第7話 怒りの拳

 「私のお友達を泣かせる奴は許さない!」


 アクシアが拳を立てながら声を張った。

 激しくにらむ先には、ぶっとばしたバギラが尻もちをついている。

 その光景に、周りは一瞬遅れて騒ぎ始めた。


「アクシア・ラグナリア子爵令嬢!?」

「あの子がやったのか!?」

「というか何が起きたんだ!?」

「分からない、気づいたらバギラ殿が!」


 周りの者達は、アクシアの接近をとらえられなかった。

 また、後方のエルナも目を見開いている。


「ア、アクシアちゃん……?」


 だが、エルナは動揺というより困惑に近い。

 度重なる出来事に頭が追いつかないようだ。

 しかし、ぶっとばされたバギラは慌てて声を上げた。


「い、痛ああああい! なんだ貴様は! 僕にこんなことをしてタダで済むと思っているのか!?」

「…………」

「くっ、このおおおお!」


 何も答えないアクシアに、バギラは歯を食いしばる。

 すると、袖幕そでまくの方へ視線を移した。


「衛兵も何をしている! さっさとあいつを取り押さえんか!」

「「「はっ!」」」


 バギラに従い、衛兵たちが飛び出してくる。

 隠れていた辺り、有事の際を想定していたのだろう。

 ──しかし、アクシアには触れることすらできない。


「邪魔しないで」

「「「……!?」」」


 アクシアがぐるっと見渡すと、衛兵たちは一斉に膝をつく。

 ガクッと姿勢が落ち、全身が硬直したように動かない。

 

「【魔神の重圧デビル・プレッシャー】」

「「「……がぼっ!」」」


 すると、次の瞬間には衛兵たちは気絶した。

 『魔神の加護』の力を付与した加護魔法だ。

 まだ及ばなくとも、その姿は『厄災ディザス』を想起させる。


「ふん」

「バ、バカなっ……!」


 半信半疑で伝わっていた、アクシアが『魔神の加護』を授かった噂。

 それが確定した瞬間だった。


「「「うわああああああっ!」」」


 そうなれば、大半の者は即座に逃げ出す。

 テーブルを離れ、我先に出口へ向かうように。

 ただし、少なからず残っている貴族達もいる。


 彼らを見ながら、アクシアは察した。


「ふーん、あとはあいつの派閥ってわけね」

「「「……っ!」」」


 残ったのは、バギラの支配下の者だ。

 彼らも逃げ出したいのは山々だが、そうすれば後でバギラに問い詰められる。

 結局どうしようもできず残ったのだろう。


 すると、アクシアは静かに口にした。


「面倒だから全員でかかってきたら?」

「ナ、ナメやがってえ! 貴様達、あいつを何としても捕らえろ!」

「「「う、うおおおおおっ!」」」


 バギラの号令で、残った連中はアクシアに襲いかかってくる。

 対して、アクシアは今度は【魔神の重圧デビル・プレッシャー】を使わなかった。


「気絶させてもいいけど、それじゃ痛みは受けられないわよね」

「ぐふっ!?」 


 先頭の攻撃をひょいとかわしたアクシアは、すかさず腹パンを入れる。

 そのまま怒りを込めて拳を突き出した。


「あなた達は、エルナちゃんが受けた苦しみを知れ!」

「ごはあああああああっ!」


 アクシアの鉄拳で、貴族がぶっとばされる。

 バギラと共謀していた者たちには、しっかりと痛みを与えるつもりだ。

 エンジンがかかったアクシアは加護魔法を存分に使う。


「【禍球ブラック・ボール】」

「うぎゃあああああ!」


 相手の魔法ごと打ち消す邪悪な球を放ったり。


「【魔神の触手デビル・テンタクル】」

「「「ぐ、あああっ……!」」」


 魔力を奪うドス黒い触手で襲ったり。


 『魔神の加護』は、闇を支配する。

 闇は全てを呑み込み、生命力を奪う属性だ。

 その忌々いまいましき属性に触れれば、人々は畏怖し、絶望する。


 目の前で広がる光景に、バギラは震えていた。


(な、なんなんだ、これは……)


 こんなはずじゃなかった。

 計画ではエルナをおとしいれ、余韻よいんに浸り、浮気相手に会いに行くつもりだった。

 そのはずが、今見ているのは地獄絵図だ。


(どうして僕がおびえながら、尻もちを付いているんだ……?)


