第29話 エピローグ Vol.2
どうやって戻ったのか、その数時間後に、クルードは父の愛車でも有った、ハーレーダビットソンクラシックのサイドーカーを駆って、アメリカ軍のキャンプ座間に現れた。
山本教授の入院する軍病院のある場所である。クルードは門の警営任務の兵士にIDカードを見せて、駐屯地の中にハーレーを進め、病院棟前の駐車スペースにハーレーを停めて、建物の中に入った。カフェエリアを抜けて、階段を昇り、病室に向かう。閉じられたドアをノックすると、中から純子の声で「どうぞ」と返事が有った。
無言でドアを開けて中に入ったクルードを。椅子に座って俯いて居た純子が見上げて、笑顔を見せ。山本教授は目を開けて軽く挨拶をする。
「上に話を付けて来た。正式に君を俺の助手として迎え入れる許可は貰った。」
純子を見下ろして、クルードはぶっきらぼうに言う。
「教授、もう今からはやっぱり娘を危険に・・・とは言えませんが、本当にいいんですね?」
クルードが強めの口調で尋ねると。教授は頷いて答える。
「覚悟の上だ。」
こうなれば、もうクルードに言う事は無い。
「クルードさん。お父さんは明日退院できるって。」
純子が横から口を挟んで来た。この雰囲気に耐えられなかったのだろう。
「そうか・・・ならば迎えに来ないと行けないな。時間を確認して置いてくれないかな?」
「明日のお昼一番よ。」
「そうか。判った。今夜は君はまた屋敷に泊まるといい。俺の助手に成るなら、いろいろ教えないと行けない事がある。教授、一緒に連れて行きますが、よろしいですね?」
クルードが教授に向かい合って確認すると、教授は当たり前の様に返事する。
「もう君の助手に差し出したんだから、君の好きにしてくれたまえ。」
「では、純子さん、行くよ。」
クルードは純子に声を掛けてから病室を出た。慌てて純子が付いてくる。
「あなたの助手になったんだから、もう“さん”は要らないわよ。」
「では、純子と呼び捨てにさせて貰うよ。君は俺を社長と呼べ。明日から君の表の身分は、私立探偵社“ヤンガーリサーチ”の社員で、俺の助手だ。」
「あら?裏の顔もあるのね?」
「判っている癖に・・・」
苦笑しながらクルードは続ける。
「裏の顔は俺の助手のエージェントだ。ただし、一人では特権は無いから、気を付けてくれよ。俺と一緒に任務中だけしか、特権は無いぞ。」
「判ったわ。それで。これからどうするの?」
「ちょっと今から、行く所があるから、付き合ってくれ。その後は屋敷に戻る。」
クルードはそう言うと、後は黙って先に立って歩き始めた。
純子をサイドカーに乗せたクルードのハーレーは、横浜の海に向かって走っていた。
「何処に向かって居るの?」
純子が尋ねると、クルードは「まあ黙って付いてきてくれ」としか答えなかった。やがて海沿いの丘に登る坂道を上り、クルードのハーレーは古い教会の前に停まった。
カトリックの教会だろうか?かっては白かった石造りの壁は年月の風雪に晒されて、灰色に色あせている。屋根も色あせた黒いスレートの屋根で、天井には大きな十字架が乗せられている。それもかっては純白だったのだろうが、今は黄色く色あせている。
「ここは?」
純子が尋ねると、クルードは苦笑いして答える。
「見ての通りの修道院だよ。別に懺悔しに来た訳じゃないけどもな。」
答えると、クルードはトランクボックスから、部長の秘書から渡された報酬の入ったアタッシュケースを持って建物に入って行った。純子もヘルメットを脱いで慌てて後を追う。
中に入るとそこは礼拝堂である。正面に十字架に磔にされたキリストの像が有り。左右に花が飾られている。礼拝堂の椅子は年代物の背もたれのあるベンチだが、クッションは所々破けていて、木製の枠もニスが剥げたりしている。ただし、掃除は行き届いていて、チリ一つ落ちていない。クルードは礼拝所のキリスト像に一礼すると、胸前で十字を切ってから、礼拝所を抜けて、中庭に進んで行った。
純子もキリスト像に一礼してから後を追う。中庭に出ると、そこには様々な人種の、様々な年齢の子供達が十人ほど居た。男の子も女の子居て、男の子は男の子同士、女の子は女の子同士で集まって何かして遊んでいた。年上の子が年下の子の面倒を見ながらのその光景は、昭和に有った大家族の様で微笑ましい。
クルードの姿を一人の女の子が見つけて叫ぶ、河合らしいピンクのワンピースを着た、アフロヘアの黒人の女の子である。
「クルード兄ちゃん!!」
「Hey、Brother!!」
「哥哥!!」
様々な言葉が子供達の口から叫ばれ、まるで蜜に群がる蟻の様に、クルードの足元にみんなが群がって行く。
いつものクルードなら嫌がって子供たちを遠ざけそうだが、クルードは両腕を広げて、子供達を受け止めた。
「みんな、元気にしていたか?」
「How have you all been?」
クルードは英語と日本語で子供達に声を掛けて笑顔を見せる。呆気に取られて純子はそれを見つめていた。
「兄ちゃん、彼女か?」
年上らしい男の子が純子を見つけて、クルードに尋ねる。
「あっいや、そういう訳じゃない。俺の助手になって貰ったんだ。」
クルードが慌てて否定すると、純子が進み出て自己紹介した。
「山本純子です。宜しくね。」
純子の自己紹介を聞いた子供達は、クルードの元を離れて、今度は純子に群がっていく。後ろに倒れない様に、純子は足元に力を入れて、子供達を受け止めた。
「姉ちゃん、眼鏡掛けてるけど美人だな。」
「Be the girlfriend of the he!!」
「成為妻子」
返事に困って子供達を見下ろすだけの純子に、クルードは言う。
「子供達の相手を頼む。俺は院長先生に話がある。」
クルードはそう言うと、出て来たドアとは別のドアを開いて中に入って行った。
「みんなちょっと落ち着いて。あとお尻触らないで。」
純子は子供達の対応にてんやわんやである。この子供達はいったい、なぜ人種も年齢も違うのだろうか?この修道院で暮らしているのだろうか?と疑問が心の中に湧いてくるが、
それを纏める暇も無い程、子供達にもみくちゃにされてしまった。
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