25話 財務調査

 ユスタキウスは、自身の邸宅でゆっくりワインをたしなんでいた。グラスの中に転がる、赤色の酒。甘酸っぱい芳醇ほうじゅんな匂いが、かすかに鼻をなぞる。


「今宵は月が綺麗だな、ミハエル」

「そうですね、ユスタキウス様」


 ミハエル。


 ユスタキウスの秘書を務め、そして、【影の四公】筆頭の女傑じょけつ。青紫色の髪に、しわ一つない肌。月の光に照らされるその顔は、まるで人形のような美しさがあった。


「リアムの首が落ちるのも、あと少しか」

「はい、そのようになると思い」


 バタン


 ドアが勢いよく、開く。



「財務調査に来た。ユスタキウス、貴様に収賄の嫌疑がある。家宅捜索させていただこう」

「おやおや、財務大臣のドラコ様ではないですか? いったい、どのような要件で?」


 ユスタキウスは、先ほどまでの顔が嘘のように、額に笑顔を張り付かせる。その様子を見たドラコは、厳格な面持ちで、紙を取り出した。


「このような、財務調査表が、俺の事務室に送られてきてな。なに、仮想通貨を介した怪しい送金データがあるじゃないか?」

「その紙をどこで!?」


 ミハエルが声を荒げる。それを、ユスタキウスは目で制止した。ドラコは、ゆったりとしているものの、含みのある口調で言う。


「それは、貴殿が収賄をしていたことを認めた、ということでよろしいかな?」

「とんでもない。うちの秘書が、誤解を招くような言い方で、すみません。好きなだけ、我が屋敷の中を調べてください」

 

 ユスタキウスは、ドラコを客間に招き入れる。ドラコたちは、収賄の証拠となるものがないか、屋敷の中をくまなく調査する。


 仮想通貨を取引する際に必要となるIDカードや、出所が分からない現金……。


 今回の調査で、多数の宦官が賄賂を行っていたという証拠は掴め、検挙することができた。しかし、肝心のユスタキウスに関しては何一つ証拠を掴めなかったのだ。宦官の犯行となると、この男が手を汚していないわけがない。


 どうやって、それぞれの宦官は、ユスタキウスに資金を振り込んでいたんだ……!?


 しかし、この屋敷をくまなく探しても、そういった証拠の類いが見つかることはない。ドラコが、悔しそうな顔でぼやく。


「すみません、調べましたが、なにも見つけることができませんでした」

「いえいえ、ドラコ様。私の組織で起こった犯罪です。気になさらないでください。私の監督不行き届きですよ」


 朗らかに笑うユスタキウスの表情には、どこか誇らしげな面持ちがあった。ドラコたちは、何の成果も上げられず、屋敷をあとにした。その後ろ姿を見ながら、ユスタキウスは吹き出した。


「フ、フハ、フハハハハハハ」


 ユスタキウスの高笑い。屋敷中にこだまするその声。


「お見事です、ユスタキウス様」


 ミハエルがひざまずく。ワインを並々とそそぎ、でっぷりとした腹をたたく。


「俺の勝ちだ!!、俺の……」



 ……、なにか違和感を感じる。今までこういった収賄事件は、いくどとなくあった。しかし、ユスタキウス自身の屋敷にまで、彼らが押しかけてきたのは、これが初めて。


 どういうことだ……


 ユスタキウスは、ふとある可能性に気づく。

 

 まさか!?


 ユスタキウスは階段をかけあがる。二階。奥の書庫に保管されている文書。ダイヤル式の金庫の中は、すでに空になり、黒い壁面だけが見えていた。


「やられた、密書を盗まれた……」

「ユスタキウス様……」


 短い沈黙ののち、ユスタキウスが言う。


「ミハエル、あいつを出せ」

「ですが、あれは……」

「たしかに危険だ。だが、あいつを使えば、確実に殺せる……」


◇◆◇◆

 地下室。


 鎖で縛られた、獣のような男。


 その男は悪臭漂う地下室から、ゆったりと解き離たれた。

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