第九話 異世界の発想

 船のへりから海上を見下ろし、どの魔法を使おうかと考える。


(水中にいる相手だから雷は有効だと思うけど。向こうでウィルテイシアも戦っている訳だし。そっちに影響が出たらまずいか……。ってことは、広範囲魔法じゃなくて単発の魔法になるけど……。あ、これがいいか?)


 土魔法で流線形りゅうせんけいに生成した石弾せきだんを、風魔法で圧縮した空気の解放エネルギーで射出する。生成に時間がかかる金属でなく、同じ土属性魔法でも即座に作り出せる石弾せきだんを使用することで速射性そくしゃせい連射性れんしゃせいそなえ。かつ、ファイアボールを遥かに超える、物理的な破壊力を持つ。


 風魔法と土魔法を組み合わせた複合魔法『ストーンバレット』だ。元となる発想は、勇者が元いた世界の『銃』という名の武器から。そして『バレット』と言う名は、勇者が元いた世界の『言語』からいただいたものだ。


 この世界の常識だけでは決して誕生し得なかった、まさに異世界との夢のコラボレーション魔法だ。これが完成した頃には勇者たちとの仲は冷え切っていたので、結局お披露目することはなかったのだけど……。


(作るには作ったけど。完成した頃には勇者たちとの仲は冷え切ってたし、結局お披露目はしなかったんだよな。こうして実戦で使うのは初めてだ。使い勝手はどうかな?)


 目にも止まらぬ速さで弾き出された石弾は、見事に魚型の魔物の頭部を吹き飛ばした。


「……よし、この攻撃は有効そうだ」


 水中を素早く泳ぎ回る相手に使ったことがないので少し心配だったけど。なるほど、これが『銃』という物の利便性ということか。こちらに攻撃を加えようと水面に頭を覗かせた瞬間に打ち抜くだけでいい。とは言え、やはり一々狙いを定めるのも面倒だ。ここは勇者から聞いた『マシンガン』とやらに切り替えるのがいいだろう。


 俺は、より多くの魔力を注ぎ込み、ストーンバレットの連射に移行した。


 それが『ストーンバレット・マシンガン(仮)』。正式な名称は未定。勇者の知識をもとに、俺が一から構成した、完全オリジナルの複合魔法『ストーンバレット』の上位派生形はせいけいの一つだ。


 魔法の広域同時展開ではなく、一点に絞った複合魔法の連続使用。複合魔法かつ、長時間の連続多重使用なので、多少魔力は多く持って行かれるのだけど。幸い保有魔力の総量には自信がある。


(文字通り死ぬ思いで会得した俺の魔力だ! まとめて喰らいやがれ!)


 バババババッと、空気が連続して弾ける音を響かせながら。水中を自由に泳ぐ魚型の魔物の後を追うように、次々に石弾を放つ。弾の飛翔速度が凄まじいので、泳ぐ魔物も難なく仕留められた。


 話に聞く実際のマシンガンと違い、弾切れの心配がないという点も大きい。もちろん、「俺の魔力が続く限り」という前提条件はあるものの。これだけ魔力使用効率のいい魔法であるなら、無制限と言っても過言ではない。


 海は瞬く間に魔物の肉塊と血で真っ赤に染まり。そこかしこから立ち昇る死のにおいが鼻をつく。


 凄惨な現場だ。見ていて気持ちのいい人間はいないはず。それでも、俺にとってはストレスのはけ口になるので、今は割と気分がいい。勇者に言わせれば、これが「マシンガンズハイ」という状態なのだろう。


 こんなものが誰でも使えると言う勇者のいた世界は、戦乱が絶えない、血で血を洗う様な歴史を歩んだはずだ。武器の進化は戦火の証。銃という武器が生まれ、進化する度に、きっと多くの血が流れたに違いない。


 人同士の争いが絶えないのは、どの世界でも同じということか。


「まぁ、魔物相手とは言え、大量虐殺をしてハイになってるんだから! 俺も他人ひとのことは言えないけど!」


 異世界は異世界。こっちの世界はこっちの世界でしかなく。今重要なのは、異世界で生まれたその発想が、今の自分たちの戦局を左右しているということ。


 逆側を担当しているウィルテイシアの様子はここからでは見えないものの、彼女がこの程度の魔物に苦戦している姿は想像できない。攻撃手段的に見て、たぶんこちらの方が早く終わるだろうが、その時は加勢に回ればいいだけのことである。


