6話「僧侶」

 剣は光を返す。


 私が介抱されてる寝室で待ってくれということで生臭坊主の女が部屋から出て、急いで走っていった。

 あの女がいない内に、このまま何もかも置いて出ていこうと一瞬考えたが、剣だけはどうしても置いていけなかった。信用ならないが、あの様子だと嘘は言っていないように見えたので怪我人らしく大人しくしていることにした。


 待っている間に窓から外の様子を見た。青々と茂っている木々が目に飛び込む。どうやら森の中のようだ。

 森の木々に目を凝らすと小川が水面を日で光らせている。私が倒れた泉とはさほど遠くないようだ。窓の外の下を見ると人がちらほらいる。

 その人達の格好が白いベールを被り、金の輪がついた数珠を持って、この屋敷、いや教会の入り口へ入っていった。けっこうな数の信者がいるのか列をなしていた。


 熱心だな。


 後からドアを開ける音がしたので窓を背にした。

 喪服の、いや、生臭坊主がちゃんとこの手で服と一緒に持ってきた。生臭坊主の顔を見るとやはり無表情で読めない。顔はジェーンに似ているが苦手だ。


「お返しします」


 生臭坊主はそっと静かに私の目の前の机に置いた。置いた時の音が重かった。

 私はミザリコードの柄から刃まで優しく撫でた。

 刃こぼれはないようだ。薬品を入れるシリンダーも壊された形跡はなし。そのかわりにあの忌々しい鳥やら私の血やらがついていない。本当にきれいにしてくれた。

 私はミザリコードを手に持った。金属の塊が軽いなんて事はないが、心なしか、いつもより軽く感じた。

 窓から射し込む日の光を剣は刃で返した。反射した光は目の前の女に射した。


 信用出来るのはこの剣だけだ。


「言った通りにしてくれたんだ。ま、介抱してくれたことには感謝する」

 私は片手で持った剣を静かに下ろし、寝台の横にかけた。


「ありがとう」


 喪服の女は目を丸くさせた。ウサギが狩られる前みたいな顔をしている。


「ただ、病んでる人に盛るのは、勘弁してくれ」


 自分の畳まれた服に手をかける。服も本当にきれいに洗濯してある。広げた時に石鹸と臭い消しの草花の混ざった独特な香りが広がった。

 私が介抱されていた部屋は教会の二階にあるので下に降りた。木造りの廊下と階段の色濃くなった木は年月を感じる。建ってからは大分古いのだろう。大事に手入れもされている。

 降りたすぐに教会の中心部となる礼拝堂に出た。ベンチが規則正しく縦に二列ずつ幾つも並び、祈りに来た人たちはまばらに座っている。後にしたの礼拝堂の香炉の煙とお香と共に風が私の背中を押した。

 外に出ると天気は曇りにも関わらずまぶしく感じた。

 ふと、あの介抱してくれた女の事が気になって教会の大扉の方へ振り向いた。

 

 いなかった。

 

 アレは、見送ることはなかった。

 私は何を考えているのだろう。介抱しといて襲ってきたではないか。最初からそういう目的だったんだ。だが不可解なのは私が寝込んでいる時にそういう事をしてこなかったのがどうにも引っかかる。胸に冷たい手が這う感覚を思い出し、思わず胸の部分を強く抑え込んだ。


 ジェーン・ドゥの一部は私の中にある。

 あれは奪おうとしていた。

 渡さない。忘れるな。


 私は教会から立ち去った。最後に遠くから見た信者たちは何も知らずに祈りを捧げている。

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