真のラスボス少女は無邪気にシナリオを破壊する~前世病弱の私、転生したら規格外の最強キャラでした。死にゲー世界でも自由に生きていいよねっ!

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第一章 破壊姫の誕生

第1話 真のラスボスに転生しました

 「走れるって楽しい!」


 少女は全力で草原を駆ける。


 ただ走っているだけ。

 だが、彼女にとっては特別なことだ。

 前世はそれすら叶わなかったのだから。


「自由に動けるってすごいなあ。まあ──」


 足を止めると、水面みなもに姿が映る。

 少女はあちこちを触りながら声を放った。


「めっちゃラスボスなんだけどね!?」


 こうなった経緯は、数十分前にさかのぼる──。





「……ん?」


 少女は目を覚まし、自室のベットで体を起こした。

 ぼんやりする頭を抑えながら、近くの姿見に視線を移す。

 そこに映った姿に、眠たげな目はパッと開いた。


「え、この見た目って!」


 美しい銀髪ロングに、煌めく碧眼へきがん

 貴族らしい格好はしつつも、あどけなさが残る。

 身体も発展途上だが、将来が期待できる整った容姿だ。


「もしかして、アクシア!?」


 アクシア・ラグナリア。

 ラグナリアしゃくの娘で、ゲーム『マルチクロニクル』に登場するキャラクターだ。

 通称マルクロと呼ばれるそれは、多彩なキャラクターと、数多く用意されたエンディングが絶賛ぜっさんされていた。


 さらに、特異な点として、進むルートによってラスボスが変わる・・・・・・・・

 ある時は悪役貴族、ある時は魔王がラスボスとなり、興奮や感動をユーザーに与えてくれた。


「あのシーンより幼いけど、間違いないわ」


 そして唯一、全てのラスボスと戦うルートが存在する。

 “殲滅せんめつルート”だ。

 作中最難関のそのルートにおいて、最後に最強の敵として登場するのが“真のラスボス”──アクシアなのだ。


「そのアクシアに転生しちゃってこと……?」


 動揺しながら、アクシアはズキっと痛む頭を抑える。

 すると、妙にえ渡る感覚を覚えた。

 忘れていたものを思い出すように、前世の記憶を取り戻したのだ。


(私は──)


 前世の最後は、苦しんでいた。

 生まれつき病弱で、しょうがい病院のベッドの上。

 両親にも色々あったようで、最後の数年には顔も見せなくなった。


 そんな人生の希望が、マルクロだった。

 少女は唯一買ってもらえたこのゲームをやり込み、ついに殲滅ルートまでクリアした。


「そっか……」


 それほど思い入れのあるゲームに、アクシアは転生した。

 正確には、すでに転生していて、今思い出したというべきか。

 年齢も前世を引き継ぐように一致している。


 とはいえ、せっかくなら主人公になりたかった。

 そんな気持ちがないと言えば嘘になる。

 だが、アクシアは全く絶望していない。


「でも、アクシアってめっちゃ強いよねっ!」


 真のラスボスだけあり、アクシアのスペックは“化け物”だ。

 身体能力は最上級、魔力はほぼじんぞう

 他多数のルートでは目立たないが、潜在能力は作中でも圧倒的ナンバーワンを誇る。


 初めて殲滅ルートが知られた時、「なんでこんなおとなしい子が!?」と騒がれたのは有名の話だ。

 そう考えると、むしろ転生したのがアクシアで良かった気さえしてくる。


「すごい! 十二歳の体がこんな自由に動くなんて!」


 その潜在能力をバチバチに実感しながら、アクシアは早速動き回っていた。

 前世では叶わなかった自由な体を謳歌おうかするように。

 つい勢いが余り、その場で“三回転半トリプルアクセル”までかましている。


 今のアクシアは興奮で胸が満ちていた。


 他のルートのラスボスがいる?

 いずれ破滅するかもしれない?

 そんなのは知ったこっちゃない。


 アクシアの心構えは、すでに決まっていた。


「私に向かってくる脅威は、ぜーんぶぶっとばしちゃうんだから!」


 アクシアは高く拳をかかげる。

 テンションが抑えられないみたいだ。

 だが、すぐにハッと天井に目を向けた。


「うっそぉ……そんなことある?」


 拳を掲げた瞬間、ボゴッと天井が抜けていた。

 身長から考えて手は届かない。

 膨大ぼうだいすぎる魔力が勝手に飛び出してしまったのだ。


 自分でも信じられない光景だが、放置するわけにもいかず。

 アクシアは自身の記憶を辿りながら、頼るべき人物を考える。


「行くべきは『じいや』のところかな……」


 アクシアはタっと部屋を飛び出した。





「爺やー」


 とある部屋の前に着き、アクシアはゆっくり扉を開く。

 そのまま奥にいた人物に向けて、申し訳なさそうに伝えた。


「あの、お部屋の天井を壊しちゃって」

「……お嬢様」

 

