第19話 戦闘に次ぐ激闘

「あ゙あ゙ー。疲れた……」


 地面に転がっている魔術師を、見下ろしながらそう言う。


 左腕を見れば、皮膚が炭化してボロボロの状態になっていた。


 ……結構やられたな。流石にシャルの母親を庇いながら戦うのはキツかったか……


 流石にこのままの状態では、街中を歩けそうもないので能力を使って巻き戻す。


 すると、少しづつ炭化した左半身が無傷の状態に戻っていく。他にも魔法による傷や刺傷も同時に戻っていった。


「……よし」


 手をグーパーして、動作に問題がない事を確認した俺は地面に転がっている魔術師を見る。


 魔術師は未だ地面に倒れて気絶していた。


「これじゃ、聞き出せそうにないか?」


 魔術師は当分の間、起きそうにもない。


 こいつが起きるまで待っているよりかは、シャルの母親を安全なところに運んだ方がいいか……


「情報が惜しいがしょうがない」


 そうして俺はシャルの母親を担いで安全そうな場所に向かう……




 ^^^




「おや? 今日はもう来ないと思ったが如何したんだい聖女様?」


 俺がシャルの母親を、運んできた場所は図書館だった。


 図書館に入ると案の定、入り口近くの受付に座っていた管理人に声をかけられた。


「……何があったんだい? その服に背負っているその女性。ここから出ていったから一時間と経っていないが……」


 管理人が俺の格好を見て、怪訝そうに俺を見た。


 今着ている服は、左側が焼け焦げていて所々が破けていた。着替えるのを忘れていた……


 これでは、露出狂ではないか……


「すまないが説明してる暇はない。とりあえず今俺が背負っている人を保護して欲しい……」


「まぁ、それくらいなら別にいいんだけどさ……本当に何があったんだい?」


 管理人が心配そうに見つめてくるが、今は一刻も時間がない。


 早くシャルを見つけ出さないと……!


「ま……そんな時間なさそうだし今は聞かないよ」


 如何やら、こちらの事情を察してくれたらしい。管理人はそう言うと俺からシャルの母親受け取った……


「助かる」


「その代わり事が終わったら全部話してもらうけどね……」


「ああ」


 ここに来た目的は達成した、後はシャルを探すだけだな。


 あの魔術師連中が逃げてなければいいのだが……


 現状の手がかりは、あの魔術師が持っている情報のみ。


 ならば早くあの場所に戻った方がいいだろう。


 そうして、俺は図書館のドアへ手を掛けた。


「あ……そうだ。聖女様、その恰好はあれだしこれ着ていきなよ」


 ドアに手を掛けて開けようとした瞬間、管理人に声を掛けられてある物を投げ渡された。


 それは、小奇麗なローブ。


 そういえば、俺の格好が結構ひどい事だと言うのを忘れていた……


 このまま外に出るのも恥ずかしかったので、このローブは正直ありがたい。


「ありがとう」


 渡されたローブを羽織って、俺は図書館のドアを開けた。





「……マジか!?」


 そうして図書館から出た瞬間、俺の視界に広がったのは先程の戦闘とは比べ物にもならない量の弾幕だった。


 俺に向かって様々な術式が込められた魔法が飛んできた。


 それらは火であったり、水であったり、風であったりと様々なもので……


 属性も威力もスピードも、それぞれが違う……だが、それらは共通して殺意が込められていた。


 それら一つ一つが人体に、当たってしまおうものなら容易く命なんてものを奪えるだろう。


 5~6発程度なら容易に避けられるだろうが、眼前に広がっているそれらはそんなレベルをはるかに超えている。


 視界一杯に広がる弾幕に俺は息を吞んだ。


「ハハ……」


 俺を殺すためだけに放たれたであろう攻撃を見て、俺は乾いた笑みしか出なかった。


 ……流石にこれは死ぬな。


 俺はそんな事を思って、目を閉じるのだった。




 ^^^




「……ッ!?」


「……んあ? 起きたか……」



 目を覚ますと私は縛られていた。



 それに混乱して周囲を見渡すと、見たことが無い空間に一人の男が座っている……


 ……私は今まで何を!?


