第10話 また、来ようね
あれから私たちはあっという間にお互いのスイーツを平らげてしまい、飲み物もスッと飲んでしまった。
空になった皿とカップは、直ぐに店員さんが片付けてくれた。
広くなった机を前にこれ以上のんびりするのが
店員さんはもう少しゆっくりしていっても構わないと言っていたけど、私は長々と滞在するのも悪い気がして、また来ますからと伝えて喫茶店を後にすることにした。
「天野さん、誘ってくれてありがとう」
「美味しかっただろ、プリンアラモード」
「うん。私、あんなにおいしいスイーツを食べたの、初めてだった」
普段は羊羹ばかり食べている私だから、あんなに甘くて幸せな食べ物があるとは知らなかった。
あの空間、過ごした時間、店内に漂うジャズの音楽、コーヒーの匂い……どれも私にとっては異世界の光景で、とても特別な時間だった。
「また、来る?喫茶店」
天野さんは、満足そうに笑いながら、私に問いかけてきた。
「そうね。また来たい」
「じゃあ、さ。いつでもまた誘えるように、LINEとか交換しない?」
「LINE?いいけど」
スマホを取り出し、LINEを開く。
登録されている友達は、両親とすずちゃんだけ。
「QR出して」
友達登録するためのコードの事だと思うけど、私は全然使わない機能だから、出し方がよくわからない。
「……ゴメン、出し方わからない」
「えっと、ここで開くんだよ、ここ」
天野さんはよこからスマホを覗き込み、ここだと指を指してくれた。
その時、少し密着していたからか、天野さんの髪の毛が私の顔の近くで揺れた。
(とてもいい匂いだ)
また一つ、天野さんのギャップを知った気がする。
そんな事を考えていると、既に天野さんがLINEへ登録されていた。
トーク画面を開いてみると、さっそく天野さんがこちらに手を振る猫さんのスタンプを私へ投げていた。
お返しに、私も似たようなスタンプを送っておいた。
「……えっと、笹川って家近く?送ってくよ」
ほんのり赤く染まった頬をぽりぽりと掻きながら、天野さんが見送りを申し出てくれた。
「ん?まあ割と近いかな。いつも歩いて学校行ってるし」
「そうなんだな。アタシも歩いて行けるところ」
「そうなんだ」
中学生の時に、天野さんのような人は見た覚えがない。近くとは言え、学区の違う住所にお互いいたんだろうか。
「じゃあ、今日はお願いしようかな」
そう言って、私は天野さんに手を差し出した。
「……笹川?なに、この手?」
天野さんは全く見当がついていないようだった。ハテナマークが頭にたくさん浮かんでいるように見える。
「私たち、オトモダチでしょう?その、手を繋ぐくらい普通だと、思うんだ、ケド」
単に、私が手を繋ぎたかっただけだ。
自分で言っておきながら、段々と恥ずかしくなってきた。
すずちゃんとは、普通に手を繋いだりしてたんだけどな。
「そ、そうだよな。オトモダチ、だもんな」
すると、天野さんは遠慮がちに、私の手の先、指だけを軽くつまんだ。
「……天野さん?流石に遠慮しすぎじゃない?」
「し、仕方ねぇだろ!オトモダチと手を繋ぐなんて初めてなんだから!」
初めて。
オトモダチと、手を繋ぐのが。
「へぇ?そうなんだ。私が初めて?2番目じゃなくて?」
「根に持たないでくれよ笹川……そうだよ!小さい頃だって、全然手を繋いだことねぇんだよ!笹川が初めて!」
やっと見つけた、天野さんの初めて。
なんだか、妙に胸の中がくすぐったかった。
自分でもよくわからない感覚。あったかい心。
「じゃあ、天野さん、改めてよろしくね?私のオトモダチ」
「お、おう……」
また顔を真っ赤にしている。今度は怒っているというより、恥ずかしがっているようだ。
♪
それから私たちは、手を軽く繋いだまま帰路に就いた。
家に着いた後、名残惜しそうに私の指をつまむ天野さんに別れを告げて、その日は解散した。
夜も更けて、そろそろ日課の復習を切り上げようかと思っていた頃、天野さんからメッセージが届いた。
『明日はどこか行く?』
さっそくデート……遊びのお誘いが来ていた。
『遊びたいけど、小テストが近いから、ちょっと勉強したいかな』
明後日は、いくつかの授業で小テストがあると先生が告知していた。
できるだけ好成績を維持したい私としては、流石に前日はしっかりと勉強しておきたかったのだ。
『テスト?そんなのあったっけ』
天野さんは、かわいく首を傾げたねこさんのスタンプを送りながら、とぼけていた。
『あったっけじゃないでしょ。まさか勉強してないの?』
『してないって言ったら怒る?』
『怒る』
プンプンとかわいく怒るいぬさんのスタンプを送ってやった。
怒ると言うのは冗談であると伝わればいいけど……天野さん純粋だからなぁ。
『ゴメン』
『怒らないで』
『きらいにならないで』
案の定、天野さんは私の言葉を真に受けてしまったようだ。
短時間で許しを請うようなメッセージが大量に流れてきた。
『ごめん、冗談。怒ってないよ』
『びっくりした』
『ごめんごめん。じゃあ、勉強会でもする?』
『する!!!』
天野さんの成績が気になってきたから、勉強会でも提案してみるかと誘ってみたけど、秒で返事が来た。
『じゃあ、近くの図書館でも行って勉強しよう』
『わかった!明日楽しみ』
天野さんのメッセージ、普段の砕けた口調とはまた違ってなんだか純粋だなぁ。
それに、勉強会が楽しみとはどういう事だろう……?
私も、別に勉強が楽しいから勉強をしているわけではないんだけど……。
『はいはい、じゃあ明日またお話しましょう』
『うん、おやすみ』
『はい、おやすみ』
お互いにおやすみと伝えあうと同時に、私は眠気が止まらなくなり、たまらずベッドに寝転んだ。
視界がぼんやりと薄れていく中、私はふと天野さんの顔を頭に浮かべる。
昨日の今日で、天野さんとの関係は大きく変わった。
昨日までは、大嫌いな不良生徒。
今日の今は、かわいらしいところもある、まあまあ好きなオトモダチ。
ここまで関係性が両極端になるのは、私の短い人生の中でもまだ無かった。
「———あしたあうの、たのしみだなぁ」
朧げな意識の中、そんなことをつぶやいて。
私は、夢の中へ意識を投げた。
♪
次の日。
今日は天野さんと放課後に勉強会がある。
そんな予定を吹き飛ばす、衝撃的な出来事があった。
「……私の下駄箱の中に、何か入ってる」
それは、便せんだった。
メッセージアプリやSNSで連絡を取り合うことが当たり前の現在、中々見ないものだ。
「……いやいや、まさかね」
そう思いながら、自らの疑念を晴らすために、その場で便せんの中身を開く。
『笹川さんへ
突然のお手紙、すみません。
僕の想いを伝えたくて、この手紙を渡しました。
今日の放課後、中庭のベンチまで来てください。
まっています』
「……これって」
私もびっくりしたが、隣にいたすずちゃんは、私よりもわなわなと震えて目を見開いていた。
「ら……ら……」
「ら?」
「ラブレターだあああああああああ!!!」
すずちゃんの絶叫が、朝の昇降口に響き渡った。
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