第二十七話 焔姫ヴィリュインテーゼ/裏(sideウィルテイシア)

 ライオットに道を作ってもらった私は、最短ルートで焔姫えんきヴィリュインテーゼに肉薄しようと駆ける。


 精霊術が使えない私には、そうする他に道がないのだから。


 千年前より、動きには磨きをかけた。精霊たちが言っていた星婚ステラリガーレの効果が、私にも発現しているかはわからないが。いつもより体は軽いし、状況もよく見えている。


 せっかくライオットが道を切り開いてくれたのだから、私は私の役割を果たさなければならない。


 すなわち、この場での焔魔四将えんまししょう――焔姫えんきヴィリュインテーゼを討つ。


「ヴィリュインテーゼ! 今日こそその首、このウィルテイシアが貰い受ける!」


 相手はまだ私の攻撃範囲にはいないが、それでもこちらの接近には注意を払っている様子。口元に浮かんだ笑みが憎らしいものの、彼女の実力を考えれば、それが決して油断でないことは、私とて認めるところ。


 だからこそ、最初の一撃で決めるつもりで。私は更に速度を上げ、神速を自負する剣の一閃をお見舞いするべく、相手の懐に飛び込もうとした。


「相変わらず一直線だな~、お前は。そんなことじゃ、あたしの炎はくぐれねぇ~よ!」


 途端に地面から立ち昇った炎の壁。向こう側が見えなくなるほどの分厚く敷き詰められた炎は、私の侵攻をあっさり止めてしまう。


「くっ!? やはり正面突破は無理か……」


 前回戦った時もそうだった。この炎による防壁を突破することができず。だからこそ、当時はおめおめと逃げ帰ったのだ。その記憶が鮮明に残っているから、今度こそはと挑んだ訳だが。現実は、そう易々と事は運んでくれない。


「おいおい、どうしたぁ~? まさかここにお前がいるとは思っていなかったけど。これじゃあ前と同じだぞ? お仲間の人間は……、まぁなかなかに強いみたいだけど? あのザコども。この作戦が終わったらお仕置きだなぁ~」


 ライオットの実力は認めつつ。それはそれとして、部下に対しては不満を積もらせている様子のヴィリュインテーゼ。


 しかし、よそ見をしているというのに、全く隙がない。


 これでは、私など視界に入れなくても余裕で倒せると言われているようで、腹が立つ。


「で? お前は成長しているのかよぉ~。守護なしのウィルテイシア?」


 ようやく私の方を見たかと思えば、この言いづら


 やはり、私はこの女が嫌いだ。


「私なりに努力はしてきたつもりだが。成長している、とは言い難いかも知れない……」


 それでも、私は出会ったのである。


 人間の身でありながら、私を凌駕する力を持ち。それでいて決しておごらず。ただひたむきで、真っ直ぐな、真の強者に。


「だが! 私は人生の伴侶を得た! その相手が、私に戦う勇気と力を与えてくれる! だからここで逃げる訳にはいかないし、死ぬつもりもない!」

「そっかぁ~。あたしとしては理由なんてどうでもいいけど。あんたと最後までやれるて言うなら、それは願ってもないことだなぁ~!」


 スッと、ヴィリュインテーゼの眼光が鋭くなる。


 千年前は、終ぞ見ることが叶わなかった、彼女の本気の表情かお。相変わらず、口元には笑みが浮かんでいるが。彼女の姿勢が、重心が、戦闘態勢のそれに切り替わったのは、はっきりと見て取れた。


「ここで決着をつけるぞ、ヴィリュインテーゼ! これは、私と彼の、一世一代の共同戦線だからな!」


 刹那せつなの静寂。


 そして、私と彼女の戦いが始まる。


 私は負ける訳にはいかない。


 これは私と、私が初めて愛した人ライオットが。これから先もずっと、二人で歩んで行くための。未来をかけた戦いなのだから。


 炎の壁を回り込んで攻めるため。私は横方向に駆ける。


 ヴィリュインテーゼの炎は強大で、回り込むだけでも一苦労だが。それでも、彼女の炎をどうにもできない以上は、それがないところから攻め込むしかない


 一秒にも満たない時間でそれを達成し、次こそはと踏み込んだ。が、彼女の視線は既にこちらを向いていて――。


「おいおい! 気配で動きが丸見えだぜ~、ウィルテイシア! そんなんであたしの隙を見つけたつもりか?」


 またしても現れた炎の壁で、進路を塞がれてしまう。


 彼女が、最初から自分を取り囲むように炎の壁を作らないのは、私をの戦闘を楽しむため。それがわかるからこそ、腹立たしく、もどかしい。


(私では、やはり力不足なのか……?)


