第8話

扉の向こうには……手を伸ばしながら前に歩いてみる。


何の感触もない。見えない壁の突破には成功したようだ。


「……ッシャァ!」


俺は何周目ぶりかわからない進展に両手を天に突き上げる。


今だけはこの晴れ渡る空が俺を祝福しているようだった。


しかし……

俺は眼の前に広がる草原を見やる。


どこまでも広がっているように見える。


確かに壁は突破した。


だがこの先にデバッグルームがあるとして、一体どれだけ飛べばそこに行けるのだ?


この先がこれまでよりずっと長い可能性も十分にありうる。


俺はひとまずゲートから初期地点に戻る。


そして座り込んで思案を始める。


デバッグルームは本当にあの先にあるのか?


それはわからない。


もしかして無限の草原が広がっているのか?


それはない。『演算限界』という見えない壁があるなら、『ロード限界』という世界の果てはあるはずだ。


思案を続けていた俺の脳裏に、突如として電撃のような閃きが走った。


ずっと心の隅に引っかかっていた、あの数字。


俺が算出した世界の半径、約8400キロメートル。メートルに直した、16,800,000というキリの良すぎる数字の羅列。


あれは、ただの距離を示す数字じゃない。システム上の『最大値』を示しているんだ。


「……24ビットか!」


思わず声が漏れた。そうだ、コンピュータで数値を扱う際に用いられるデータ型のサイズ。


2の24乗マイナス1。


指先で空中に計算式をなぞる。


答えは、16,777,215。


ほぼ一致する。間違いない。


俺は息を呑んだ。


ならば、この『プレイヤー領域』よりもさらに上位の『管理領域』が存在するとしたら?


より大きな数値を扱える、もっと一般的なデータ型が使われているはずだ。


24ビットの次に来るものと言えば、決まっている。


「……32ビットだ」


2の32乗マイナス1。


暗算するには大きすぎる数字だが、そのおおよその値はSEの常識として頭に叩き込まれている。


約42億。座標はプラスとマイナスで管理されているはずだから、その半分。


中心座標ゼロから、プラス方向の最大値。つまり、2,147,483,647。


これが、この世界の本当の果て。『デバッグルーム』が存在する座標だ。


2,147,483キロメートル。


飛んでいこうと思ったら8400キロメートルとは比較にならない数字だ。


俺は、自分の立てた仮説の壮大さに、思わず息を呑んだ。


もはやこれは、ただのゲーム攻略ではない。


世界の創造主が遺した、設計図を読み解いているに等しい。


ドクン、ドクンと、心臓が大きく脈打つのが分かる。


それは、死の恐怖から来るものでも、絶望から来るものでもない。


何十、何百周ぶりだろう。真実を目の前にした、純粋な探求者としての興奮が、俺の全身を駆け巡っていた。


俺は具体的な地点ではなく、座標を頭の中に思い浮かべながらゲートを出現させ、その扉を開いた。

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