1-2 青の時代<プロローグ>(2)

「……な、なんで、こうくんがいるのよ……!?」


「……舞彩亜まいあさんこそ、なんでここにいるんですか……!?」


 舞彩亜も工も、おたがい顔を真っ赤にして声を上げた。

 まさか、この通信制高校のキャンパスで再会するとは思ってもみなかったようだ。

 二人ともきわめて混乱している。


 舞彩亜がおろおろした様子のまま、工に答えた。


「……な、なんでって……この高校に転入することになったから、おるのやん……」


「……ぼ……ぼくも、この学校に転入することになったから入学式に来たんですよ!」


 おたがいまだ顔を真っ赤にしたまま、こんな間抜けたことを言い合っている。

 しかし言い合っているうち、二人とも次第に落ち着きを取りもどしてきた。


 舞彩亜は、ふーっ、と深い息をついた。

 そして少し落ち着きを取りもどした様子になって、それでもまだ戸惑ったような、しかしちょっとうれしそうな表情も見せながら静かに言った。


「……いや、あの、まあ……ごめん……。

 ここでまた会うことになるとは思うてへんかったからさ、あわててもうた……。

 でもね、また工くんに会えたのはうれしいよ。

 ……高校がいっしょ、っていうのは、ちょっと恥ずかしい気もするけど……」


 工も落ち着きを取りもどしたらしい。

 以前に舞彩亜と会ったときと同じ、クールな様子になると舞彩亜に応えた。


「それは……ぼくもちょっと恥ずかしいですよ……。

 でも、正直言うとぼくもうれしいです、ここで舞彩亜さんに会えたのは。

 ……週に何日通学するんですか?」


 通信制高校では、全日をオンラインで授業を受け、それとともにスクーリングと呼ばれる、全部で数日~4週間ほどだけ通学する必要があるというコースが最も通学日数が少なくて済む、いわゆる「在宅オンラインコース」だ。

 しかしそれだけでなく、ふつうの高校のように家の最寄りにあるキャンパスに週2日から、最も多くて全日制と同じように週5日通うというコースも用意されている。

 基本的には入学手続きの際、コースを選択して申請するのだが、舞彩亜は「週5日通学コース」を選択した。

 なので、ふつうの全日制高校と変わらないフル通学、というわけだ。

 そう決めたのも、母親といっしょに個別相談会に行ったとき、キャンパスの雰囲気や学校の職員・事務の人に接した印象で、


 たぶんこの学校なら通学できるかも、できるなら通学したい!


と思ったからだ。

 本当に通えるか、不安はあったが、でも通学できるのならしたいし、ここならそれができるかも……という思いが強かったから、そう決めた。


 舞彩亜は工に答えた。


「あたしは、週5日通学コースを選んだよ。

 ……工くんは?」


 工は、ちょっとうれしそうな表情になると言った。


「ぼくも、週5日コースです。

 ……よかった、いっしょで……。

 つまり、これから二年間は、ライブのときだけでなく昼間も会える、っていうことになるわけですからね……」


 工の言葉を聴くと、舞彩亜は恥じらうように再び顔を赤らめて下を向き、ぼそっとつぶやいた。


「……まあ、そやな……」


 工は安堵したような笑顔を見せて言った。


「よかったです……」


 そう言ったきり、二人はあとの言葉が続かない。


 そうしているうち、30代くらいと思われる女性教員が二人のそばに来た。

 二人の担任になる大岡先生だ。


 この通信制高校では、一部の授業を除いて1年生から3年生までがみんな同じ教室で学習することになっている。

 それぞれの生徒は、自分のカリキュラムに沿った学習を、イヤフォンをかけPCやタブレットを使ってするというかたちなのだ。

 学習中にわからないことがあれば、教室にいる担任やほかの教員に質問をすれば教えてくれる。

 場合によっては、隣や近くの席にいる上級生が下級生に教えてあげるといったケースもある。


 なので、この学校では担任も学年ごとではなく、一人の教師が学年をまたいで複数の生徒を担任というかたちで看ることになっている。

 で、大岡先生は舞彩亜と工、二人の担任となることが決まっていた。


 大岡先生は二人のやり取りを見ていたのだろう。

 少しおかしそうに笑みを浮かべて二人を見つめている。


「嶋野舞彩亜さん、それから、あなたは新1年生の寺崎工くんね?

