第24話 決着
「はぁ……! はぁ……!」
「……ぺっ」
激しく肩を上下させて息を切らしている俺と、口内にたまっている血反吐を吐き出したオッサン。
オッサンのマフィアを思わせる黒のスーツに似た服は、所々破けていて激しい戦闘を行っていた事が見ればわかるくらいにボロボロになっていた。
この戦闘を始めてから、どれくらいの時間が経っただろうか。
教会の窓から見える景色からすると、長くて一時間ぐらいだろう……
それ程時間が経っていない筈なのだが、どうにも半日以上もの時間戦い続けたように感じるのは何故なのだろうか?
──死に戻りの所為なのか、この戦いの内容がそれ程濃かったのか。
おそらく後者が大きな要因だろう。
だが、次の一手でこの短く……そして長い時間は終わりを迎えるだろう。
……そんな予感がした……
それは俺だけじゃないようで、オッサンも額の血と汗を拭いながら此方へ笑みを向けてきた。
「嬢ちゃん……いや、坊主」
「次の一手で決める……死んでくれるなよ?」
オッサンは不敵な笑みを浮かべて、その右こぶしを強く……強く握りしめた。
「……はっ。お前を倒してシャルを助ける……!」
それに、俺は虚勢で笑顔を張り付けておっさんと同様に、右こぶしを強く握りしめた。
それから、一秒。二秒。三秒……そして十秒と時間が経った時。
俺とオッサンは、何方ともなく地面を蹴った。
おっさんは先程まで使用していた魔弾等、遠距離攻撃は一切使わず。俺にその握りこぶしを叩き込むために、地を駆けた……
それに、俺も同様に固有能力によるテレポートを使わないで地を蹴り続ける。
互いの速度が最高潮に達した時。
俺とオッサンは拳を握りしめた方の腕を、弓の弦を引き絞るが如く……強く引く。
俺とオッサンは一コンマのズレなく、同様のタイミングで限界まで引き絞った腕を開放……!
俺は身体強化を込めた拳を。
オッサンは重力で加速させた拳を。
互いが互いに、今できうる最高の一撃を拳に乗せてそれを相手に放つ。
俺の拳はオッサンの左頬に向かって。オッサンの拳は俺の左頬に向かって、空気を切り裂いて進んで行く……
そして
……そして
……そうして
最期に地面に立っていたのは、オッサンだった。
互いに廃教会の壁際迄、吹き飛ばされた。……だが、おっさんは立ち上がっていた。
「……う」
オッサンは一歩づつ、俺の方向へ歩いてくる。
オッサンの地面を踏みしめる足……その一歩一歩に力が込められていた。
その様子を見るに、オッサンの体力はまだ残っていそうだ。逆に俺は、体力がもうほとんど残ってい
ない。
これ以上、戦闘を続けられる分の体力は身体に残っていなかった。
……敗北……
その二文字が、脳裏に浮かぶ。
「……ま、だだ……」
だが、そんなことは関係ない……立ち上がれるだけの体力はまだ残っている。
……まだ俺は生きている。例え死んだとしても巻き戻れる。
それに、まだ間に合う……全て終わった後に、地獄のような光景を見る事しかできなかった時とは違う。
……未だ何も終わっていない……
なら……立ち上がれ。
……立ち上がって、戦え……
ぼろ雑巾のようになった体に鞭を振るって立ち上がる。
そうして、オッサンを睨みつけた。
「……ハハッ」
オッサンは立ち上がった俺の事を一瞥すると、肩を震わせて笑った。
……何だ……?
