第8話 邂逅 Vol.5

大きなマグカップを抱えて、ホットティーを飲んでいた純子に声を掛けた。少し驚いた様な素振りを見せた純子だが、慌ててマグカップを置いて、何か返事を仕様としたが、激しく咽せ出した。気管に入ってしまったのだろう。

 その純子の横に素早く移動して、背中をさすってやった。

「おいおい。大丈夫か、慌てるな」

 激しくせき込む純子を宥めながら、優しく声を掛ける。

「ごめんなさい、みっともない所見せちゃって・・・」

 ようやく落ち着いた純子が咳き込みながらも答える。

「いや、俺も驚かせてしまって、すまない。出かける前に、君には不本意化もしれないが、少し受けて貰わないといけないレクチャーがあるんで、一緒に来てくれるかな?」

「判ったわ。」

 クルードは純子を伴って喫茶室を出た。

 二人は周りの壁が黒く塗られた細長い部屋に来ていた。その部屋は幅は一〇メートル弱しか無いのに比べ、奥行きは30メートル近く有り、いくつかのブースに区切って有った。

奥行きの向こうには白い板の上に黒い円が描いた物が吊り下げてある。

「ここは、もしかして射撃場?」

 純子が尋ねると、クルードは黙って頷いた。

「君にはさっきも言ったが不本意だろうが、身を守る為に、今から射撃のレクチャーを受けて貰う。」

 何か言い掛けた純子を敢えて無視して、ブースの一つに進んだクルードは、カウンターの上に金属製のアタッシュケースを置いた。純子はこれはもう何を言っても無駄だと考えて、黙ってクルードに付いてブースの一つに入った。ブースの左右はアクリルらしきボードで区切られている。