 バギラは現実逃避を始めている。

 そんな彼の前に、ドサッと仲間の体が降ってきた。

 前方からぶっとばされてきたようだ。


「ひいっ!?」


 すると、その方向からアクシアが近づいてくる。

 一歩ずつステージへの階段を昇りながら。


「今日はね、エルナちゃん張り切ってたの。私にサプライズがあるって」

「……!」

「それが始まってみれば、婚約者はあなた。しかもこんな仕打ちまで用意して」

「……っ!」


 階段から少しずつ見えてくるアクシアの姿に、バギラは血の気が引く。

 周りを見ても、味方はもう残っていない。


「ねえ、エルナちゃんの気持ちは考えたの?」

「う、うわあああああ……っ!」


 そして、ついにアクシアはバギラの前に立った。

 尻もちをつくバギラを上から眺めるように。

 対して、バギラはなんとか体を動かして土下座する。


「や、やめろ! いや、やめてください! 望む物ならなんでもあげます! そうだ、今のドレスより十倍は高いドレスを、いや屋敷だって数軒──」

「黙って」

「ひぃぃぃぃっ!」


 キッと睨むアクシアの視線に、バギラは震え上がる。

 だが、今の言葉でアクシアはふと思いついた。

 

「じゃあ、一つ望もうかしら」

「……! ああ、なんでも聞いてやろう!」

「そこを動くな」

「へ?」


 そう言うと、アクシアは魔道具を拳にはめる。

 エルナに選んでもらったグローブだ。

 彼女の想いも乗せるという意味だろう。


 アクシアは腰を引いて、拳にドス黒いオーラをまとわせる。


「安心して。師匠のおかげで力の制限は上手くなったから。多分ギリ・・死なない」

「え、あの──ごふっ!?」


 その拳を思いっきり顔に入れた。


「とんでけ! 【魔神の拳デビル・パンチ】!」

「ごはああああああああああああああああああっ!」


 アッパーのような拳の振り上げだ。

 バギラの体はパリィンとガラスの壁を突き破り、遥か彼方まで飛んでいく。

 闇の力を集約させた、現状のアクシアの最強物理技である。


「……ふう」


 バギラをぶっとばし、アクシアは一息つく。

 ようやく怒りが収まったようだ。

 しかし、冷静さを取り戻すと後方を振り返る。


「エ、エルナちゃん……っ」


 エルナに向き直ったのだ。

 怒りのままにやってしまったが、アクシアは後ろめたさを感じる。


(しまった……!)


 こんな事をして、こんな姿を見せて、普通だと思ってもらえるはずがない。

 せっかくできた初めてのお友達を失ってしまう。

 そんな心配は──見事に裏切られた。


「アクシアちゃん……!」

「え? うわわっ!」


 階段を急いで登ってきたエルナは、アクシアに思いっきり抱き着く。

 すると、止まらない涙を流しながら、エルナは心情を吐露とろする。


「わたし、どうすれば良いか分からなくて! 周りが信じられなくなって! 周りの人みんなが敵に思えて!」

「うん」

「でも、アクシアちゃんだけは違った!」

「……!」


 エルナは言葉がまとまらないながら、アクシアに感謝を伝える。


「わたしを守ってくれて、庇ってくれて……ありがとう、アクシアちゃん」

「うん!」


 心配は不要だったみたいだ。

 アクシアはお友達を守れたんだと改めて思った。

 これからも二人の仲は続いていくだろう。


 そして、アクシアは気づく。


(よかった。明るいエルナちゃんのままだ)


 本来のエルナは、この事件をきっかけに暗い性格となる。

 だが、アクシアが守ったことでそうはならなかった。

 むしろ絶対的に信頼できるアクシアという親友を得た。


 アクシアにしか出来なかった“シナリオ改変”だ。

 これも自由に生きると決めたからだろう。


 ただし、別の心配が生まれていたが。


(この後どうしよお~~~~~!)


 アクシアは心の中で叫びながらも、とりあえず帰宅。


 この事件の後、アクシアはこう呼ばれるようになる。

 ──『破壊姫』と。





「……はあ」


 数日後、アクシアはため息をついていた。

 

 珍しく特訓はせず、寝室でぼーっとするばかり。

 この数日は生きた心地がしなかった。

 冷静になれば、とんでもない事をやらかしたと自覚したのだ。

 

(さすがに終わった?)


 子爵家が公爵家をぶん殴る。

 しかも一派の者全員。

 後にも先にも聞いたことのない事態だ。


 エルナを守れたので後悔はしていないが、それとこれとは話が別。

 普通に考えれば、よくて死刑だろう。

 

 今まさに溶けて消えてしまいそうなアクシアだが、ふいに扉が開かれる。


「お嬢様! 大変でございます!」

「ん」

「ら、来客が! しかもあの方は……!」


 すると、焦る爺やの後ろから一人の少年が現れた。


「君が噂の“破壊姫”だね」

「……ん? んんん!?」


 その姿には、アクシアも二度見、いや三度見した。

 見覚えがありすぎる人物だったからだ。


「はじめまして、第二王子ゼリオルだ」

「なんでえええええ!?」


 アクシアの元に、この国の王族が訪問してきた。

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