後編【アーカイブ】
【
「おじいちゃん、久しぶり」
「やあ、セレーネじゃないか。卒業の報告をしにきてくれたのかい?」
「ええ、まあね」
祖父はセレーネの目が赤くなっていることに気づいたが、そのことには触れずに彼女を迎え入れた。
「コーヒーでも飲むかね。とっておきの砂糖をたっぷり入れてあげよう」
「もったいないわ。人工甘味料で十分よ。ジャムが作れなくなったら困るでしょう?」
「まあ、そう言わずに。卒業祝いだ。それに、天然の砂糖は疲れた脳に良く効くんだぞ」
砂糖は肥満の原因になるとして高額な税金が課され、ずいぶん前から簡単には口に入らない贅沢品となっているが、この村では自動収穫機が取りこぼした僅かなイチゴを拾い集め、砂糖を加えて伝統的なジャムを作る習慣が細々と続いている。
「ところで、何か話したいことがあるんじゃないのかな」
「うん。久し振りにダイアナおばぁちゃんの話を聞きたくなったの」
「セレーネは彼女の話を聞くのが好きだったね。なら、日記を読んでみるかい?」
「日記があるの? それは素敵! 私の端末に送ってくれる?」
「いや、それはできない。あの頃のPCは古過ぎてデータを取り出すことができないんだ。でもプリントアウトして物理保存したものが遺っているはずだ。彼女の部屋はほとんどそのままにしてあるから、きっと見つかるはずだよ」
「ありがとう。探してみる!」
すっかり笑顔になったセレーネは、懐かしい曽祖母の部屋に足を踏み入れた。
棚の一角にファイルをまとめたコーナーがあり、セレーネはその中から日記を見つけ出した。最も新しいものから読み始めると、上の層にはひ孫、つまりセレーネからもらった手紙なども綴られており、懐かしさが溢れてきたが、今はそれよりも曽祖母が活躍した時代の日記を早く読みたい。数冊を飛ばしながら曽祖母の現役時代に辿り着くと、セレーネは夢中になって読み進めた。
「やっぱりダイアナおばぁちゃんはクールだなぁ……」
セレーネの曽祖母である
「意外。ダイアナおばぁちゃんも案外悩むことがあったんだなぁ……。それにしても、何度も出てくるこれは一体なんだろう」
Lunatic Warriors は私の希望……、Lunatic Warriors に負けないように私も頑張らねば……。何度も登場するその文字列が気になり、セレーネはウェアラブル端末に話しかけた。
「Lunatic Warriors について教えて」
「Lunatic Warriors は日本製のアニメ『月影の戦士』の英語タイトルです」
「内容は?」
「その情報へのアクセス権がないため、お答えできません」
「またそれか……。なら、日本について教えて」
「日本は我が国の最も重要な同盟国のひとつです。ハードウェアの開発に強みを持ち……」
「ふうん。日本に行くにはどうすればいい?」
「仮想空間内で日本が権利を有する領域に入るためには、『ゲーム』内の税関で……」
「実際に行くことはできないの?」
「物理的に入国するには、飛行機を使うのが一般的です。費用は……」
「だめだ、とても払えないよ」
「義体旅行でしたら、費用が抑えられ、およそ……」
「それでもちょっと高いな。他に方法は?」
「日本は我が国からの農業研修を受け入れています」
「そんなに技術が進んでいるの?」
「いいえ、技術的には我が国の方が遥かに先進的です。しかし、日本で栽培される農産物は品質が良く、我が国にも輸入されています。特に鮮度が重要なイチゴは輸送コストが高く、カリフォルニア州では日本の生産技術を導入して利益率を上げることを目指しています。州内に在住する農業研修の希望者には義体旅行の補助金が支給されるため、その制度を利用すれば、あなたが支払わなければならない金額はおよそ……」
「それならいける。決めた、今すぐそれに申し込んで!」
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