スぺ体質と王子様

ゆでカニ

第1話 春、転校、王子様?

 スぺ体質。

 主にインターネットの野球ファンがよく使う言葉である。スペランカーというゲームの主人公がちょっと段差で躓いただけで死亡するほど柔らかいことになぞらえて、すぐ怪我する野球選手を指してそう呼ぶ。

 俺――多邑 春翔たむら はると17歳はまさにスぺ体質。

 昔から野球を続けてきたが、ずっとケガしがちで、高2の夏、とうとう野球が続けられないような、かなりデカいケガをしてしまった。

 そして色々あって通っていたケイトウ高校を辞めて、かなり離れた虹浜西にじはまにし高校に編入してきたのである。


 ところで、新しい人間関係を築くのは難しい。

 他人により良く見られるためには第一印象が重要である。

 そんな言葉が頭の中をぐるぐる回っているのには理由がある。4月8日。編入先の虹浜西高校の自己紹介で盛大にスベったのである。

 ウケると思って


 「特技は瓦割りです!」


 などとほざき、やったこともないのに瓦にチョップを叩き込み、手を骨折した。

 スベったし、スペった。最悪である。

 クラス――2-B――のほとんどはドン引き。担任の元ヤンっぽい女教師だけが手を叩いて笑っていた。

 そうして俺は『頭のおかしいヤツ』の烙印を押されてしまった。



 †††



 「おはよーっす」


 朝。俺はいつもの挨拶とともに教室のドアを開ける。


 「......。」


 「ヒソヒソヒソ......」


 とたんに教室が静まり返り、しばらくすると俺の方をチラチラ見ながらヒソヒソ話すやつらが現れる。

 まぁ、静まり返るのは分かるが、ヒソヒソ言ってるやつら!もう2週間だぞ!そろそろ慣れろっての!


「しくしくしく......」


 べそをかきながら自分の席に座ると、隣の席の男がニヤニヤしていた。

 須津田 暢雄すずだ のぶお

 俺がクラスで浮いてるのは、はっきり言って自己紹介の瓦割りよりも、コイツのせいだと思う。

 

 「見ろよ、春翔」


 話しかけてくる須津田。絶対にろくでもないものを見せようとしているに違いない。


 「絶対見ない」


 「いいから見ろって」


 ニヤニヤしながら彼が俺に見せてきたのは輪ゴムが巻かれた消しゴムだった。


 「亀甲縛り」


 最悪だ。


 「はぁ......」


 コイツ、ヤバいだろ。

 俺はため息をついて窓の外を見る。綿あめのような雲が呑気に浮かんでいた。


 「ちょいちょい!」


 須津田がデカい声で肩を叩いてくる。

 それにより、周りの視線が俺たちに集まる。


 「分かったって!見ればいいんだろっ!」


 噂をされるのが嫌で、俺は須津田に向き直る。

 そして縛られた消しゴムを見る。

 あれ?

 消しゴムが身体だとすれば、その正面の縄はひし形をしていた。

 須津田が言うように、『亀甲縛り』なら六角形のはずである。

 これは......


 「いや、これ菱縄縛りじゃねぇか!!!」


 静まり返る教室。

 あ、終わった。

 須津田を見ると、ドン引きした顔をしている。


 「いや、お前だけはその顔しちゃいけねぇだろ!!!」


 「お、おう......」


 こ、コイツ......


 「あー、もう。またやっちまったよ......」


 しかも、特大のやらかし。今までとは格が違う。

 俺はまた変な噂が立つことを確信して、机に伏せた。



 †††



 昼休み。

 俺は屋上にいた。最近の俺の定位置である。

 憂鬱な気分で空を見る。相変わらず綿あめみたいな雲が呑気に浮かんでいた。

 ここにくるまで、すれ違うやつらは俺を見るなりヒソヒソ話していた。


 『暴力の......』


 『前の学校、退学になったらしいよ』


 『変態だ』


 『バットで先輩を......』


 『緊縛師だ』


 なんか変態イメージが混ざっていたが、とにかく大半が俺の悪い噂だ。

 はぁ。とため息をつく。

 

 「どこで間違えたか......」


 と、感傷に浸っていると、勢いよく後方のドアが開く。


 「な、なんだぁ!?」


 「見つけたぞ!多邑春翔くん!」


 芝居がかった声が聞こえた方を見ると、誰か立っていた。

 すらりと伸びた足に中性的な顔立ち。ショートヘアで前髪をセンターパートに分けている。一瞬男かと思ったが、いや、確実に女の子だ。なぜならけっこうな巨乳をお持ちでいらっしゃるためだ。

 そしてなんだか爽やかな雰囲気。

 彼女が現れた瞬間、柑橘系の香りが広がった気すらする。


 「どっかで見たことある気が......」


 「なっ!春翔くん!?ボクを知らないのかい!?」


 いきなり透き通った声で下の名前を呼ばれてドキッとする。


 「知ってる気もするな。知らない気もするけど」


 「ショック!同じクラスなのに!」


 こいつ、やけに大げさだだな。


 「まぁ、キミは転校生だからね。改めて自己紹介をさせていただこう」


 「いや、結構です」


 俺様はめんどくさそうという鋭い感に基づき、彼女の申し出を拒否した。


 「が、がーん......」


 「がーんって口に出すやつ初めて見たぞ」


 彼女は目に見えてしょんぼりしている。


 「ふっ。春翔くん。キミは面白いね」


 いや、今更カッコつけても無駄だろ。様にはなっているが。


 「はぁ。わかったよ。自己紹介頼むよ」


 俺は折れた。ダジャレではない。


 「ふっ。そのお願いに応えて自己紹介させていただこう」


 いや、アンタが自己紹介をしたがってたんだろって。

 ほんで、その『ふっ』ってやつ腹立つな。

 などという言葉を飲み込んで俺様は彼女の話を聞くことにする。


 「ボクは2-Bの凪瀬 花楓なぎせ かえで。好きなものは、“波”。そしてカプチーノ。“ニジニシの王子様”と呼ばせてもらっているよ」


 そう言って彼女は前髪を払う仕草をした。


 「......。」


「どうしたんだい?黙り込んで?」


 「いや黙るだろ!王子様っつーか、電波じゃねぇか!」


 「がーん!」


 これが俺と『ニジニシの王子様』こと凪瀬 花楓との出会いだった......



 つづく

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