みんな、誰かを殺してる

まぐろ

第1話 私は母親を殺しました 1



「おはよー」

「おはよ!ね、昨日のニュース見た?!」

「見たー!やばいよね、不倫って」

「ほんとそれ!ファンだったのに!」

「なぁ宿題見せてー」

「でさ、その女ヤらせてくんないで帰ったんだよ!」

「マジかー!」

「この人イケメンじゃなーい!?」

「アイツ金ヅルだしぃ」

クラスメイトの会話は、いつも桜花を鬱々とさせた。

幸い、友達さえいない彼女に、そんなくだらない話をしてくる者はいない。

はぁ、と憂鬱そうにため息をつき、窓の外に目を送った。

昨夜の雪がまだ浅く積もった街。

青く透き通った空。

白く色付く吐息。

目に映る世界全て、綺麗に見えるのに。

__どうして、人間はこうも汚いのか。

じわり、と溶けていく雪の結晶がまるで、氷の花のように見えた。



「桜花。誕生日おめでとう」

「とっておきのプレゼントを用意したんだ」

7歳の誕生日。

ケーキやラッピングされたプレゼントの代わりに、

大人たちの手を握って、連れてこられた場所。

重く暗い空気が充満し、硬い鉄格子があった。

その奥に、誰かが___




「寒...」

雪の積もった、まるで凍結したように寒い道路を歩きながら、マフラーに顔をうずめる。

すると、鼻のツンとした痛みが少し和らいだ気がした。

はぁ、と白い吐息が口から漏れる。

冷えた指を温めようと、ポケットからカイロを出した、その時。

「....あ」

ふと、目の前に見覚えのある黒いワゴン車が止まるのが見えた。

ちらり、と雪が舞う。

ずしりと、重い蓋が胸を覆った気がした。

__嫌な気分だ。

ワゴン車の窓がスライドし、眼鏡の似合う男の人が顔を出した。

「桜花ちゃん、仕事だよー」

いつものように軽い口調で言うが、その軽さからは裏腹に、ぞっとするような気味悪さがあった。

彼の名前はみやび

下の名前か上の名前かも分からないが、彼は普段から、雅としか名乗らない。

雅は、桜花が育った研究孤児院の研究員だった。

「.......今からですか」

鬱陶しそうに、冷たく睨む桜花。

しかし雅は、そんなこと気にしないかのように続けた。

「そー!大丈夫、今回は殺しじゃないから」

じゃあ盗みかスパイか、と内心推測する。

しかし予想は珍しく外れ、

「とある女の子のお世話を頼みたいんだ」



「....か...さん....?」

一度も見たことがない母親の顔。

だけど、なぜだかこの人が自分の肉親だと、直感で分かってしまった。

その人は、ボロボロの布切れを着て、あちこちに痣を作っていた。

「...お母さん...なの....?」

「.....」

ぼさぼさの髪から覗くその瞳に、見つめられる。

その瞳は美しく綺麗だったが、実の娘を見るような目つきじゃなかった。

その人が、ゆっくりと、乾燥した唇を開いた。

「...あんた......」


___あんたさえ、いなければ.....



セミロングの少女が、にこにこと満面の笑みを浮かべて振り返った。

「ねぇ桜花さん!これ、似合う?」

「.....どっちでもいい」

なぜこんなことになってしまったのか。

確か、自分はある1人の女の子のお世話を頼まれて...。

(お世話って何?!)

今更すぎた。

あの時、もう少し疑問に思っていたら。

「えー!どっちか選べなーい!」

こんな、騒がしい馬鹿みたいな女の買い物になんか、付き合わされてなかったのに。

(....無駄な時間....)

はぁ、と疲れたようにため息をつく。

元々、自分より年下の子供の面倒を見るのは苦手だし、きゃぴきゃぴと着飾った女はもっと嫌いだ。

なんで、こんな奴の面倒なんか....。

「あー、もしかして桜花さん、疲れちゃった?」

「.....まぁ」

今更気付いたか、と内心毒づきながら、冷めた瞳で少女を睨む。

すると少女はうーんと顎に手を添えて考えた後、

あ!と声をあげた。

「じゃあ、休憩がてらカフェ行きましょ!」

「.........................は?」



あんたさえ、いなければ。

「......え.....」

心の底から、這い上がるような憎しみの声を上げる、その女性。

あまりの衝撃的な言葉に、思わず言葉が詰まった。

しん、と重たい沈黙が降りる。

身体が、痛い。

喉の奥が、熱い。

この感情を、なんて言うのか。

お母さんに、教えてもらいたかったのに。

長い沈黙を破ったのは、雅だった。

「桜花」

やけに、冷たい声だった。

「___コイツを、殺せ」










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