それから一拍置いてオッサンは力なく肩を下げた。
「坊主……俺の負けだ」
その言葉を吐いて、オッサンは力なく地面に倒れる。
「……は?」
突然の事に変な声が出てしまう。
「坊主……オレの負けだ。もう魔力も体力も残ってねぇ」
オッサンは倒れたまま、何処か満足気な笑みを俺に向けた。
「おまけに結構上等な勝負服までこんなボロボロにされちまったんだ……」
「やり合う気ももう起きねぇよ……弁償してくれねぇか?」
「もともとは、あんたが仕掛けてきたんだから自業自得だろ……自分で買え」
「……ちっ。つれねえなー」
「子供に強請るなよオッサン……」
「あん?……だからまだ俺はオッサンって言われる年じゃねえよ……まだ二十後半だ!」
「そんなどうでもいい事は放っておいて、シャルは何処にいる?」
「どうでもいいだと?……オレにとっちゃあ一番大事なことだ!」
先程まで戦い合った人間同士とは、思えないような言い合いを続ける。
「……で、シャルは何処にいる?」
「……はぁ。そんなせっかちだとモテねぇぞ坊主?」
「まぁ、今はそんな事どうでもいいか……カルナ。獣人の嬢ちゃん持ってこい!」
「ボス……負けたんですか」
オッサンが倒れながらカルナと言う名を呼んだ途端、先日見た少女が何もない空間から出現した。
「見ての通りの有様だ」
「……そうですか」
「ああ……嬢ちゃんを連れてきてもらえるか?」
「わかりました」
カルナと呼ばれた少女はその言葉を吐いた後、腰に差している短刀で何もない空間を、まるで何かを切り裂くようにその短刀を振るう。
「……!」
その次の瞬間、空間が切り裂かれたように穴が開いた。
「シリカちゃん!」
そうしてカルナと言う少女がその穴に向かって何かを言うと、獣人の少女がその穴から飛び出したきた。
「……!」
……間に合った……
抱き着いて来るシャルを見て、その言葉が脳内を駆け巡った。
俺の血で服が汚れているのに、それを気にせず抱きしめてくるシャルに苦笑してしまう。
「……よかった……」
……嗚呼、本当に……
自分よりもシャルの方が身長が高いため見上げる感じになっているが、シャルの顔がよく見えた。
傷を知らないかのような白磁の陶器のような白い肌に暗いグレーの髪、エメラルドのような翡翠の瞳……
その外見的特徴はシャルと完全に一致していて。
彼女から感じられる暖かさは、毎朝抱きしめられている物と全く同じで……!
この場に居るのは……
今俺を抱きしめているのは……
……シャルだ。今度は間に合った……
その事を思うと、心から温かい感情が浮かび上がってきて、思わず涙が出そうになった。
それを堪えてシャルを見れば、未だに俺を抱きしめている。
そして、その俺よりも少しだけ大きい体は心なしか震えていた……
……怖かったのか。
そうだろう、幾ら人族よりも身体能力が高いとはいえ十四歳の少女だ。
前世では義務教育も終了していない年頃。学校で面倒くさがりながらも授業を受け、休憩時間や放課後に友達と駄弁り遊ぶ……そんな年頃のか弱い少女だ。
そんな少女がある日、突然誘拐されたのだ。
大層怖かったのだろう。
そんな少女が、目の前で震えているのだ。
俺が出来る事と言えば話を聞くことぐらいだろう。
「大丈夫ですよ」
現状できる最大の微笑みを顔に貼り付けて、シャルの頭をなでる。
優しくゆっくりと、幼子をあやすみたいに……
「シリカちゃん……!」
そうしてしばらく頭を撫で続けていくと、シャルはその言葉を吐いて一際強く俺を抱きしめた……
その翡翠の瞳に涙を浮かばせて。
「怖かった!」
「はい」
「このまま殺されるんじゃないかって」
「お別れの言葉も言えないまま、お母さんと一生会えないんじゃないかって!」
「はい」
涙をこらえることなく、シャルは叫び声に近い声量で声を上げる。
「何より……」
「もう、シリカちゃんと会えないかもしれないって……!」
「……」
「昨日のシリカちゃんは傷だらけだった!」
この寂れた教会に、シャルの慟哭が強く響く。
「あと少しで死んじゃうかもしれないって……」
「ひょっとしたら、もう死んでいるのかなって……」
「……ッ」
図星だ。俺は今回の戦闘でも数十回は死んでいた……固有能力でなかったことにしているだけで、それが無かったら俺はとっくのとうに終わりを迎えていた。
……そもそも、ここでシャルと出会うこと自体なかっただろう。
「出会ってから一か月、半月も経ってないけど……そんなほんの少しの時間でも一緒にご飯を食べたり、服を買いに行ったり、かわいい服を着させたり……そうやって一緒に過ごしてくれて!」
「シリカちゃんが来るまでずっと一人だった……唯一一緒に過ごしてくれたお母さんも寝たきりで……!」
