第一章四節 私は誰?
前世の文献で見たことのあるものを感じれるのは、とても不思議な感覚だった。知識や経験の記憶はあるのに実感がなかった今までの森林に対する記憶が明白になっていくようなそんな気がする。
「後もうちょっとでつくよ」
「ちょっとってどのくらい?」
「意地悪しないでよメアリー」
だって森に入ってから時間が結構経ってる気がするのだから、しょうがないじゃないか、もちろんこんなこと言えば屁理屈だと言われてしまうだろうから黙る。
屁理屈なんて思ってもいないのだが、こういうタイミングでそう言われれば疑われることを私はよく知っている。
人の言葉って難しいよね。
そんな風に達観したつもりで菩薩のように微笑みを浮かべれば「何、きも」と言われて簡単に私の心は砕け散った。オーガッシュ先生はランにちゃんとした教育を受けさせているのだろうか、言葉遣いとか言葉遣いとか、言葉遣いとかがなってない気がする。
正直にドン引くランに口角が引き攣る。この野郎。
「あ、ほらほら見えてきた」
どついてやろうか、そう思った頃にはランの人差し指の先に歪な木が見えた。
なんだただの木じゃないか、あれに空洞が空いてるとかそういった系のやつだろう。
少しだけ期待をしていたのだろうか、私の心は少しだけげんなりとする。
ここまで来たのにも関わらず…その気持ちは口から漏れ出た感嘆によって消された。
「わぁ…!」
そこにあったのはただの木ではなかった。
いや、木であることは確かなのだが、その形がなんとも奇天烈であるのだ。一本の大樹が二股に分かれて、幹の先が天高い場所で交差している。
あけすけに言えば、楕円形の門のような姿をしているのだ。
人工物か、まずはそんな疑いが浮かぶ。もしくは途中で人の手が加わったものだろうか、そう考えるが前世のような大型の機械があるとは思えない文明の水準から、脳が否定する。
ではなんだ、本当に自然によってできているのか、こういうのをなんと言ったけか…。
次の瞬間、足元にある地面が突然消えたようなそんな感覚が私を襲う。
『くそ、また遺伝子疾患か!』
ぼーっと耳元で水の中に入ったようなぼやけが生まれる。その割に耳元に聞こえてくる声は明瞭で、視界が一瞬ぶれた。
ここはどこだろうか、視界に映るのは多くの試験官と顕微鏡。
『人工的な__の作成は__このままじゃ___』
ぶつぶつときれた言葉の波が、耳にノイズを纏って入ってくる。
ああ、私は何かに失敗したのか、そんな他人事のような感情が流れた。実際他人事であればよかったのだが、妙にリアリティーのある感情が私の心を動かしてくる。その時後方から「オウメイ先生」と声をかけられた。
私はそれを自然と
一瞬、自分の中に戸惑いが生まれる。
今自分はなんと思ったのか、それは正気か?私は確か、確か、そこまで出かけて何も答えが出なかった。
私は誰だったか、そんなことすら忘れていた。そうだ、今日は実験をしていたのだ。
私は白衣を揺らして、新しい試験管を取りに行く。
手に持ったサンプルを軽く振ってからその中身をスポイトで吸って、顕微鏡へともう一度向かう。
必要な実験だ。
世界の損失を考えれば一秒いうでも早くこの研究に結果を出さないといけない。医療の発展には必要なことで、これを理想の形に落とし込めなければ医療の衰退は本格的に始まってしまうだろう。
早く善く作らなければ、それが私の生まれてきたことの使命だから。
そう思った瞬間視界がブラックアウトする。
「リー、メアリー!突然ぼうっとしてどうしたの?」
「あ、ごめん、なんかちょっとぼうっとして」
言ってみてなんて白々しいと自分のことを思う。
今のは最近の中で一番やばかった。
必然と流れる冷や汗が、額を伝って頬から顎に流れる。
私は、メアリー・パートリッジ、私はメアリー・パートリッジ。
私はメアリー・パートリッジであって、
【04】私は誰?
