19話 許嫁

(さてと、エリアスとカインに仕事は任せた。今、俺にできることは、もうない)



 ここ2週間は、なにかと慌ただしかった。俺は久々にゆっくりしようと、部屋に備え付けられているソファに、だらーっと寝そべった。柔らかなクッション性の布地に、身体が吸い込まれて行く。


 もう、頑張りたくない。


 でも、大切な人を傷つけられて、それでいて、なお知らぬ顔でやり過ごせるほど、俺は腐ってはいない。


 まぁ、こうやって、ギリギリになってからしか動けないのも、俺らしいといえば、俺らしいが……。


 そんなことをぼんやり考えていると、新しく俺の部屋に配属された執事・ゴルゴンゾーラが、義務的に告げた。


「来客のようです」


 自室の窓から外を見ると、絢爛けんらんな馬車が王宮の門の前に泊まっている。そこから降りてきたのは、小柄な黒髪の淑女。気品のある美しい顔で、純白のドレスを見にまとっている。


「なんで、あいつが……」


 俺は、あの女から隠れることができる場所はないか、自室をくまなく探す。しかし、気づくのが、少し遅かったようだ。

 

 バン


 勢いよく、ドアが開く。


「なんで、じゃないわよ!! 私が、わざわざ来たのよ。もっと喜ぶべきじゃない!?」


 この気の強い少女は、カサブランカ。宰相・ロデリックの孫娘であり、俺の許嫁いいなずけだ。


 幼少の頃、勉学にも武術にも秀でていた俺に可能性を見出したロデリックは、俺を懐柔するために、カサブランカを使って、姻戚関係を結ばせたのだ。いわゆる、政略結婚というやつだ。


 しかし、俺は、ある事件をきっかけに、王位継承に関心を失う。ほどなくして、ロデリックの関心も、第三王子であるアーサーへと移ったのだが……。


(あの事件がなければ、俺も、こんなひねくれなかっただろうか……)


 そんなくだらない考えに、思わず苦笑する。こんなたられば、なんの意味もない。


 ただ、周囲の人間が、俺の王位継承を諦め、離れて行くなか、カサブランカだけは違った。彼女だけは、俺が国王になると、いまだに疑うことなく、信じているのだ。


「あんたのやる気がないせいで、最近、私まで悪く言われてるのよ。このままノロノロしてたら、国王になれないわよ!! わかってるの!?」

「知るか、帰れ」


 俺はカサブランカと目を合わせることなく、冷たくあしらう。


「俺は、国王になる気なんざない。お前の行動は、俺に取って迷惑だ。早く帰れ」

「ど、どうして」


 瞳に涙を浮かべた彼女が、声を震わす。俺は、彼女の方に目をやる。


「あ、あなたが落ち込んでるって聞いたから、わ、わざわざ励まそうと思って」


 今にも泣きそうな顔で、カサブランカが俺の顔を覗き込むように見ていた。


 そんな目で見るな。


 めんどくさい。


 なんでせっかくの休日に、俺はこんな面倒な女の相手をしないといけないんだ。


 俺は仕方なく、彼女を胸元に抱き寄せた。そして、優しい手つきで、頭を撫でる。すると、彼女はすぐに機嫌を戻したのか、顔いっぱいに笑みを浮かべた。


 まるで犬のようだ。


 さっきまで泣きそうだったのが嘘のように、いつもの強気の態度に戻る。


「し、仕方ないわね。許してあげないこともないわ」

「許されないことは、してないはずなんだがな」

「うるさい!! そんな揚げ足ばっか取ってるから、王位継承権、他の王子に取られそうになってるのよ、バカリアム」


 カサブランカは、俺に舌をベーと出す。世間から、【アルビオンの才媛】と言われているとは思えない子供じみた行動に、思わず、俺は噴き出した。


「なによ!? なにが、そんなに面白いわけ」


 俺は、笑いを堪えながら、彼女に言う。


「いや、なんでもない。ところで、なんで、わざわざ、こんなところまで来た?」


 カサブランカにこれ以上怒られたくない俺は、おもむろに話を変える。すると、彼女は、待ってました、と言わんばかりに、長い黒髪をフワリとなびかせながら、いたずらな笑みを浮かべた。


「私も18歳になったし、そろそろ、正式に身を固めなさい、とお祖父様に言われてね。リアムに、私の家族へ挨拶してもらおうと思ってね」

「そ、それって、つまり……」


 カサブランカは頬を赤らめながら、無言で頷く。俺は、突然のことに驚き、声を上ずらせる。


「俺のささやかな夢は、まったりとした田舎暮らしなんだ。お前と結婚したら、最後。この国の政治に否応なく、関わることになるじゃないか。絶対に、嫌だ!! 俺は、絶対にい、行かないからな!!」

「うるさいわね、覚悟を決めなさい。男でしょ!!」


 俺は、カサブランカに服の襟首をぐいっと掴まれる。すると、華奢な身体とは思えないほどの強い力で、俺は、自室から引きずり出された。


「だ、誰か、助けてくれー!!」


 虚しい声が、王宮に静かにこだまする。俺は、馬車の中に引き摺りこまれると、街の中へゆっくりと消えていった。

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