている。


【カップ麺を6個買ってきてください】


 そう端的にデジタルに綴られている。


「...後で請求すればいいか」


 中へと入りカップ麺のコーナーへと行くとよくcmで見かけるものが置いてある。

 うどん、焼きそば、ラーメン、他にもカップ系の食品がある。

 無難にうどん、ラーメン、焼きそば系統のカップ系食品をカゴに入れて、一本の水もカゴに入れてレジへと並ぶ。

 っつ。

 今、ほんの一瞬悪寒を感じたが恐らく気温のせいだろう。

 忘れずに三色団子もかごに入れレジで会計を済ませ外に出る。

 どこからか視線を感じて周囲を確認するが誰も目線を向けている人物は見当たらない。どうやら自意識過剰だったようだ。

 来るときよりも速度を上げて住処へと帰る。

 自分でもよくわからないが何故か今は早く帰れと体全体が言っているのだ。

 信号を2回渡り猛スピードで家へと帰る。

普通の汗か冷や汗かわからない汗をかきながら玄関を開ける。

 どうやら無事に戻ってきたようだ。

 

 レジ袋に入れてある物を調理場のポットの近くに置く。

 今はリビングに誰もいない。大方語ることもつきて各々部屋でくつろいでいるのだろう。

 そう思い自分の部屋へと戻り扉を開ける。

 するとそこにはマラと先ほどのメガネを掛けた人物がいた。


「あ、」

「やっと帰ってきたか!」


 開けた扉を一度閉めてちゃんと自分の部屋なのかを確認する。

 大丈夫、ちゃんと自分の部屋だ。つまりおかしいのは俺の部屋にいるあの眼鏡の方だろう。

 これで後で問い詰められても面倒なので先に相談をしておこう。

 そう思い他の扉の向こうにいる人物たちを呼び出す。


「どうしたんだ」

「何?」

「何かようですか」

「帰ってきたら俺の部屋にメガネのやつがいるんだが、俺悪くないよな」

「なぜそれを私たちに言うの」

「あとで騒がれたら面倒だからだ」

 赤髪がなるほどという顔をして口を開く。

「なら今私たちを呼んで説明したから大丈夫よ」

「何であいついるの」

「しらん」

「しらない」

「知らないわ」


 はぁ。

 三人には自室へと戻ってもらい覚悟を決めて俺は再び自室の扉を開けた。

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