「そんな日々にシリカちゃんが来てくれたから。そんなわずかな時間でも私は、一人で居た時間よりもずっとずっと、幸せだった……!」
「……うん」
「シリカちゃんがいてくれたから、私は幸せに過ごせたんだよ。私を幸せにしてくれたシリカちゃんが私のせいで死んじゃうなんて……」
「そんなシリカちゃんともう二度と会えないなんて……」
「……」
シャルの俺の服を掴む手に一際力が入る。
「そう考えるだけで、胸が張り裂けそうだった……凄い苦しかった!」
「……ああ」
「シリカちゃんのせいで、誰かと一緒にいる幸福が思いだしちゃったよ……」
「もう二度と、一人になりたくないよ……!」
思ったよりも自分はシャルに懐かれていたらしい。
シャルの慟哭を聞いて、その事を自覚した。今のシャルを見るに俺に傷ついて欲しくないのだろう。いや……知り合いが傷つくのが嫌なのは皆同じか。
……だが
「……ごめんな。だけど、俺は傷つくことを止めることは出来ない」
「わかってたよ……シリカちゃんが何かを抱えている事なんて。いっつも何かを思い詰めた顔をしてたから……」
「だから、約束をして……」
「……死なないって……」
シャルは深く深呼吸をして言った。
「……。約束するよ……」
「よかった……です…………」
その言葉を最後に、シャルは寝息を立てて眠りについた。
おそらく、今ので体力の殆どを使い切ったのだろう。それに、今まで知らない場所で誘拐されていたのだ……そんな環境下で余計に体力が減っているものあるだろう。
そうして、シャルの泣き疲れて眠った姿に、この子は未だ子供なのだと言う事を再認識する。
「……たく。いちゃつくのは他所でやってくれ」
そう言えば、ここに居るのは俺とシャルだけではなかったな。
声の聞こえた方向を見ると、オッサンは呆れた顔をして、カルナと呼ばれた少女は気まずそうに顔を俺達から背けていた。
「いちゃついてはないんだが」
「今もなお、猫耳の嬢ちゃんの頭を撫でながらよく言うな?」
「……それは」
反論が何も出ない。
今の俺は、眠っているシャルに抱きしめられている。そんな状態でずっと頭を撫でているのだ……
確かに、傍から見れば俺達は人目を気にしないで、いちゃついているバカップルの様に見えるかもしれない……
「自覚があるようで何より。ならさっさと、その嬢ちゃんを家で寝かせてやりな……」
「……ああ」
確かに、シャルをこのままここで寝かせていたら体に悪いだろうな。
雪こそは降りはしないが、最近の夜はかなり冷え込む。なら寒くならない内に、シャルをベッドで寝かせた方がいいだろう。
決して先程までの事を見られたことの羞恥心で、この場から早く逃げたいと言う訳ではない……!
シャルを背中の方に移動させて、背負う形にした。
そうして、俺ははそのままその場から逃げるようにこの場から去ろうと──
「おっと、そういえば坊主。これをやるよ」
「……何だ?」
いつの間にか、立ち上がっていたオッサンから投げ渡された物。それっは中身が空っぽの砂時計だった。
確かこれは──
「強奪の砂時計……それを持って十秒間触れ続けると対象の力を一つ奪える魔道具だ。それをどう使うかは坊主次第」
「ま、使わないにせよ売れば結構な金になるだろうし。どっちにしろ貰っといて損はないだろ」
「……感謝しとく」
先程まで敵同士だったが、感謝はしとくべきだろう。そうな言って俺は今度こそ、この場から去ろうと──
「それと坊主」
「何だ?」
──したところ。再度オッサンに、呼び止められた。
「お前がよく通ってる大図書館……その一番奥。その一番右の本棚……そこに行って、その角の本全部押し込んでみな」
「……?」
「……わかった……」
突然そんなことを言われて首をかしげてしまうが、あとでやってみればわかることだし……いいか。
そうして一歩足を踏み出して、止まる。
「一応、もう一回言っておく」
「ありがとな……おっさん」
「まだおっさんって言われる年じゃねぇ!」
その声を聴きながら、俺はその場から姿を消すのだった。
茜色に染まりつつある空。その下で俺はシャルを背負って帰路をたどる。
そんな中、考えるのは先程シャルとした約束……
……死なない……
それは現在、俺の背中で眠っているシャルと先程約束した事。
約束という物は、互いに決めた物事を破らないようにする口上での契約。書面での契約よりかは強制力はないが、互いが約束として決めたのなら大抵はその内容を守る物だろう……
俺も、約束は自分が出来る範囲であれば、なるべく守るようにしている。
だが、俺はシャルとの約束をいつか破ることになるのだろう。100%破るとまでは言わないが、それはほぼ確実……と言ってもいい。
シア達の墓場で祈った時から……
