第12話 勇者再び

「一つ言っておくけど君のお母さんは病気じゃない……」


「……え!どういうことですか!?」


現在、俺とシャルは一つの机に向かい合い座って話していた。


「シャル。言ってなかったけど俺は固有者だ……さっき君のお母さんに俺の能力を使った」


固有者と言う言葉に驚愕の表情を浮かべたシャル。


言ってはいなかったが、この世界で固有能力を持っている存在は固有者と呼ばれている。


そして、この世界では魔法という物は日常にある……とまで言わないが、共通の認識といったレベルで認知されている。


だが固有能力を持った存在は極めて稀だ。実際にその能力を使っている人を見たことがある人間も数少ないだろう。


だから、魔法が認知されているこの世界であっても固有能力と言った存在は噂話程度の存在。


そんな固有者が目の前にいるというのだから驚いても無理はない。


「だけど結果は見ての通り。使用した……と言う感覚はあったが、その結果は現れていない」


「固有者って実在してたんですね……。でもお医者さまの診断では……」


「絶対とは言い切れないが、おそらくヤブ医者にあたったな……」


「……っ。そんな」


ヤブ医者にあたった事に落ち込むシャル。


この世界にも医者と言う存在があるようにヤブ医者も存在する。


医者と言う存在自体レアで一回の診察、治療代はかなり高額だ……。


それに目を付けた奴らは大して知識もないのに診察をして適当な事を言って高額な診察代などを請求する。


この世界では結構な確率であることだ。


「取り合えず、俺の能力はただの病気ぐらいなら治せる……だけどあれは病気なんてものじゃなかった。……あれは呪の類だ」


「呪って、お母さんは恨まれることなんて……」


「いや……呪ったのは人間じゃない。もっと上の存在だ」


今の話を聞いてショックを受けてるシャル。


それはそうだろう……病気で寝たままの母親が実は呪われていたなんて小さくないショックを受けていても無理はない話だ。


「取り合えず俺はしばらくの間、ここら辺の文献を探してみる」


「わかりました。私にも手伝える事ってありますか?」


「いや……これに関してはシャルも危ない。」


「……わかりました」


自分に手伝える事はないと聞いて落ち込むシャル。無理もないだろう……自分の母親に呪が掛かっているのに自分にできる事は無い……。


そんな自分にやるせなさが一杯だろう。


シャルを、見てみると髪の毛の間から生えている猫耳は力なく垂れていた。


「……んーと、そういえば手伝って欲しい事があるな~」


「本当ですか!」


「んーと……君はお母さんの近くにいて、何か変化があったら俺に教えてほしい」


「わかりました!!」


自分に出来る事があると分かった瞬間先程までとは逆に、猫耳をぴんと立たせて目を輝かせていた。


うん。わかりやすいなこの子……現代に居たら、詐欺に引っかかって変な壺を買わされるタイプだ。


シャルを見てそんなことを思う。


「取り合えず今から図書館に文献を探しに行ってくる」


「わかりました!」


そうして俺は、壊れかけの外へ出るのだった。




^^^




「ん……いた」


図書館を探すためにシャルの家から出た瞬間、偶然か必然かそいつと目が合った。


……会ってしまった。


目が合った瞬間から俺とそいつの間で一拍と間が空いた。


俺はその間を見逃さず、身体強化の魔法を使って脱兎の如く走り出す……!


「……また、逃げるんだね。シリカ」


冷や汗をかく。後ろから迫ってくる気配から必死に遠ざかろうとするも、悲しい事に距離は離れない。


どうしてだよ!なんで家を出た瞬間いるんだよ。偶然か?……こんな偶然あってたまるか!!


後ろにいるのはつい昨日会ったばかりの誘拐犯。


時の勇者、ラルカ・アーグの再出現である。


ああもう!俺は何かに呪われてんのか!?こうも連続して厄介事が来るなんて……!


二日連続で始まった勇者との鬼ごっこ。それに俺は、冷や汗を搔きながらギアを上げる。


「ねぇ……シリカ。なんで逃げるの?……そんなに恥ずかしがらなくてもいいと思う」


恥ずかしがっていませんが?それに今、お前から逃げてるのは単純な恐怖からだよ!!


「どんなに頑張ってもシリカと私には単純な身体能力の差がある。……だから昨日みたいな力を使わないと、直ぐに捕まえちゃうよ?」


いつの間にか、並走していた勇者にそう声を掛けられる。


こいつ、遊んでやがる……!


此方はもう息も上がりかけているというのに、勇者は無表情のまま俺の隣を並走している。


手を伸ばせば捕まえられるはずなのに、そうしないで忠告しているあたり。余裕淡々か、何かを狙っているかはわからない。


だが、無表情ながらに口元が緩んでいたりするところを見ると。おそらく、前者八割後者二割だろう。


いつか対策されそうだから、この勇者相手にあまり手札を見せたくないのだが。


「……ああ、そうかい!なら使わせてもらうぞ」


このまま捕まるわけにもいかないので、忠告道理に能力を使わせてもらうことにする。


意識を能力に向ける。その瞬間、何かに強く抱きしめられる感覚がした。


その方向を見ると、当然と言うべきか勇者がいる。


無表情ながらに勇者はにやりと笑う。


だが、関係ない。俺は能力を使用する。


チュッ♡


耳元でなるリップ音。頬に何か柔らかい物が押し当てられる感覚。


……!?


「にゃにゃにゃ……にゃにをしてるんでしゅか!?」


その正体に気づいた途端。脳みそが茹るような感覚に襲われる。


呂律も回らくなり、噛み噛みでそう言ってしまう。


勇者はそれをにやりと見ながらそう言った。


「鬼ごっこ。楽しかったよ」





次の瞬間俺の場所は昨日借りた宿屋の一室になっていた。


俺はベットの上に飛ぶように設定したので、倒れこむような形でそこに移動しても多少の痛みしか来なかった。


だが多少なりとも襲ってくる痛みに常人なら何かリアクションをするだろう。俺も普通なら何かしていた。


だが、俺の頭の中に広がっているのは別の事で……!


未だ先程の感覚が鮮烈に残っていて……!


先程、何かされた頬が熱を持っているような感覚に陥る……。


キスをされた……!そのことを考えると脳みそがどんどんと熱くなっていき……。


「うううううううううう……!!」


ついにオーバーヒートを起こした脳は、まともな判断が出来ずに人語を喋る事が出来なくなる。


近くにあった藁性の枕に顔を埋めて悶えることしかできなくなっていた。


飛び出ている藁が顔に刺さって、チクチクするがそんな事気にしていられない。


俺は必死に先程の事を忘れようとする。だが、人間の脳みそはそんな簡単に作られてはいない。


「ーーーーーっ!!」


忘れようとしても、逆にそれを俺に強く思いださせている。


未だ、茹る頭を排熱させようにも中々うまくいかず……冷却にはかなりの時間を要するだろう……。


こうしてまた、時間は無駄に過ぎていくのだった……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る