第23話
「お疲れさま。彗星の茜」
「げ、まりーもその名で言うの〜」
「嫌なの?」
「勝手につけられただけだし〜。迷惑千万かも」
「いいんじゃないの。かっこいいし」
「そう? じゃあ好き」
からかい半分のつもりだったが、茜は素直に受け取って手のひら返し。
午前の試合が全て終わり、お昼休憩の時間がやってきた。当たり前というか、神々に定められた運命というか、茜のチームは当然のごとく全戦全勝を決め、午後の試合進出が決定していた。
「それじゃご飯にしよっか」
「了解。で、なんであんたがいるの?」
これまた当然のように
「いや、こっちが言いたいんだけど。試合のときウチらは一緒にお昼食べてんだから」
「なるほど。私のほうが異物混入ってことね」
「さっすが頭脳明晰」
「頭の出来が違うので」
互いに一歩も引かずに睨み合う。そこに観音扉を開くように割って入る茜。
「なぁんで二人はすぐ喧嘩するの! まりーには今日お弁当つくってもらってるの。そんで確かに希美ちゃんとはいつも一緒だから、今日は三人で食べよ。ね?」
「茜が言うならしょうがないけど……」
渋々の長谷川。茜が言えばなんでもYESって頷きそうだな、とまでは言わない。余計な煽りはしないでおく。なぜなら茜がこっちを見ると、なんとか丸くなってくれと顔にかいてあるからだ。これではまるで私が駄々こねてるみたいで解せない。
「私はお弁当ちゃんと食べてくれるならなんだっていいよ。じゃないともったいないし」
「おー! 二人ともありがと! まりーのご飯! ご飯!」
ここのところ学校の昼食は茜のお手製のお弁当だが、今日は珍しく、というか初めて私がつくる番になった。茜が急に私の手料理を食べたいと言い出したのだ。一方的に強いられた形とはいえ小暮家の食費にお世話になっている手前、今回はボイスレコーダーは関係なく、私は気前よく承諾した。貸し借り平等原則もあるし、なにより料理は数少ない趣味の一つで、私の腕前にほっぺを落とした表情が見れるならそれでいい。断る理由はどこにも存在しなかった。
私達は適当な椅子とテーブルを見つけ腰を落ち着けた。
「まりーはやくはやく!」
「子供じゃないんだから」
呆れて見せているが内心ニヤついている私だった。
フン、
サイドバックを開き手を入れる。そして取り出したるは……。
「お正月?」
「おせち?」
それを目にして二人は目を合わせた。
無理はない。テーブルの中心に据えられたのは三段重箱。しかも和的な金の装飾があるやつ。強い。見た目が強過ぎる。世界原油産出量に占めるサウジアラビアくらいには強い。
「張り切り過ぎたわ。うん、自覚ある」
「大会のお昼に食べる量じゃないだろ、お前」
若干引き気味な長谷川だった。
それに対して茜は。
「すごい! このお弁当すごいよ! 流石私の恋人さん〜」
カシャシャシャシャシャとここら一帯の飽和オノマトペ量をMAXにする勢いで連続シャッターを切り大興奮。リアクションとしてはこっちが高得点だ。
「ね、ね、開けていい? いいよね?」
どうぞ、と顎で示すと嬉々として蓋を掴む。
外装だけでこんな撮るならアルバムもたなそう。
「フン」
「なによ」
「別にー」
その隣、長谷川は思い通りに上手くいかなくてぶっきらぼうになる子供みたいにどこか気に食わない様子だった。私が茜といるときは大概当たり強いが、今日は輪をかけている。
「うわぁ! もう料亭じゃん! 高級じゃん!」
覆いが除かれた重箱からは、輝く鱗粉が放出されているのではと幻視してしまう程煌びやかな料理たちが日の目を浴びる。二日前から仕込んだものもあるのだ。自画自賛も辞さない、納得の出来栄えであり誰もがうっとりせずにはいられないだろう。興味無い振りして不貞腐れる長谷川でさえ視線だけは釘付けだ。そして再び始まるシャッター音の洪水。