 混乱している頭でこうなる直前の事を、思いだそうとしているのだが記憶に穴が開いているように思いだせなかった。


「悪いな。ちょっと吸わせてもらう」


 男の人は混乱している私を一瞥して、タバコを吸い始めた……。


 その匂いに私は思わず顔をしかめてしまう。


 普通の人なら嫌な顔をする程度だが、私たち獣人は五感が人間よりも鋭く……この匂いは人以上にきつく感じてしまう。


 それを知ってか知らずか私の目の前に座る男の人は、悠々とそれを吸って口から紫煙を吐き出している。


 数分経って男の人は吸い終わったのだろう。男の人は吸い殻を地面に捨てて靴でそれを踏みつぶした。


「……で、嬢ちゃん。俺に聞きたいことがあるんだろ? 答えれる程度の事なら答えてやるよ」


「どうして私をこんなところに連れてきたんですか……!」


 改めて誘拐された事に焦りが出てくる。


 うう。何で私が誘拐なんて……


「まぁ、それは聖女様とやらをおびき寄せるための罠だ」


 聖女様。


 ……シリカちゃん。


 いくら私が世間に疎いと言っても、流石にシリカちゃんが町の皆に聖女様と呼ばれている事は知っていた。


 なら、この男の人の目的はシリカちゃんに……!


「お……あっちは派手にやっているらしいな」


 人間よりも遥かに鋭い聴覚がその音を聞こえた。


 何かが凍る音、燃える音、激しい風の音、雷の音……打撃音や斬撃の音まで。


「シリカちゃんが危ない……!」


 シリカちゃんが危険な目に遭ってしまっている。自分のせいで……


 私が誘拐されたせいで……!


 急いで拘束をちぎって音の方向へ行こうとした。だけど私を縛り付けている物はジャリジャリ……! と言う音を鳴らすだけで千切れはしなかった。


「壊そうとしても無駄だ。それは魔獣用の拘束具……獣人だろうが並大抵の力じゃ引き千切る事は出来ない」


 そう言われて、唇をかみしめてしまう。


 今も聞こえる激しい戦闘音。それはおそらくシリカちゃんが戦っている音だ……


 今までシリカちゃんが戦っている所を見たことは無い。……だがシリカちゃんは、いつも何か思いつめた顔をして短剣を持っていた。


 おそらく今聞こえる斬撃音はシリカちゃんの物だ。この街で戦える人……その中でも刃物を使って戦う人は珍しい。


 私が剣を持っているのを見たのは、門番の人とシリカちゃんだけ。


 シリカちゃんが傷ついてしまっている。


 私のせいで、私が捕まったから……。それなのに自分はこうして座ったままシリカちゃんが来るのを待つ事しかできない……


 そんな自分に私は唇を嚙み締めるのだった……。




 ^^^




「はぁっ……! はぁっ……!」


 戦闘を始めた当初に比べて、目に見えて減ったとは言え未だ視界一杯に広がる弾幕を避けていく。


 この戦闘が始まってどのくらい経っただろうか。


 死に戻りをし過ぎて、時間間隔が狂ってしまっている。俺の背後には短剣で切り伏せられ、息絶えている魔術師が十二体ほど転がっていた。


 こいつら、シャルの家に居た奴らとは比べ物にならない……!


