はらぺこヴァンパイア
棗
序章
残酷な快晴(一)-4月9日9時35分
今日は雲一つない快晴。
私にとって最悪の天気。
怖い。
手が震えてる。心臓はもう動いてないけど、急に動き出して、そのまま死んじゃうかもしれない。
「だめ……目立っちゃうから……大丈夫……怖くない」
震える体に理屈の毛布をかけて、落ち着かせる。
ただ眩しいだけ。大丈夫。怖くないから。
正門横に置かれた看板を見た。
『入学式』
ずっと待っていた瞬間。
メイクもばっちりして、髪もアイロンでしっかり整えて、制服もパパに見せて「似合ってる」をもらった。
リュックも、スマホカバーも、筆箱も全部新品にした。
そうやって準備して外に出たのに、おそろしい太陽が照り付けていて、何度も日陰に入りながら歩いた。
予定よりここに着くのもずっと遅かった。
やっぱり車で来た方が良かったかも。
……ううん。そんなのダメ。
午前中だけの入学式ぐらい一人で行って帰れないと、普通の高校生なんてできない。
曇りの日も、晴れてる日も、雨……の日はともかく、それぐらいできないと。
ただ怖いだけなんだから。大丈夫。体が燃えたりしない。
歩みを進め、正門を通った。
正門横の桜の木の桜は、既に散った後。
泥に濡れた桜の花びらが、黒いアスファルトの地面に張り付いている。
開けたところに置かれた、パイプ椅子と会議室の机の『受付』と書かれた所へ歩いていく。
だけどほんの数秒で断念して、葉桜の木陰に小走りで歩み寄って俯いてしまった。
あまりにも怖くて、それ以上前に進めなかった。
怖い。
太陽の光が怖い!
燃える布が、私の背中に覆いかぶさってそのまま焼けてしまうような。
目を閉じると、真っ暗な視界の中に炎が見える。私を焼こうとしてる。
目を開けると、真っ白な私の両手が見える。指紋も、しわも、傷もない真っ白な両手。
大丈夫。手も焼けてない。ただ怖いだけ。
遠くから部活の勧誘の声が聞こえる。
近くの人が、自分のことを噂してる気がする。
化け物が人間のフリしてるって思われてる。
どうしよう。怖い。
何度か帽子無しで外に出る練習はしたけど、ぜんぶ曇りの日だった。
今日は目立っちゃうし、何もかぶってない。
晴れの日ってこんなに怖いんだ。なんで今日に限って天気がいいんだろう。
私の日頃の行いが悪いからだ。人殺しの犯罪者に罰が下ってるんだ。
「ねえ、もしかしてあなたも親が来てない人?」
目の前に、人がいた。
女の子。同じ制服を着てる。新しい制服。
そっと顔を上げる。
頭一つ分ぐらい背のちいさい女の子だった。
ふわふわした柔らかそうな髪で、肩の上までのセミロングのボブヘア。
顔立ちは中学二年生ぐらいの感じ。丸い目が印象的で、話しやすそうな人に見える。
制服はあんまりサイズがあってない感じがして、ブレザーがぶかぶかに見える。
ほっぺたがちょっと色づいているけど、メイクしてる感じはない。
目の色は茶色っぽくて、肌も程よく色の入った日本人の色。
私と違って。
その子とはっきり目が合うと、目をいっぱいに見開いて驚いていた。
「……きれい」と小さな声でつぶやいた気がした。
「……わ、私に聞いてます?」
焦っていてそんなことを聞き返してしまう。
同い年ぐらいの子と話したのはいつぶりだろう。
変なことを聞いてしまったせいか、話しかけてくれた子も何も言わずに、立ち止まっていた。
周りの喧騒も遠くに聞こえるほどに長く、私と目の前の子が、お互いの顔をじいっと見た。
何分経ったかわからないけれど、先に動いたのは目の前の女の子の方だった。
慌ててぱたぱた手を振って言った。
「う、うん! そう! わたしも親来てないの。早めに来て何すればいいか調べといたから。案内するよ!」
親が来てない。
そういえば、周りの子たちはみんな、親が一緒にいる。
前にいるこの子と私だけいない。
私は、入学式は二度目だし、自分への試練だと思って断ったから。
じゃあ、この子は?
ふわふわ髪の女の子は、私に向かって一瞬だけ手を差し出して、きゅっと手を戻して、代わりに受付の方を指した。
そこには太陽の光がある。
怖くて行けない。
「……大丈夫? 具合悪くなったの?」
一歩、ふわふわ髪の女の子が近づく。
「大丈夫です! ちょ、ちょっと緊張してるだけです。ありがとう」
口元を押さえて、がんばって相手の顔を見て言った。
「緊張してるのはわたしも一緒だよ。ね? 一緒にいこ」
ふわふわ髪の女の子がにっこり笑って言った。
「それに、同い年だし敬語じゃなくていいよ。わたし、
胸に手をあてて、ふわふわ髪の女の子・星野さんが言った。
ちゃんと挨拶された。
答えないと。怖いなんて言ってられない。
「えっと……
牙が見えてなかったかな。
怖いって思われてないかな。
答えは分からないけど、星野さんは笑ってくれてる。
「よろしくね! 三浦さん!」
そう言って歩く星野さんから、まるで見えない紐が出ているみたいだった。
与えてくれたきっかけを掴んで、踏み出す。
動かなかった足が動いて、震える手が動いていく。
受付の名簿にあった私の名前にチェックを付けて、リボンを受け取って、胸ポケットのところに付けた。
これで入学式に出られる。
ようやく一歩進めた。星野さんのおかげで。
星野由佳は名簿に書かれた三浦梓の名前を、二度と忘れまいとじっと見ていた。
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