「映画とかで見た事あるけど、まさか私がこんな所に来るなんて・・・・・」

 落ち着かない様子で純子は辺りを見渡した。暗く無機質な部屋で、換気がされているのか、火薬の匂いはしない。

「さて。」

 クルードはアタッシュケースを開けた。その中には一丁の拳銃が入っていた。

 銀色に輝く本体のオートマチック拳銃である。スライドの全部があえて切り取られており、銃身が露出しており、銃口がスライドの前方から露出しているのが特徴である。

「これはベレッタ社のモデル92F型拳銃、アメリカ軍ではM9とも呼ばれている。その海兵隊や沿岸警備隊で使われている、ステンレスモデルだ。」

 クルードはアタッシュケースから拳銃を取り出して説明を始めた。

「さあ、持ってみて、持ち方は映画とかで見た事あるだろ?」

 クルードに促されて、純子は銃を手に取って見た。思ったより重くない。また、グリップのすべり止めはゴム製であろうか?手になじむ。

「一つ、最大の注意がある。実際に撃つ時以外は、そうやって引き金トリガーに指を掛けてはいけない。」

 口調は優しかったが、クルードはきっぱりと言い切ると、純子の人差し指を引き金から剥がした。

「今は弾は入っていないが、そうやって撃たない時にも引きトリガーに指をかけていて、間違って暴発させて、自分が怪我をしたり、仲間を傷付けた例は五万とある。」

 そう言って純子の人差し指を伸ばして、トリガーカバーに掛けてやる。

「撃たない時はこうやって持つんだ。」

「そうなの?気を付けるわ。」

 唾を飲み込みながら純子は答えた。その様子を見てから、クルードは説明を続ける。

「これが安全装置、セイフティレバーとも言う、これを親指で操作するんだ。水平の時は外れている、下に下せば安全装置が掛かる。」

 純子は心の中に刻みこむ様に、呟きながら、安全装置を操作してみせた。

「一秒以内で外せるようにするんだ。セットするのは時間が掛かってもいい。」

「可能な限り早く撃てる様にね?」

「その通り。」

「次は狙い方だ、この部分を照星と言う。」

 クルードは銃口の上に付いている突起を指さした。

「そして、ここが照門・・・・」

 指をなぞる様に後ろにスライドして、後ろの凹型の部分を指差した。 

「照門のへこんでいる部分から覗いて、照星を一直線になる様に見るんだ。これは自分で感覚を掴むしかない。そして、その直線状に的を見る。」

 クルードは顎と視線で、的を示した。純子は言われた通りに。顔の前に銃を上げて、照門から照星を見て、その先に的の中心を覗いた。

「肘は少しだけ曲げた方がいい・・、持つのは今は両手で持つんだ。右手でグリップを握り、左手で支える。」

 クルードは純子の後ろに回って、腕の形を直してやり、左手を動かしてグリップを支える形を取ってやった。

「親指で撃鉄ハンマーを起こして、この銃はダブルアクションと言って、引き金を引く撃鉄ハンマーが自動的に起きるが、それだと重くて、引き金を引いた時に銃口がブレる。」

 純子は息を飲んで言葉を聞いていた。近い。近すぎる、心臓の音まで聞こえそうな距離で、自分の心臓の動悸が激しく成るのが判る。オーデォコロンの香りと煙草の匂いが混ざった香りが鼻孔を擽って来る。いけない、今は射撃の技術を身につけなければ。意地悪なのか、善意なのか、これがこの人の素なのかは判らない。

「聞こえているかな?」

 優しい口調が上から降って来て、純子は現実に強引に引き戻された。

「ごめんなさい、あなたのコロンの香りが強すぎて、少し酔ってしまったわ。撃鉄ハンマーを指で起こすのよね。」

 ここではっきり言って置いた方がいいと判断して純子ははっきり言ってのけた。

「すまないな。体臭がキツイのは良くないと思ってね。今度からは控えめにするよ。」

 クルードはさらりと言ってのけると、純子の手の動きに注目した。

「それでいい。銃のグリップをしっかり握って、指だけで撃鉄ハンマーを起こす。」

 言われた通りに親指で撃鉄ハンマーを起こす、少し重いが起こせない重さでは無い。

「ここで初めて、引き金に指を掛けて、息を止めて、ゆっくりと、壊れやすい物をそっと触る様に、ゆっくりと、少しずつ、ミリ単位で引き金を引くんだ、力を入れたり、強く、早く引いては行けない。ゆっくりだ。」

 ここで純子が男性なら卑猥なスラングでも言ってリラックスさせる処だが、ここは生真面目な説明だけで済ませて置いた。

 言われた通り、繊細な指の動きを見せて、純子は引き金を引き絞って行った。

やがて、ある場所まで引き絞った所で、乾いた音を立てて撃鉄ハンマーが落ちた。

「弾が入って居たらそこで弾が出る。今の感覚を覚えて、撃鉄が落ちる寸前で一回止めて、息を止めて、もう一度狙いを付けて、最後の髪の毛一筋の引きトリガーを引くんだ。それが命中させるコツだ。どんなに狙いが正確でも、その引きトリガーの引き方を覚えなければ当たらない。」

 腕組をしながら、クルードは説明した。

「もっと乱暴な物かと思ったけど、銃って繊細な道具なのね。」

 息を深く吐いて、純子は静かに言った。

「少し休憩した方がいいな。ティールームに戻ろう。銃はそこのカウンターに置いていいよ。」

「うん、解った。」

「これから俺と行動するなら、自分の身を守る術を身に着けて貰わないといけない。辛いかもしれないが、よろしく頼むよ。」

 クルードはそう答えると、純子をエスコートしてティールームに向かった。

 純子は一時間ほど休憩を取ると、何か銃の扱いが彼女のどこかの琴線に触れたのだろうか?決意したような固い表情で、集中して銃の訓練を続けた。

「何事も真剣に取り組むんだな、納得できたか?」

 少しは離れた壁にもたれ掛かって腕組をしたクルードが尋ねる。

 純子はハンカチで額の汗を拭いながら答える。相当集中したのか、息も荒い。

「うん。そろそろ実際に撃ってみてもいい?」

「そうだな。少し休憩しろ。それからだな。」

 クルードはパイプ椅子を広げて純子を座らせると、黙ったまま、その右手を取った。

「痺れたり、突っ張ったりはしてないな?」

 そう言いながら、慣れた手つきで純子の右腕をマッサージし始めた。

「あっ、ちょ!」

「力を抜いて。返って痛くなるぞ。」

 痛いかと思ったが、意外に上手なので、純子はされるままにした。

「腕だけじゃないな。

 クルードはそう言うと純子の背後に回り、両肩に手を置いた。そして、かなり強めにマッサージを始めた。

「痛いかな?でも、これは読書かな?パソコンかスマホかな?根を詰め過ぎだな。」

「銃の訓練で判ったでしょ?私は何にでも根を詰めちゃう癖があるの・・・」

 マッサージの痛みに耐えながら、嬌声に近い声を出して純子は答えた。痛いが気持ちいい。こんな技術まで持っているとはと感心していると、一際痛い事をされたが、緊張していた首筋と肩から力が抜けていった。