 奥歯をギリっと噛みしめる。


 歯痒はがゆくて、情けなくて、みじめで。これまで私が必死になって積み上げてきた、努力と、その成果を、一瞬で否定された気分になり。


 やはり精霊術が使えない私は、精霊に認めてもらえなかった私は。誰かのため以前に、自らの信念すら貫けないのかと。


 落胆し、絶望し、疲弊する。


(だとしても……)


 そこで歩みを止める訳にはいかなくて。何故なら、私が私の信念を貫いた先にこそ、自らの道を見失っているライオットに、新たな道を示す可能性があるから。


 それは、私の彼への想いもまた、同様で。この想いが成就じょうじゅするかどうかは、私が私であり続けられるかの勝負でしかない。


 だからこそ。この戦闘に勝利し、その先の未来へたどり着かなければ意味がなく。私にとってはそれが最重要で。


「負けられないんだ! 絶対に引けないんだ! 今回は! いや、これから先もずっと!」


 刹那せつな逡巡しゅんじゅん


 それでも私は、意を決し。剣による刺突から発生する剣圧を利用して、炎の壁を打ち破ろうと、前進することを選んだ。


「はあぁぁぁぁぁああああああっ!」


 剣先が炎の壁に触れ、まとった剣圧が炎を散らす。


 このまま充分に散らすことができれば、一歩前進。足りなければ、この身が地獄の業火に焼かれるという。分の悪い賭け。


 結果は私にもわからず。この一枚の壁を突破出来たところで、次の壁が用意されているかもしれない訳で。


 そうだとしても、私は。彼が隣にいる以上は、もう逃げないと決めたのだから。彼が危険と判断しない限り、私は前進する必要がある。


(届け! 届けっ!)


 その炎の壁は分厚く。なかなか突き破れないが。それでも前進している感覚はあって。私の身体からだは、まだ焼かれていない。


 数瞬にも満たない、ほんのわずかな時間でおこなわれたこの賭けは。永遠とも感じられた緊張のすえに。私の勝利という結果を示した。


 右手の甲に現れた紋章。それが何なのかは、私にはわからない。それでも、彼との――ライオットとの確かな絆を感じ。私は、その勢いのままに炎を貫く。


 炎の壁が点を中心に開け、大きく口を開けた。二枚目の壁は、少なくとも今は、ない。


星痕ステラインデクス……。まさかお前らに発現するとはねぇ~。まぁ、あたしの双星痕デュオステラインデクスには及ばないけどなぁ!」


 彼女の言葉の意味も分からない。しかし、ヴィリュインテーゼの感心したような顔が見え。それが相手の余裕を感じさせて、非常に腹立はらだたしくて。


 それでも勝ちは、勝ちに違いない。


「ヴィリュインテーゼ! 覚悟っ!」

星痕ステラインデクスのおかげか? 千年前よりはやるじゃんか! けど――」


 彼女の右手に炎が収束していく。その手の甲には、私のそれと似たような紋章。それも片腕ではなく、両手に。


 圧縮された炎は、炎というより光の玉のようになって。それは、さながら太陽を映したかのように。熱く、まぶしく、私を照らす。


「残念~!今回もあんたの負けだよ! ウィルテイシア!」


 その小さな太陽が、私に向かって放たれた。


(これは、捌けない……)


 直感でわかる。


 私の、この紋章の力を持ってしても、この太陽を切り裂くことは叶わないと。


 そして、これを受ければ。


 私のこの身は吹き飛んで、跡形もなく消え去るだろうと。


 考えている余地はない。


(今すぐ回避を――!?)


 足に力を籠める。状態を沈ませ、大地を蹴り。横に跳ねる。今やるべきことはそれだけだ。


(……間に合え!)


 かろうじて、太陽の輝きから逃れた私。それでも、現実とは、かくも残酷で。


「はい無駄ぁ~!。私のこれは、連発できるんだよねぇ!」


 ヴィリュインテーゼの無慈悲な声が、一瞬の安堵で緩んだ私の思考に、はっきりと刻まれる。


「しまっ――!?」


 これは、終わった。


 私はライオットから託された役割を達成できず。彼の信頼に応えられないまま。自分で言った時間の最低限すら確保できずに。あえなく散るのだと。


「終わりだよ、ウィルテイシア。ばいば~い」


 走馬灯が浮かんだ。辛い過去、悲しい記憶が、頭の中を駆け巡る。


 でも、その最後浮かんだのは。他の誰でもない、ライオットの顔。


 涙でぐしゃぐしゃで、それでも私という存在に希望を抱き、手を握り返してくれた。あの瞬間の――。


(ライオット、すまない……。私は――)


 せめて私を屠る攻撃を、最後まで見届けようと。目を大きく見開いた。


「おいおい、君が先に諦めないでくれよ」


 次の瞬間。眼前に迫った太陽は。何故か分厚い氷に包まれ、その息を絶やす。


「君が俺を焚き付けて、無理やり立ち上がらせたんだから。せめて俺が生きている内は、しっかり支えていてくれないと困る」


 希望は、あった。


 私の希望。私が求め続けてやまなかった、信頼という名の手。


 私が彼に対して差し出したそれを。今度は彼が返してくれた。


 他でもない。私の。私が唯一、女性として恋をした。初めてで、唯一の男性。その彼が――。


「ライオット!」


 私はその名を呼ぶ。力いっぱい。大きな声で。


「待たせたな、ウィルテイシア! 他はだいたい片付いた! あとはこいつを倒せば、俺たちの勝ちだ!」


 振り返った先に見えた、勇ましい黒魔導士の姿。物語の英雄も裸足で逃げ出すような、その大きな存在感に。


 私の胸は高鳴り、強く脈動して。


 勝利の確信を、この胸に抱かせてくれた。

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