第7話
1
浅野早苗を始末した後、女は、空を見上げた。
新しい武器か?
そう思う。
落下傘のごとき、数個のカバンが空から降っている。
女は胸を揺らしながら、それに向かって走った。
近くで落ちたようだ。
すると、向こうからも、人の影が迫っているのが見えた。
市街地の信号の前に落ちた。
車通りの少ない道のようだ。
自分の目の前にいるのは、鼻筋の通った、長身の女だった。
上半身は、高飛車だったが、靴は、新しく、スニーカーになっていた。
この女、テレビで見たことある。
これが、互いの感想であった。
何かに惹かれたように、落ちたカバンを追ってここまで来たのだ。
中身が何であろうと、この女には取られるわけにはいくまい。
そう思った。
鼻筋の通った、高飛車の女が言った。
「あなた、たしか...ユーチューバーだったわよね...」
口の端が吊り上がった。
蛇のような眼で、向こうの女をにらんでいる。
「気づかれちゃったかー人気者は辛いねえ」
明るい口調で言った。状況にはにつかわない、とんまな声であった。
「あなたの武器それ?」
「そうよ....」
「その銃じゃ心許ないわね」
女は優しくさとすように言っている。
この女と話していると、思考がほだされるような気がする。
「そうね...」
「じゃあ、もっと強い武器が必要ね...」
「ええ」
二人は会話をしながら、距離を詰めていく。
もうすぐ間合いである。
「遊びましょうか...」
そう言った後、高飛車の女が、横に飛んだ。
リボルバー式の拳銃が、火を噴いたからだ。
カバンを囲いながら、二人は、相対している。
カバンが境界線を作っているのだ。
カバンを拾おうとして動けば、そこを攻撃されてしまう。しかし、先に拾われてしまい、それが強力な武器であった場合、一気に逆転されてしまうのだ。空気が張り詰めていた。それを何とかしようという風にユーチューバー女は言った。
「あなたの武器は何?」
「丸腰よ...」
「嘘ばっかり」
「ホントだってば」
「私の武器、トイレットペーパーだったの...」
「それは、ウケるね...」
口では、そう言っているが、一瞬情にほだされそうになる。
殺すべきと分かっているのに、雑念が入り、いざというときに、引き金が引けないという恐怖が、ユーチューバー女の体をすり抜けた。
「私、ゆんちゃんっていうの」
唐突に自己紹介を始めた。
「へえ...」
高飛車の女は表情を変えない。
「リアクション薄いなあ。さっき知ってるって言ってたじゃん」
「そうは言ってない。ユーチューバーだったわよね?って言っただけよ」
「それはどういう意味?」
「馬鹿にしてるってことよ。お嬢ちゃん。こういえば納得してくれるかしら」
「偏見かーじゃあ、私もおばさんの偏見言っちゃおっかな?」
「何?」
「後妻業でしょ?遺産目当てでお金持ちのおじいちゃんとか殺したことあるでしょ?」
女は黙る
「もしかして図星?」
再び女の口の端が吊り上がる
すると、女はトイレットペーパーを投げてきたのだ。
ゆんは、それを避けようとするが、ロールが軌道を変えて、こめかみにぶつかり、目を閉じる。
「いたっ...」
怯んでいるすきに、高飛車の女は、カバンに向かって一直線に走った。
ゆんは、銃を発砲した。
高飛車の女は、しゃがみこみ、カバンを死角に隠すように身を低くした。
「日本の老人が、全資産のどのくらいを占めてるか知ってる?」
「急に何の話?」
ゆんは、距離を取りながら言った。
「73%よ。私はそれをちょっともらってるだけ」
「それで?」
ゆんの顔に戸惑いの色が見えた。
生唾をゴクッと飲む。
次の言葉を待つのにも、じれったいような気持になる。
先の言葉を急ぎたくなる。
しかし、それを相手に悟らせてはだめだ。
「今度はあんたから、命をもらうことにするわ」
高飛車の女は、かばんから、武器を取り出した。
ゆんは、弾を発砲していくがそれを避けられる。
どどどどどどどどどどどどどどどどどどどど
音が鳴り、それを避けていく。
「いいでしょ。この銃。自動小銃でしたっけ?こんな大きな銃、久しぶりだわ...たしか、3番目の夫との、新婚旅行で一緒に撃ったんだっけ?トレカフしか撃たせてくれなかった、前の夫とは違ったわ」
避けたとはいえ、体のあちこちに穴が開いている。
熱い、あつい、暑い、あつい。
赤いインクが、白い服のあちこちに落ちている。
そのはずなのに、熱い。
違う。
これは、血だ。
しかし、別の場所も熱くなっている。
自分はいま生きているのだ。
絶対にこの女を殺す。
血が沸騰し、穴からも、沸騰した血が、マグマのように湧き出そうであった。
女の髪が逆立った。
怒髪天を突くとは、正にこのことを言うのだろう。
「うらあああああああああ!!!!」
ばん、ばん、ばん、ゆんは、乱射していく。
しかし、後妻業の女は悠然とそこに立っていた。
「おやすみ」
どどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどど
その音だけが無機質に鳴り響いた。
戦いの交響曲はここで終わった。
2
古いテレビであった。
大きさは24インチもない。
カセットを取り出し、それが回り出した。
埃っぽい。その誇りの臭さにも、なつかしさが匂う。
ざざ、という古めかしい音を立てながらそれを見る。
「結衣はね、将来、アイドルになるの!!」
ふふ、馬鹿ね、私って。昔はこんなこと言ってたのか。
「広瀬結衣です。よろしくお願いします」
これは?ダンスの発表会だっけ?