「これでよし。若い割にはコリが酷かったぞ。」

「ありがとう。ちょっと息が切れちゃった。」

 純子は違う方向に転んでしまいそうな感覚を覚えて、おどけて見せた。誤魔化す為である。

「さて、実弾を撃ってみるか?」

 そんな純子の心境を無視するようにクルードは立ち上がってから言った。

「うん。やってみる。」

 純子もスプリングが跳ね上がる様に立ち上がって答える。

「これからは銃に実弾が入るから、事故が起これば、怪我人や死人が出る。今まで教えた事を守って、しっかりやってくれ。」

 クルードはそう言うと、銃を手に取って、弾倉マガジンを左手で取り上げた。

「こうやって、弾の先頭は判るかな?この丸い方だ。それを前にして、グリップの下から弾倉マガジンを突っ込む。ストッパーがあるので、ストッパーにちゃんと引っかかった事を確認してから、こうやってスライドを後ろまで引ける所まで引いて手を放す。これでもう撃てる。」

 手短に説明してから、クルードは弾倉マガジンを外し、スライドを引いて、薬室の中の弾丸

を外し、机の上に置くと、銃口を天井に向けて、引き金を引いて、ハンマーを落とした。

乾いた音と共に、ハンマーが落ちるが、勿論弾丸は出ない。

「さて、慌てなくていい。教えた通りにやってみな。」

 そう言ってクルードは銃を手の中で回して、銃身付近を掴んで、純子にグリップを向けて差し出した。それをしっかりとした動きで受け取った純子は、右手でしっかりとグリップを握って、弾倉マガジンを左手で取った。少し戸惑うように動きを止めた純子だが、意を決した様に小さく頷くと、教えられた通りに、弾倉マガジンを装填し、スライドを引いて弾丸を薬室に装填した。もちろん、指はトリガーから外している。

「もうそれで撃てる。安全装置が外れている事は確認しろよ。」

 無言で頷いて、純子は銃を構えた。クルードの指示通り、まずは両手で銃を保持しての両手撃ちである。

「距離は二五メートル。まずは一発撃ってみろ。真ん中を狙ってね。」

 クルードが促すと、純子は姿勢を正して、習った通りの動作で、実弾を一発放った。

「OK、安全装置をセットして。」

 純子が安全装置をきちんと掛けたのを確認してから、クルードは手元のスイッチを操作した。ワイヤーに釣られていたターゲットが乾いたモーターの音と共に、手元に引き寄せられて来た。

「大した物だな。見て見ろ。」

クルードがターゲットを顎で指して言う。純子が放った最初の一発は、中心の黒点、コインとほぼ同じ直径の黒丸から、わずかに下、少し右斜めに着弾していた。

 それを見て、純子の顔が明るい笑顔に変わる。さっきまで悲痛な表情で銃を扱っていたのとは対照的である。

「君は射撃の才能があるな。次で今日は最後にしよう。」

 手元のスイッチを操作して、ターゲットを元の位置に戻し、クルードは促した。

「今度は、連続して3発撃つんだ。三発は一気に撃て、なるべく時間を掛けずにだ。」

「何か、意味があるの?」

「興奮している相手は、一発では急所に当たらない限り倒せない。だから、一人に三発当てる。どんなタフな相手でも三発当てれば倒せる。ストッピングシュートと言う拳銃射撃のテクニックだ。」

「やってみる。一気に三発ね。」

「引き金の引き方だけは絶対守れ。」

 純子は頷くと、最初の一発目まではしっかりと狙って居たが、言われた通りに、一気に三発撃った。掛かった時間は最初の一発を撃ってから二秒程であろうか。

 クルードは別段声を掛ける事も無く、手元のスイッチを操作して、ターゲットを手元に移動させた。やはり、中央からやや右斜め下であったが、三発の弾痕が直径7センチ位の場所に三角形を描くように集中している。

「大した腕だ、何か月も訓練しても駄目な奴も居るのにな。最初でこれだけ弾痕が集中しているのは、君の狙いの付けたが正しく。引きトリガーの引き方も正しい引き方を身に着けた証拠だよ。」

