第一章六節 神の声
「それは荘厳な声なんです。ずっしりとした重みで、心の底から震えるんです。そして何度も同じ言葉を繰り返すんです。『彼の地に君臨する王を選べ』『裁定の山を越えて其処の場所に行け』『汝、戴冠を見届けるもの』って」
「荘厳な声…」
ランの言葉を理解するために先生が言葉を反復させる。
本当にまるでランが主人公のように見える。
「私はランを疑ってないよ。ただその声のことは気になる。心因性…心の問題には見えないし、繰り返し見ていると言うことはただの悪夢でもないだろう」
「…ありがとうございます」
「…その上で君に聞きたい。君はどうしたい?」
「私は…」
そこまで言ってランは体を起こす。
大きく深呼吸するように肩を大きく動かして、それから覚悟を決めたように「ふー」吐息を吐く音が聞こえる。
「この声を信じて、その場所に行ってみたいです」
思わずピタリとつけていた耳を離す。
下唇を噛み締めて、私はその場を離れることにした。なんだそれなんだそれなんだそれ。神の声って前世よりも特別感があって、使命を持ってるなんておかしな話じゃないか、そう言うのは大概私みたいな人間がもらうものだろう。
だが現実は非情で私ではなく、ランが選ばれた。
しかも11歳の頃にはすでにランは特別だったんだ。役目を果たすべきだと今のいままで思っていた自分が馬鹿みたいだ。
私は足音を隠しもせずに駆けて自分の部屋に向かう。そして乱雑に扉を開き、開けっ放しのままベッドにダイブした。
ボフッと体がマットレスに沈む。
饒舌し難い感情が涙という物質に変換されて、思わず抱えた枕を殴った。
顔を枕に沈める。
苛々した感情そのままに柔らかい枕カバーを噛んだ。
特別は私だったはずなのに、そう思い舌打ちを鳴らす。暫く天井を見上げて、「ふー」と息を吐いた。
そうすれば自分が安心できると思ったからだ。
ランに出し抜かれてしまったのは変わらない。
でも、もしかしたら私にだって神の声が聞こえるかもしれない。そうこれは順番だ。たまたまランが早かっただけで、私にだって可能性はある。
なんて言ったて私は転生主。前世の記憶だってある。そんな特別が、神の声を聞こえないなんてありえない。
だったら寝るべきだろう。
あの様子からして、ランは眠っている時のみ声を聞いている可能性が高い。
日中に聞こえていたのなら、その動揺する姿が見えるだろうし、そんなの一切なかったんだから、聞こえるのは夜だろう。
【06】神の声
ランはいつ出発するのだろうか、しまった、そういう話を聞いてから離脱するべきだった。
そう思った瞬間、扉の方から声が聞こえる。
「メアリー…その、起きてる?」
「…」
それはランの声だ。
どことなく申し訳なさそうな感情が滲み出ているような声色だ。
それがまるで探るように鼓膜を揺らす。
「さっきの話聞いてた…?それなら、ごめん、メアリーに心配かけたくなくって」
「…」
ランはきっと私を、みんなを馬鹿にしていたんだ。
自分は神の声が聞こえる特別だって、そう思いながらきっと過ごしていたんだろう。
「あれ、嘘じゃないの、それだけは信じてほしい」
「……」
どの面を下げて、そう思った。
言葉にはしなかった。だって私は大人だから、これから神の声を聞くかもしれない特別だから、だからあたらないように頑張って堪えた。
「それでなんだけど、もし、もしメアリーがよかったら…」
「もう、私寝るから」
でも、それ以上は耐えられなかった。もし、の次はなんだろうか、神の声が聞こえてたら?
そんなたらればで、そこまで特別を主張したいのかと思ってしまう。私は布団を頭から被り直して入り口から背を向けるように身を縮こませた。
そうすればやっと観念したのか、ランは静かに「ごめんなさい」と言って部屋から出ていく。
今日はどこで寝るつもりなんだろう。
そんなことを一瞬考えたが、もう関係のないことだ。先に関係ないと見切りをつけて話してくれなかったのはランの方なんだから、そう思って私は身じろぎをしてベストポジションを探す。
私は眉間に皺を寄せながら、目をがっちりと閉じて早々に意識を手放した。
深い夢の中で、何かが語りかけているような気がした。
暗い暗い夢だ。私という存在はまるで肉体を失った魂のような存在でそこにいた。夢見た神様の声だろうか、でも声は聞こえない、代わりにとは言ってはなんだが、自分以外に4人同じような状況に陥っている人たちがいると直感的にわかった。
『____、______伝令、伝令。我は万物を救うセウズ。祈り、崇め、敬重せよ』
それは話に聞いていたような荘厳な声。
そしてどこか機械的な冷酷な声でもあった。
私の心が躍る。ほらみたか、私も神の声を聞くことができた。
やっぱり私は特別なんだ。そして前世の記憶も持っているのだから、ランよりも私の方が特別なんだ。
『選ばれし4人の者たちよ、蒼き太陽が三度昇ったとき、神都ニフタに集え』
声は動揺する気配たちを無視して続ける。
『神に選ばれし、戴冠者よ。今こそこの国の王を定めるのだ』
これが神の声。
神都ニフタが何かはわからない。そんな話先生から聞いたこともないから、だが頭にはそこがどこなのかわかった。行かなければならない。そんな気持ちが心を焦らす。早く目覚めろ、早く目覚めて向かわなきゃ。
そんな思いが叶ったのか、私はすぐに目覚めることができた。
外は相変わらず暗く、あれからさほど時間がかかっていないことを理解する。
前世の記憶を見た時とは違って、まるで悪夢を見た後のような後味の悪さと背中をぐっしょりとする冷や汗が気になったが、それよりも早くこの孤児院を出ないといけないと思った。
ベッドから飛び起きて、部屋のクローゼットをあける。
やはり冒険にはそれに相応しい格好が必要だ。別にそういうヴィンテージ風のRPG的な服を持っているわけではないが、そこは服の組み合わせでどうにかなるだろう。
麻色のキトンのスカート部分の前だけを切る。それから、先生が機織り機で作ってくれた赤い長方形の布の中心とキトンの右側を縫い合わせる。
それから、黒い紐を腰回りに巻いて、くびれを強調させる。ちょうどよく朝日が上がってきた頃合いを見て、窓ガラスを鏡のように使って自分を見る。
これで編み込みの長いブーツがあれば完璧だったんだけどな、と思いながらもみんなが目覚める前にさっさと移動を始める。
キッチに行って木で作ってもらった水筒を持って、武器になりそうな包丁を手に取る。
流石に即興で鞘を作るなんて真似はできないから、食器を拭く布で軽く包んでから、腰元に差した。
「神都…ニフタ」
その言葉だけで心が躍る。
はやる気持ちをなんとか抑え込んで、私は旅立ちの第一歩を進んだ。
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