「これなに⁉︎」
はしゃぐ姿を隠そうともせず、無邪気に指さしながら尋ねる。
「チーズを惜しげもなく使ったグリルチキン。中に切れ込み入れてそこもチーズで満ちてる」
「おぉぉ」
瞳の中でビッグバンが起きて、銀河を内包したみたいにキラキラしてる。
「太りそう。茜は女の子だぞ」
嫌味ったらしい長谷川の呟きが聞こえた。
「は? エネルギーが枯渇している運動後において重要なのは足りなくなった栄養素を摂取すること。その点、サラダチキンが運動食として有名なように鶏むね肉はタンパク質とアミノ酸を豊富に含む、運動後にはもってこいな食材。またチーズもタンパク質を含むだけでなく汗とともに流れでるカルシウムと塩分を補給することが可能である。そして運動後という状況を差し引いてもチキンとチーズのコンビは言わずもがな優勝。食欲をそそり、食べた満足感は十分過ぎるくらいでメンタル面でもいい作用を起こしてくれる」
「ぐっ」
分かったかカス、とまでは流石に言わなかったがこれだけ説明されて返す言葉がない
「いっただきまーす!」
いつのまにか茜は撮影会は終わったようで、箸を持って念願の実食タイムに移行している。私は茜と一緒につまむ形で、長谷川は自分の持ってきた弁当箱を開けた。
「ん〜〜〜〜」
茜は一人パクパクと口の中に運んでいく。結構なペースだ。新しい料理を味わう度に言葉にならない声で首をふるふる振って心から堪能している。食べさせる側が嬉しくなって、もっと美味しいものを食べさせてやろうか(にっこり)、と思わせる食べっぷりだ。俗に言う奢られ上手みたいな感じ。
「こっちもちゃんと食べてね」
私は太めの保温ボトルを差し出した。重箱の中身が魅力的過ぎるのがいけないのだろうが、ここはバランスよく食べてもらわねば。
「んー?」
リスみたいに頬を膨らませながら首を傾げる。
「わかめ雑炊」
「はぁ? 雑炊? いやセンス」
またもや長谷川からの横槍。
なんなんだこいつ。人にケチつけねぇと死ぬのか?
「筋肉の回復とか筋力サポートに影響するのがミネラル類でわかめはそれを多く含んでんだよ。米はグルコース・グリコーゲンといった糖の補給であり主食。雑炊にしてあるのは米そのままより消化吸収をしやすくするためでもあり食べやすくするため。理解できましたでしょうか? できないならブドウ糖不足だからさっさとお召し上がりください」
対する長谷川からの返事はなく、そっぽを向いただけだった。
「のほみひゃんこへおいひいよ《のぞみちゃんこれおいしいよ》! んぐ。食べてみ!」
「茜ー食べながら話すのはやめなさーい」
少し重くなった空気に耐えかねたのか、茜はエビフライを長谷川に差し出す。茜からいいよね、とアイコンタクトが来る。
量はあるから別に構わないさ。
「茜が言うなら食べるけど……」
「あ、嫌々なら全然食べなくていいけど……」
「食べて欲しいなぁ! 絶対美味しいから!」
茜が頭上にポップな怒りマークを浮かばせた気がした。
出来たてでないにもかかわらず、魅惑的な見た目を美魔女みたいにキープしたエビフライはその姿を裏切らず、軽快にサクッと奏でて食された。
「……あー」
嚥下した長谷川は頭を抱える。
「希美ちゃん?」
「こいつのことは好かんけど料理は美味しんだよなぁ。あー悔しい。腹立つ」
「でしょ! めっちゃ
二人は会話を繰り広げながらもう次の箸を伸ばしている。
「え、なにその褒め方釈然としない……。供給ストップしてあげてもいいんだけど」
「めっちゃ美味しい。すごい。天才。紫水神。もこみちの生まれ変わり」
思わず掲げてしまった重箱の蓋を隣に下ろす。
まぁいっか。美味しいならそれで。
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