 すると、部屋の奥から老人が立ち上がる。


 下に伸びた白ひげに、片眼鏡。

 見た目は老いているが、一つ一つの所作が綺麗だ。

 彼が屋敷にいないアクシアの両親に代わり、執事を仕切る“爺や”である。


 爺やは一つ息をつくと、低めの声で続けた。


また・・ですか。先日も注意したばかりでしょう」

「え? あ」


 アクシアは自身に残る記憶を呼び起こす。

 先日、アクシアは鬼ごっこの最中にタンスを破壊した。

 その時も、こっぴどく爺やにしかられていたのだ。


「そろそろ次は無いとお伝えしたはずですが? 他のメイドからも苦情が多発しておりますので、厳しい教育も考えております」

「……っ!」


 爺やににらまれ、アクシアはびくっと体を震わせた。

 記憶を辿れば、他にも色々と破壊した過去や、メイドの陰口が思い出される。

 アクシアは迷惑な存在だったのだ。

 

 しかし、同時に思い至る。


(アクシアがおとなしくなった原因って、これ?)


 ゲーム本編である学園において、アクシアは一人で教室の隅にいるような子だ。

 彼女の幼少期が語られることは無いが、なんとなく察した。

 アクシアは本来、無邪気な少女だったのではないかと。


 子どもの頃は奔放ほんぽうだったが、最強すぎて周りに迷惑をかけてしまった。

 そこで厳しく教育され、自分でも性格を抑え込み、おとなしくなったのではないかと。


 そして、殲滅ルートでは、今までの我慢を解放して真のラスボスとして登場する。

 抑圧され、溜まりに溜まった力を全て吐き出すかのように。


(そうだったんだ……)


 この仮説が合っているとアクシアは確信。

 転生した体だからか、心の奥を通じて気持ちが伝わってくるのだ。

 つまり、ここは分岐点・・・だ。


「やはり本日から徹底的に教育しましょう。このままでは学園にお連れすることはできません」

「……っ」


 おそらく本来の流れでは、ここでアクシアは丸め込まれる。

 その先は抑圧された人生だ。


 だが、今は違う。

 せっかく自由になれたこの体で、もう我慢などしたくない。

 アクシアは意を決して行動を起こした。


「ご、ごめんなさいっ!」

「!」


 アクシアは頭を下げると、必死に言葉をしぼり出す。


「今のも、今までの事も……その、全部ごめんなさい!」

「…………」


 思い起こす限り、今までのアクシアは謝ったことがない。

 素直になるのは意外と難しいものだ。

 それから、アクシアは胸中を明かす。


「でも、どうしても制御が出来なくて。だから──教わりたいの! 力を抑え方も、魔力の使い方も!」


 アクシアは言葉を伝えて、下から覗くように顔を上げる。

 場がほんの少しせいじゃくに包まれた後、爺やは確かめるように尋ねてきた。


「せ、制御ができないとおっしゃいましたか?」

「そうなの。普通に遊んでても色々と破壊しちゃうし、さっきも魔力が勝手に飛び出しちゃって……」

「左様でございますか」


 すると、今度は爺やが勢いよく頭を下げた。


「大変失礼いたしました!」

「え!」


 姿勢は九十度以上に、今までをいるように。


「我々はなんと愚かなことを! 今までのお嬢様の行いは、てっきりわざとやっておられるものかと!」

「あー……」


 両者の間には、すれ違いがあった。

 常識的に考えて、子どもがうっかり家具を破壊したり、魔力が体から溢れ出すなどありえない。

 そのため、アクシアはわざと破壊を繰り返す問題児だと思われていた。


 しかし、最強スペックのアクシアにはそれが出来てしまう。

 本来のアクシアはここで理解し合えず、道をたがえるのだ。


「……ふふっ」


 勘違いが解けると、安心したアクシアは笑ってしまった。


「あはははっ! なーんだ、ただの勘違いだったんだ!」

「申し訳ございません! 本当に申し訳ございません!」

「ううん。もういいから爺やも笑いなよ!」

「そ、そんなことは……」


 焦りながらではあるが、爺やもどこか安堵あんどしている。

 すると、爺やは優しい目で声をかけた。


「では明日より、お嬢様を指導する師匠をお呼びいたします」

「うんっ!」


 こうして、前世病弱だったアクシアの物語は始まった。


「よーし、頑張るわよ! ……あっ」

「お嬢様ぁーーーー!」


 だが、気合いを入れた拍子に、またも溢れた魔力で天井をぶっ壊してしまう。


 すでに前途多難に思えるが、彼女自身も知らない。

 我慢せずに育った規格外キャラのアクシアが、この先で無邪気にシナリオを破壊していくことなど──。

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