この、血塗られた復讐の道を進むと決めた時から……
あの日から、俺の最後は決まっていると言ってもいい。
それに俺は、もう寿命で死ぬ事はできないだろう。
あの日からシリカは、いや……俺は、死に戻りを繰り返すたびに段々と死に近づいているような、そんな感覚がするようになった。
この世界という物は、存外上手くできているらしい。強過ぎる力にはそれ相応の代償があるように、俺の死に戻りにも代償があった。
感覚的にだが、天使との戦闘で寿命の三分の一以上は無くなった。
だから、これからも死に戻りを続ければ続ける程、俺は段々と死に近づいていくのだろう……
確かに、シャルと一緒に過ごしたり。図書館の管理人の実験に付き合いながら、ゆっくりと余生を謳歌するのもいいのかもしれない。
だが、それは……そんな生き方は俺には出来ない。そんな光を掴むことはもうとっくにできなくなっている。
だから、俺はこれからも死んで、死んで、死んで……それを何百回も繰り返して、クロノスを殺しに行く道を進むだろう。
きっと、傍目から見られたら。俺は捻くれていると言われるかもしれない……でも、そうだと言われても俺はもう止まれない。
だから、俺はクロノスを殺すために、何百何千と死に続ける。
それが例えシャルとの約束を破る事になっても。
そうして俺はシャルを背負って夕日の中、決意を固め直すのだった……
^^^
「いやー負けた負けた」
「ボス……何やってるんですか」
「あの坊主が思ったよりも強くてな。あと少しで負けちまったー」
煙草をくわえて紫煙を吐き出すオレを、呆れた顔で見るカルナ。
「思っても無い癖によく言いますね……ボス」
「そんな毒を吐く子に育てた覚えはないんだがなぁ……」
「確かに育ててもらいましたが、それとこれは別です。なにわざと負けてんですか」
氷属性を使う魔術師もびっくりな冷たい視線に、育て方ミスったか?……と思いながら、先程まで戦っていた坊主の事を考える。
「ま……実のところ。殺すならまだしも、力を奪うだけなら余裕だったな」
「それなら余計に、何で負けたふりなんてしてるんですか……」
「んー……まぁ、坊主の事を気に入ったからだな……それにあいつはいつかクソ野郎に辿り着く」
「……!そこまでですか……」
目を見開いて驚くカルナを尻目に、坊主の事を思い出す。
聖女……クソ野郎から力を与えられた人間から、あそこ迄の復讐心を感じる……しかも、その対象がクソ野郎とは。
クソ野郎が最近になって、初めて大々的に起こした行動……その唯一の生き残りが聖女。あいつが何か仕組んだとしか思えねぇ……
クソ野郎は何を考えてる?……ここ数年、人生のすべてをかけて探してきたがその痕跡は殆ど見つからなかった。
だが……ここ最近になって、あいつは遂に大きな行動を起こした……
力の適合者を見つけたからかは知らないが。勇者が出現してから、一つの村を上位天使の軍勢で滅ぼした。
そして、その生き残りが復讐鬼に堕ちた聖女。
数年間探し続けて、ようやく見つかったあいつに近づくための手がかりだ。こじつけかもしれないが、ここ数年のクロノス探しで初めて見つけた手がかり。
クロノス探しも詰まりかけていた所だ……そんな中やっと見つけた光。それがどんなに、か細い可能性だとしてもそれに縋るしかないだろう。
……例えそれが蜘蛛の糸だとしても……
「まぁ、それだけじゃないがな……」
確かに今の考えも、理由の一つだ……だが、一番の理由はそれじゃない。
本当の理由は……哀れだと思ったからだ。
何故か?
……それは、あの坊主の性格……
あいつは復讐に一番向かねぇ性格だろうに。何であそこ迄クソ野郎を憎んで復讐を成し遂げようと思っているんだろうな。
いや、だからこそ……か?
まぁ、いいか……オレは使える物全て使ってでも、クソ野郎を殺すだけだ。
それが、例えあの坊主を生贄にしたとしてでも……
「カルナ、王都の方に行くぞ……その前に弟の墓参りでもしておけ。墓ぐらいならあるだろうからな」
「……わかりました」
空間を切り裂いて移動するカルナを、尻目に空を見上げる。
「……せめて、幸せな終わり方をしてほしいもんだなぁ……」
……嗚呼、本当に……
もしも坊主を切り捨てなければいけない時が来たら、オレは容赦なく坊主を切り捨てるだろう。そもそもオレには坊主とそこまでの関りは無いしな……
そんな自分がほんの少しだが、坊主の幸せ思っている事に自嘲の笑みが零れた。
ただ、まぁ……願ってやるくらいなら自由だろ?大人として、ガキの幸せくらい……
そんなオレの呟きは、紫煙と共に空中に霧散していくのだった……
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