 シャルの家で戦った奴らとは比べ物にならないまでの、魔方陣の展開速度。仲間が目の前で殺されたとしても、動じずに攻撃を仕掛けてくる精神性……。


 ……厄介極まりない。


 こうして考えているうちに、また新しい魔方陣を構築して弾幕が増えていく……


 俺は身体強化の魔法を使っているのだが、迫りくる魔法をほぼ休みなく回避し続けている所為で疲労が溜まってきている。


 最初に比べて魔法の量は減っているのだが、それでも多い。


「──死ね」


 弾幕の中を搔い潜って、魔術師の首を掻っ切る。手に強く残る肉を立つ感覚……


 だが、それを気にしている暇はない。正面から迫ってくる火炎をまた避ける。






 瞬間……意識が暗転した。







 弾幕の中を搔い潜って、魔術師の首を掻っ切る。手に強く残る肉を立つ感覚……


 だが、それを気にしている暇はない。正面から迫ってくる火炎をまた避ける──




 ──そして頭上から落ちてくる氷塊を大きく横に飛んでかわした。


「……くそ」


 死んだとしても、休む暇すらない。


 精神的疲れがどんどんと蓄積していくが、敵は攻撃の手を止めはしない。


 残り魔術師の数は8人。後もうひと頑張りだ、頑張れ……俺。


 精神的疲労。そして肉体的疲労が溜まりにたまっている体を鼓舞して、落雷を避ける。


 それから避けて殺しては避けて殺す……それを延々繰り返した。


「残り……三人ッ!」


 何回も死にながら、攻撃を避けて敵を殺していった。それを何回か繰り返して……何時しか敵の数は三人まで減っていた。


 俺は敵の一人の方へ突進していく、左右から雷と風の魔法が迫ってくるが関係ない。身体強化の魔法を右足に集中して施す。


 身体強化をフルに使った脚力で地面を、思いっきり踏みしめた……瞬間、景色が一気に変わる。


 10メートル程あった距離が、コンマ一秒でゼロ距離に変わった……敵の首元に手が届く距離に変わっていた。


 突如眼前に俺が現れて、固まった魔術師の喉を短剣の柄頭で叩く。


 魔術師が喉を押さえて倒れたのを一瞥した後、放置して残りの二人が固まっている場所へ突進する……


 魔術師二人が魔方陣を展開していた。片方は風、もう片方は氷……とそれぞれ別属性を放ってくる。


 意図してかしていないかは知らないが、片方が出現させた氷塊をもう片方が放った風の魔法で威力とスピードを底上げされていた。


 正面から尋常では無い速度で、飛来してくる1~2メートル程の氷塊。


 当たれば俺の小柄な体なんて、ぺしゃんこに押しつぶされるだろう。


 氷塊との距離は3メートルを切っている。


 氷属性の魔法はその質量の他に触れる、もしくは近付くと凍りつくという特性を持っている……


 これなら横に飛んで避けたとしても、片腕は凍り付いて使えなくなるだろう。


 そんな俺と同じ……いや、それ以上の大きさを持つ氷塊に俺は……走る足を加速させた。


 そうして、氷塊と残り一メートルの距離で俺は短剣を振り上げる。


 氷塊が眼前まっで迫ってきた瞬間、俺は振り上げた短剣を──










 ──振り下ろした。


 瞬間、氷塊は真っ二つに切れて道が開けた。


 魔法を叩き切った腕に霜がついて、動かしづらくなったが関係ない。


 ……そのまま新たに作られた道を駆け抜けて、魔術師二人を同時に首を切った。


 魔術師二人の首は、そのまま地面に転がり落ちる。


「はぁ……! はぁ……!」


「……終わった!」





 荒げた息を整えて、周囲の光景を見る。


 空は黒に染まって三日月が浮かんでいた。


 周りには死体がそこかしこに転がっている……それを見て俺は思った。


 管理人に怒られる……と。


 先程まで繰り広げた激闘の舞台は図書館の前である。


 当然、あんな激闘を繰り広げていたら地面なんてそこかしこにクレーターが空いている。


 恐る恐る図書館の方を見て一先ず安心……。少し前に管理人が言っていた通りこの図書館には、かなり高度な魔法が掛けられているらしく傷一つついていなかった。


 取り合えず図書館の方は大丈夫。地面、それに死体は……うん、あとで何とかしよう。


 事が終わったらまず最初に、管理人に謝りに行かなければ……!


 先程までの激しい運動の影響とは別に、冷たい汗が頬を伝うのが分かった。


「まぁ、それは後にして……」


「せっかく、お前一人だけ生かしてやったんだ」


 短剣を片手に、喉を押さえて蹲っている魔術師の下に近づいていく。


「……早めにシャルの居場所を吐けよ……?」


 俺は短剣を魔術師に突き出して、そう言うのだった……。



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