覚えてないなあ
いや、思い出したくないのか
だから、ダンスのオーディションの記憶なんて持ってるのか
「ハロハロー!ゆんでーす!」
最初はこんな感じで撮ってたなー
あれ?何でこんなこと思い出してるんだっけ?
楽しかったことだけ思い出してたいのに....
こんな時に限って、辛い事ばっかり....
3
熊谷結衣は、泣いていた。
心臓は止まっているので、涙はもう流れていないが、脳で泣いているのだ。
天を突いていた髪も勢いを失って、下に垂れ下がっていた。
おかあさん
おとうさん
こんなバカな娘でごめんね
普通の生き方できないから心配させちゃったよね
その声は永遠に届くことはなかった。
4
智子たちは、遠くの方で銃声を聞き、それも、今までと違う銃声を聞いた。
「当たりの銃、だったってこと?」
亜美はつぶやく。
「どうする?」
「こっちは、サブマシンガンがあるけど...」
すると、ぬうっと店の影から、人が現れた。
ふっくらとした肉体であった。柔らかな乳房がそのまま人の形を取ったような、そんな印象を受けた。
身長は165cm程度。タイトなワンピースを着ていた。胸と尻が、立派に出ており、小さい子供なら、そこで雨宿りができそうであった。
女は銃を構えていた。
「逃げて!!」
女たちは道の端に逃げた。
銃弾が3人を追う!
「あ、あしが....動かない...」
愛理が叫んでいた。
「愛理!!」
路地裏に入り損ねた、愛理が銃で撃たれた。
サブマシンガンであった。
「ぎゃあああああ」
背中から血が噴き出た。
愛理のサブマシンガンは、こちらに向けられている。
道連れにする気か?
亜美はそう思う。
亜美は、愛理から距離を取る。
だが、後ろにいる、智美がそれを塞いでいる
「智美....」
智美は、女に向かって、フォークを投げた。
「ぎゃっ!!」
女の顔にそれが突き刺さった。
そのすきに、愛理は、胸の大きい女に向かって銃を撃った。
だらららららららららららら
女は、その場に倒れる。
「愛理、大丈夫!?」
智美は駆け寄った
愛理の意識はもうろうとしていた。
最後の力を振り絞ったのだろう
何かをぼそぼそと言っていた。
「ぼ、ぼく、あいり....ちゃん...お前ら...私を...型にはめることは....」
「しゃべらないで!!」
「智美!こいつまだ生きてるよ!」
「今はそれどころじゃ...」
「それどころだよ!!」
智美は涙を流していた。
女の顔は、鬼のような顔になっていた。
女のカバンから何かの先が出ていた。
「銃....ショットガン」
亜美はそれを手に取り、女の脳天に向かって、一発撃った。
「あんた、銃使えたの...」
「映画とかで、見たことあって、見よう見まねでやってみただけよ」
愛理は何かを言っている。
「ぼく....みんなに...元気になってほしい...僕の言葉で救われる人がいるなら....」
亜美は、尋ねた
「愛理は、テレビだとこのキャラなの?」
「まあ、普段は、もっと過激なこと言って炎上してるよ...」
「そうなの...夢の中でもキャラを演じてるのね...最期くらいは...本来の愛理でいさせてあげたかったのに...」
「何言ってるの!!たすから...」
「助からないよ!!」
亜美は、智美の言葉を遮った。
「助からない....さようなら、愛理...」
二人は路地裏から抜けた。
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