幾度と繰り返して胸元を握る。そうすれば安心できると思いたかったからだ。私はランにバレない程度にひと呼吸を置いてから微笑みを向ける。
向けた先のランがひどく心配したような顔をしていることなんて無視して、私は「すごいね」と話をずらした。
「遺伝子疾患かな」
「遺伝子疾患?」
不思議そうに返される言葉にしまった、と思った。
『遺伝子疾患』なんて流石の先生でも知らない知識、ということはランが教わっているはずもないだろう。
どう誤魔化すべきか、聞き間違いだとか?それなら何と言ったのと言われてしまう。なら、思いついた言葉だとか?それなら異様に自信満々に言ったことが違和感を生むだろう。
考えろ、考えろ、考えろ。
何度もそう心に言い聞かせて、脳に指令を出す。けれど上手い言い訳は結局出てくることはなかった。
「ま、いいか。それよりも本当にすごいでしょ?」
助かった_。
深く言及しないでいてくれたことに安堵する。
ランなりに心配した上での「知らなかったふり」なのだろうが、直接的に言えば扱いやすくて助かった。ベラベラと楽しげに喋るランを見てはいるが、私の耳には一切その言葉が入っていない。
それどころか先ほど見た前世の記憶の方が不思議な形の木よりも気になっていた。
己は何か作ろうとしていた。
あの記憶を信じるなら、染色体や遺伝子を操作して何か生命体でも作ろうとしていたのだろう、でも何度か失敗していて…そこまで考えてなんで自分はその研究を引き継ごうとしているのか疑問に思った。
文明レベルも下の下の下、それがなんだかもわからないのに、科学技術が発展した時代のものを再現なんておかしな話ではないか。
自分をが鶯鳴だと知ってしまったから使命感が生まれたとか?
そもそもその使命感とやらはなんなんのか…。
正直に言えば、私は前世の自分に興味がある。
確かに私がなんなのかわからなくなる現象は怖いけど、それはそうとして前世に何をして、なんで殺されたのか、自分が自分であるとはっきりしたときに記憶を思い出そうとすれば、まるで映画のように鑑賞する気持ちになれるのだ。
物語の一部、自分との間にフィルターが一枚挟まれたような感覚、その全てが新鮮で流れる知らない知識が甘美で、だからついつい考えてしまう。
それに加えて、前世の記憶は自分に特別感を与えてくれるのだ。
他とは違う、そのことが嬉しい。
自分には唯一無二の価値がある。誰よりも、ランよりも私は特別なんだという気持ちが溢れるのだ。
「_で、ってだいぶ時間が過ぎちゃったね」
「あ、うん、そうだね。そろそろ帰らないと先生にバレちゃう」
「それどころかお説教もついてくるよ」
「早く帰ろう」
それはまずい。
瞬時に思って、駆け出す準備を私とランは同時に行った。
合図など不要。お説教が怖いという思いが一瞬にして前世への関心を消し去ってしまったのだ。
そして私たちはかける。
「今日の夜ご飯なんだと思う!?」
「それ走りながらする話!?」
「うん!」
腹ペコ大魔王のランの言葉に思わずそう言葉を投げれば元気の良い返事をされてしまう。
「賭けない!?何が夜ご飯か!!」
「この間それで賭け事して怒られたばっかでしょう!!」
「大丈夫!先生にバレないようにするから!」
どこかで聞いたことのある言葉をいうランになんとなく嫌な予感がした。
なんというか、フラグが立ったような、大丈夫と言ったことが全部大丈夫じゃなくなるようなそんな気がした。
これこそ女の勘だろうか、そんなことを悠長に考えていたからダメだったのだろう。小高い丘の上の私たちの孤児院が目に入った時にはすでに玄関前にオーガッシュ先生は立っていた。
仁王立ちで、その額にはうっすらと血管が浮いて見えるのは錯覚だろうか、いや間違いなく見間違いなんて穏やかな言葉では収まらない状況だろう。
バレていた。
いや、それもそうか、隠れ鬼の鬼役が揃ってどこか行ったのだ。
バレない方がおかしかったし、あの時の私たちはもしかしたらどうかしていたのかもしれない。
「大丈夫、なんじゃなかったけ?」
思わず止めた足でランを振り返れば、想定外というように真っ青に顔色を変えていた。
本気で大丈夫だと思っていたらしい。いやバレてたら、流石にランも行ってはいけない南方の裁定の山の方角に行こうとは思わなかっただろう。
そう考えればあの時ランの言葉に乗ってしまった自分が一番戦犯なのではないかと考えてしまう。
とりあえず、やることは決まったな。
止まった足を再び動かして先生の元へと2人でガンダッシュする。
そしてその足に縋り付いて_所謂土下座の形_2人揃ってお互いを指さした。
「「主犯はこっちです!」」
もれなく2人揃って拳骨が落とされたのは必然であった。
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