(にしても、どれだけいるんだよ……。流石に多過ぎだろ……)


 既に海上は無数の魔物の死骸で埋め尽くされ、生臭い臭気が一帯を包んでいる。もうずいぶん倒したつもりだが、それでもまだまだ魔物の数は多い。


 見た感じ、減っているというよりむしろ増えている印象すらあるほど。弱い魔物は基本的に群れる習性があるが、これは流石さすがに多過ぎだ。


 俺の脳裏に、ふと嫌な想像が浮かぶ。


 これだけの数の魔物だ。たまたま流れ着いただけとは考えづらい。となれば、この群れを率いる親玉がいたとしても、何ら不思議ではない訳で。


 しかし、手勢がこれだけやられているのに動かないというのが気にかかる。元より数で押し切る戦法なのか。はたまた別の目論見があるのか。


 そう思考が傾いた時、船の逆側から俺を呼ぶウィルテイシアの声が響いた。


「ライオット! 緊急事態だ! 忙しくしている最中さいちゅうだろうが、一度こっちに来てくれ!」


 緊迫感のこもった声。あのウィルテイシアをして、この様子だ。これがただ事ではないことは、考えなくてもすぐにわかる。


「わかった! すぐ行く!」


 視界内の敵を、全て殲滅できていないのは心残りだけど。


 今はそれよりも、ウィルテイシアの安否の方が重要だ。


(これが師匠だったら、もっと効率よくやって、全滅させてたんだろうな……)


 そんな風に後ろ髪を引かれながら。俺は甲板を元来た方向に横切り、ウィルテイシアのいる側へと戻る。


 ウィルテイシアは、無事だ。遠目に見ても多少手傷を負っているのがわかるけど、命に別状があるほどでもない。


(……でも、この戦闘が終わったら。魔法でちゃんとあとが残らないように治療してやらないと)


 あのきれいな肌に傷が残るなど、考えるのも嫌なほど。


 剣士として生きているのだから、この程度の傷は慣れっこかもしれないけど。それでも、俺はそれを許したくない。


(せっかくきれいな肌なんだ。俺の目が黒いうちは傷つけさせないし、つけられても治す!)


 せっかくできた旅の仲間で。俺に生きるための居場所をくれた女性ひと。そう易々と傷つけさせてなるものか。


「待ってろ、ウィルテイシア! 今行くぞ!」


 俺は気合を新たに、船のへりに足をかけ、一気に跳躍する。


 目指すは少し先にある、先ほど俺が作った氷塊の一つ。一番外側にあり、片方が海原に面した場所に彼女はいた。


 魔物の死骸がいくつも転がっている氷塊の上を駆け抜ける。魔法を使った俺の方には劣るまでも、こちらも大層な有様で。魔物の死骸の数は、パッと見で数がわからないほど。


 単騎戦力としての剣士が、これほどの数の魔物を敵にできるとは。驚きを通り越して感心する。 


流石さすがは伝説の大英雄ってところか……」


 しかし、これだけの数を相手にした後なのだから、彼女だって消耗しているはずだ。一刻も早く駆けつけて、せめて気持ちだけでも安心させてやりたい。


 俺は風魔法を自身に付加し、移動速度を一気に上げる。


 ここまで来ると、真正面以外の景色はよく見えない。けど、周囲の状況よりも優先すべきはウィルテイシアなのだから。俺にとっては、それで充分。


 この速度であれば魔物が飛び出してきたところで、当たる前に通り過ぎることができるだろうから。ダメージを負う心配は無用。俺はただ、真っ直ぐに。彼女の下にけ付ければいい。


 ようやくか彼女の表情が見える距離までやって来ると、その引き攣ったような頬が鮮明に見えた。


「どうした!? ウィルテイシア!?」


 俺が、やや後方から声をかけると。彼女は視線を動かすことなく、腕の振りで俺に「待った」をかける。


 慌てて急停止すれば。目の前に開けた海原の底に、何やら無数の影が蠢いているのが映る。その影は、先ほどまで戦っていた魚型の魔物とは、シルエットがまったく異なっていた。

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