第21話 掲示 Vol.3
「尋問の結果が出るまでカフェで待とう。」
クルードはそう言うと先に立って歩き始めた。行先はカフェである。無言で純子の先に立って、カフェへの道を急いだ。純子は話し掛けようと思ったが、クルードの背中に怒りとも何とも言えない感情が込められて居る様な気がして、話し掛ける事は出来なかった。
黙ってついていく事しか出来なかった。
二人はカフェに戻り、向かい合って座ったが、言葉は何も発しなかった。純子は紅茶とケーキを注文して黙々と食べていたが、つい漏らしてしまった。
「甘すぎるな。マーサさんのケーキの方が美味しいな。」
クルードはそれを見つめて、煙草の火をもみ消す。手元のすっかり冷めてしまったコーヒーで喉を濡らしてから言う。
「アメリカ人向けのお菓子は日本人向けより砂糖が沢山入っているからな。日本人が食べると甘すぎて他の味を感じないだろ?」
「そうね。マーサさんのケーキを食べた後だから、余計に感じるわ。」
純子も激しく同意した。
「それより、意外にもあなたがそんな事知ってる方が驚きだわ。」
「諜報員はいろいろな出入り口が無いと、相手から情報を引き出せないんだよ。」
新しい煙草に火を付けて、煙草を吹かしながらクルードが答える。
「吸い過ぎじゃないの?」
罰が悪そうに吸いかけていた煙草を灰皿でもみ消すと、クルードは残っていたコーヒーを飲み干した。
「尋問の様子を見て来る。君はここで休んで居ろ。」
間が持たないので、クルードは立ち上がると、出入り口に向かって歩き始めた。純子が何か言ってきたが、無視して外に出て、ある建物に向かって歩き出した。軍の尋問設備のある建物である。
歩哨に立っていた兵士に軽く挨拶をして、入り口から建物に入り、地下への階段を降りて、尋問室に入った。
尋問室の中はまったく飾り気がなく、コンクリート打ちっぱなしの壁に四方が囲まれ、裸電球一つしか灯らない室内は暗く、湿気が籠っており、地下なので当然窓も無い。
その真ん中の木製の粗末な背もたれ付きの椅子に、拘束衣を着せられた男が座らされている。その周りに屈強そうな兵士が数人取り囲んでいる。クルードが入って来たのに気が付いた兵士たちが一斉に体を正して敬礼する。帽子を被って居ないクルードは、それに答礼として、心臓の前に握り拳を当てる敬礼で返した。
「どうだ?様子は?」
クルードが訪ねると、曹長の階級章を付けた、小太りの白人の兵士が答える。
「相当訓練されていますね、少佐。何も喋らないです。」
「そうか。時間が無い、こんな方法は使いたく無いんだが・・・・」
クルードはそう言うと、男にゆっくりと歩み寄り、その正面に立った。
「喋りたくなければ喋らなくていいよ。こっちには無理やり引き出す手段があるからな。」
男の目に恐怖の色が浮かんだ。それほどクルードの態度が冷たかったからだ。
「俺はお前らミレニアムクライシスの連中は、人間として扱わないぜ。」
拷問にでも掛けられるかと思った所に、クルードは右手を一杯に広げて、プロレス技のブレーンクローの様に、男の頭を鷲掴みにした。
「抵抗しても意味無いよ。」
クルードがそう呟くと、右手が淡い燐光を発しだした。途端に男がうめき声を上げ始める。その光が広がり、男の頭全体を包み込む。
「抵抗をしても無駄だよ・・・・」
男のうめき声が悲鳴に変わる。光が徐々に強く成って行く。兵士達は目の前で行われている奇妙な行いを固唾を飲んでただ見つめている。
「そうか、お前の名前はそう言うのか、なんでミレニアムクライシスに入った?そうか、親が事故で死んで親戚に盥回しにされてぐれたのか。だからと言って同情はしねえよ。っほら、抵抗しても無駄だって判っただろう?」
クルードは淡々と話しかける、やがて、手に力が入って頭を握りつぶさんばかりに締め上げる。男の悲鳴が絶叫に変わった。
「全部わかったよ。お前このままじゃ拷問に掛けられて、最後は自白剤打たれて廃人だったんだ。残りの人生は刑務所だろうが、命は助かるんだ。感謝しろよ。本当なら俺が殺す所だったがな。」
クルードは男の頭を離してから呟くように言った。
「後はMPにでも引き渡してくれ。今俺がここでやった事はこの部屋を出たら忘れてくれよ。これは口止め料だ。」
クルードは財布を取り出すと、曹長に一万円札を五、六枚程手渡して言う。
「今夜はみんなで飲みに行ってくれ。これが軍資金だ。」
そう言って部屋を出た。これで行先は判った。これこそクルードのサイコパワーの一つ、接触テレパスである。相手の身体に触れる事で、強制的にテレパスを精神に流し込み、暗示を掛けたり、記憶から情報を強制的に抜き出す事が出来る。同じくサイコパワーの持ち主でもない限り、抵抗しても一切無駄である。無防備なサーバコンピューターにハッキングする様に、自由自在にコントロールできる。勿論、相手が普通の人間なら使いたくない方法であるが、今回は時間が無い、早急に話を決めたかったから仕方ない。また、本来ならミレニアムクライシスのメンバーなら殺す所だが、あいつにはまだ利用価値がある。後はFBIにでも任せて置けばいい話だ。
「さてと、女連れで敵のアジトに乗り込むのか。我ながら酔狂な話だぜ。」
自嘲気味に笑いながらクルードは呟き、歩き始めた。
クルードは純子を伴って、もう一度教授の病室に赴いた。もう一度教授と純子を説得する為である。
「クルード君。もう一度言うが、今回の原世魔人がこの世に誕生したのは、私にも責任の一端がある。その罪滅ぼし、君達の言い方なら、“落とし前”かな?を付ける為に私も何かしなければ行けない。今は私は動けないから、娘に代わりに行って貰う。」
しかし、教授の決心は変わらない様だった。純子もその気なのは見て取れた。
「もう一度言いますが、相手は原世魔人の様な化け物がどれだけ居るか判らないです。いくら何でも、娘さんを無事に守って連れて帰って来れる保証は出来ませんよ。」
クルードは同じ事をもう一度言った。
「今日が娘との今生の別れに成る覚悟は出来ている。もう何も言わないで、娘を連れて行ってくれ。」
教授の決心は固い様だ。クルードは説得は諦めた。こうなった自分が腹を括るしか無い。
「判りました。最善を尽くします。アジトの場所が判ったので、これから行ってきます。」
クルードはそう言って立ち上がって、純子の方を向いた。
「行こうか?」
純子は頷いて立ち上がり、山本教授の方を向いて言う。
「行ってきます、お父さん、必ず成し遂げて戻って来るね。」
複雑な表情でクルードはそれを見つめていたが、意を決して言う。
「行くぞ。」
「うん、判った。」
純子が続いて後を追いかけた。
「私の事、相棒と認めさせて見せるわ。」
クルードは複雑な、肯定とも否定とも言えない表情を浮かべて答える。
「無理だけはしないでくれよ。」
それだけ言うと、クルードは後は押し黙ったまま、通路を先に立って歩き始めた。純子は黙って付いていった。本当は沈黙せずに何か話して欲しかったが、無理を押し通した親子二人に対して、何か複雑な思いでも有るのか、クルードは口を開いてくれなかった。
仕方が無いので、その大きな背中を見つめながら後を付いていった。
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