 クルードが褒めちぎるので、少し恥ずかしくなって、純子は俯いた。

「まあ、人に自慢できる話ではないがな。能書きはここまでで、俺の腕前も見せて置くか。」

 クルードはそう言うと、手元のスイッチを操作して、ターゲットを元の位置に戻すと、一呼吸置いてから、おもむろに腰のホルスターから愛銃、モーゼルを引き抜くと、間髪を入れずに、一気に三発発射した。そして、モーゼルのハンマーを親指で押さえてから引き金を引いて、ゆっくりと元の位置に戻してから、ホルスターに収め、流れるような動作で手元のスイッチを操作して、ターゲットを手元に引き戻した。

「まあ、こんなもんかな。」

 そう言ってクルードが指し示したターゲットは、真ん中の黒点の上に綺麗な三角形を描いて弾痕が残っていた。

「凄い!」

 純子が息を飲んで呟く。

「いやいや、君もたった数時間でこれだけ出来れば大した物だよ。」

 クルードは純子に微笑みかけるとそう言った。

「さて、銃から弾倉マガジンを抜いて、薬室の弾も一度抜いて。」

 満足した微笑みを浮かべる純子に、クルードは態度を変えずに指示を出す。純子は慌てて指示通りに、弾倉マガジンをグリップから抜き、スライドを引いて、薬室の弾も抜いた。

弾倉マガジンをくれ。」

 純子から弾倉マガジンを受け取って、慣れた手付きで弾倉マガジンに弾丸を補充して、クルードは純子に手渡し、少し労わる様な笑顔を浮かべて言った。

「これが今日のレッスンの最後だ。この弾倉マガジンには15発弾が入る。さっき教えたストッピングショットを行えば、連続5回出来る。」

そう言いながら、クルードは純子にマガジンを手渡した。

「やってみてくれ。3発撃って、次の3発の間は開いてもいい。だけど、3発連射するのはなるべく早くだ。」

 クルードに促されて、純子は息を飲み込むと、マガジンをセットし、スライドを引き、弾丸を装弾すると。大きく深呼吸をして狙いを付けた。

 そして、一気に3発発射した。そして、深呼吸を1回すると、続けて3発放つ。すぐに今度は息を継がずに3発撃った。少し息が荒くなって居るが、深呼吸をして、続いて3発ずつ、立て続けに銃を撃った。さすがに集中し過ぎたのか、呼吸は荒く、汗もかいている。

「お疲れさん。銃をよく見て。」

 クルードは顎で銃を指し示した。言われた純子が銃を見て、気が付く。スライドがブローバックした状態で、戻らずに固定されている。

「覚えて置いてくれ。弾を全て撃ち尽くすと銃はそういう形で止まる。」

 クルードは銃を指差してそう説明した。

「そこに弾を1発だけ入れたマガジンがある。マガジンの交換をやってみようか?」

 クルードはそう言って、空のマガジンに、弾丸を1発だけ込めて、カウンターの上に置く。純子はまだ少しぎこちない手つきで、マガジンを抜き、新しいマガジンに入れ替えた。

「そこのストッパーを外すと弾が装填される。」

 戸惑う純子に、クルードは無言で、ストッパーを指差して教える。純子はぎこちない手つきで、ストッパーを外した。それに反応して、スライドが勢いよく閉じる。

「弾が無くなった事を知らせる為に、こうやって、最後の弾を撃つと、スライドが開いたままに成るから、この事をよく覚えて置いて。」

 クルードはもう一度、純子に言って聞かせた。

「今日のレッスンはこれで終わりだ。明日から、君にも働いて貰う。」

 クルードは腕時計を見て言った。時間は16時を少し過ぎた所だ。

「お父さんが意識を取り戻したって話はまだ来ていない。今日は俺が君が泊る場所を用意するから、そこに移動しよう。ここの病院は入院者の家族が宿泊するのを許可していないんだ。」

 クルードは手早く純子が練習に使って居たベレッタをスチール製のガントランクに片付けながら言った。

「ありがとう。何から何まで気を使ってくれて。」

「気を使って居る訳じゃ無い。君は護衛対象だからね。護衛するに一番の方法を取っただけだよ。」

「そう・・・・。そこで、銃の練習は出来る?」 

 ちょっと不満足そうに俯き加減で純子はボソリと言った。

「実弾の発射はダメだよ。」

 ちょっと困った様な表情でクルードが言うと、純子も続ける。

「実弾はここでしか撃てないの判っているわ。弾倉マガジンの交換の練習をしたいの。」

「そうか・・・」

 答えると、クルードは今さっき片付けたばかりの空薬莢を回収ボックスから数個回収して、アタッシュケースの中に押し込んだ。

「これを使って練習してくれ。実弾は持だせられないからな。俺が預かる。」

 そう言って、アタッシュケースを持ち上げると、クルードは顎で出入り口のドアを指して歩き始めた。純子もその後に黙って続いた。

「今夜は俺の用意した場所に泊って貰う。明日から一緒に仕事をしてもらうからな。あんまり根を詰めて練習はしないで、キリのいい所で眠ってくれよ。」

 背後から純子が付いてくるのを気配だけで感じ取ってクルードは振り向きもせずに言った。純子はその大きな背中を見つめながら答える。

「わかったわ。私は明日から何をすればいいの?」

「手がかりがほとんど無い。まずは現場に言ってみる。正直、君には言いにくいが、囮だよ。もっとはいいきり言ってしまえば撒き餌だよ。」

「そう、ちょっと嫌な役柄ね。」

「本当ならお姫様でも演じて貰いたいところだけどもな。こればかりは他に手の打ちようがない。今の所、俺には脚本を書かせて貰えてないからな。」

「脚本を書く権利をこっちに、奪い返さないといけないって訳ね。」

「そういう事だ。」

 振り向きもせずに、クルードは淡々と受け答えする。純子は少し意地悪な気持ちになって、クルードの右横に走り寄ると、その右腕を取った。

 何か言おうとした純子であったが、クルードは厳しい動作で右腕を振り払った。アタッシュケースを左手で持って居たので、右腕しか開いて無かったので、純子は無意識に右手を取ったのだが、まさか何も言われず、振り払われるとは思わなかった。

 さすがにかなり気持ちが引いてしまい。純子は思わず「ごめんなさい」と呟いた。

「いや、詫びるのはこっちの方だ。済まない。」 

 とっ、クルードはバツが悪そうな口調で詫びた。その口調が本当に済まなさそうに聞こえて純子は軽く吹き出した。

「右手はなるべく塞がれない様に気を付けているんだ。乱暴にするつもりは無かった。」

 珍しく言い訳を言うクルードに可笑しくなって、純子は今度は左腕にっすがりついた。

アタッシュケースを持って居る左腕にすがりついて、一緒に支えている様にも見える。

「こっちならいいよね?」

 クルードは無言で頷くと、そのまま歩き始めた。

二人は地下の射撃場から出ると、停めて置いたクルードのハーレーの所まで、米軍基地の広い通路をただ歩いた。

「軍隊の基地って、通路が広いよね。どうしてなの?」

 沈黙に耐えられなくなって純子が何気なく疑問を投げかけた。

「隊毎に外に出て整列して行動したり、有事には戦車等の大型車両が通れる様にだよ。」

蒲鉾を横から見た様な作りの隊舎が、背列されて並ぶ中、二人は歩いて行った。

その横を二列縦隊に整列した兵士の集団が、英語で独特の調子で歌いながら走り抜けていった。全員上半身は白いTシャツ。下半身は膝上までのスパッツ状のトレーニングパンツで、白い靴下におそろいのスニーカーを履いている。一般人の女性が珍しいのか、純子に手を振ったり、ウィンクをして立ち去って行く。純子も笑顔で手を振り返した。

「みんな陽気なのね。」

「わざと陽気に振舞ってテンションを上げないと、身も心も持たないからだよ。」

「そうか、女の子が珍しい訳じゃないわよね。」

「最近はアメリカ軍は女性隊員も増えているからね。珍しくは無いと思うよ。」

 二人は会話しながら通路を歩き、クルードのハーレーを停めて有った駐車場にたどり着いた。

「さてと、君の家に寄るよ、着替えを数日分持ってきてくれ。」

 純子にヘルメットを手渡しながらクルードは促した。純子は返事するとヘルメットを被り、サイドカーに座って、シートベルトを締めた。

「さて、ではお嬢様をエスコートさせて頂こうかな?」

「あなたでもそんな冗談言うのね!」

「時と場合に寄るさ。」

 クルードは呟くように返事をすると、ハーレーのエンジンを掛けて跨った。


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