 二人とも、もうすぐ入学式が始まるから、とりあえず席に座ってくださいな。

 ……で、えと、そもそもあなたたち、知り合いなん?」


 舞彩亜はどう答えるべきか迷っているらしく、視線を宙にただよわせながら答えた。


「……あー……ええ、まあ……。

 ちょっと前に偶然出会った、っていうか……」


 そこに工がきっぱりと割って入った。


「そうです。

 少し前に舞彩亜さ……嶋野さんとたまたま出会いまして。

 音楽をやっていらっしゃると聞いて話してみたら気が合って、それで友だちになった、って感じで……」


 え、友だち扱いかよ。

 ……なんや微妙やなあ、いろんな意味で……。

 舞彩亜は思った。

 

 けど、悪い気はしない。

 むしろうれしい。

 友だち、っていうくらい親しく思ってくれてるなら、ね……。 


 大岡先生はにこにこと笑みを見せて二人を交互に見つめている。

 そして言った。


「先輩・後輩にしてお友だち関係、というわけ?

 まあ、とってもいいことやないの。

 ……はい、とにかくまずは座って!」


 はーい、と、二人はともにどっと疲れが出たような声を出して、それぞれの席に座った。


 舞彩亜は思った。

 こりゃ初日から、エラいハプニングや……。

 ま、ちょっとうれしいかもなハプニングやけど。

 

 そして斜め左前の席に座った工を、斜め後ろから見る。

 後ろ側から見える工の横顔は、いくぶん不機嫌なような、神経質そうな妙な表情。

 そんな表情のまま黙って前を向いている。


 教室の前方には、大きなディスプレイがあって、おそらくそこに校長先生や入学式を執り行う教員、事務の人などが映し出されて、自宅からリモートで参加する生徒もそれを見ることになるのだろう。

 工も、そのディスプレイのほうを黙ってじっと見つめているわけだ。


 舞彩亜は、その工の顔を見ていて、前に会ったときの冷静で何事にも動じなさそうな工とあまりにちがっているので、なんだか吹き出しそうになった。

 すると工がこちらを向いた。

 真っすぐな視線。

 怖い顔をしているように見える。

 だけど、こちらになにか言いたそうだ。

 舞彩亜はあわてて目をそらした。


 やがて、教室の前面に取り付けられた大きなディスプレイが光り、教員とおぼしき若い男性が映し出された。


 舞彩亜は、きっと表情を引き締めて前を向いた。

 おそらく工も同じ表情になっていることだろう。


 その男性教員が、にこやかな笑顔を浮かべながら話し始めた。


「新入生のみなさん、お待たせいたしました。

 ただいまから、みなみ学園高等学校大阪校、2025年度入学式を行います。

 みなさん、緊張しているかもしれませんが、リラックスして気軽な気持ちでいてくださいね。

 

 今回、入学されるみなさんは全部で28名いらっしゃいます。

 28名のみなさんが、きょうから一部の学年別授業や、個人面談などの個別指導科目を別にして、基本的に同じ教室でいっしょに、学年や年齢を超えて学ぶことになります。

 また、学習を通じて、勉強だけではなく、交友を深められたりすることになると思います。

 なので、みなさんは一人ではありません。

 みなさんがそれぞれに、このみなみ学園高校で楽しい時間を過ごせるよう、わたしたち教員・事務がともに、全力でサポートしていきますので、疑問や困ったことなどありましたら、どんなことでも遠慮なく相談してくださいね。


 では、まず始めに校長先生から新入生のみなさんに贈る、入学を祝う言葉がございます。

 和泉校長、どうぞ、お願いします」


 続いて、画面の中央に中年の女性が現れた。

 この人が校長先生らしい。

 その校長が、こちらも微笑をたたえながら話し始めた。


「みなさん、おはようございます。

 みなみ学園高校大阪校、校長の和泉です。

 ……まだ、みなさん、緊張でいっぱいかもしれませんね。

 無理もありません。

 みなさんは、きょう新しい世界に初めて飛び込んだばかりなのですから」


 そのとおりだ。

 舞彩亜は緊張が解けないまま、表情を引き締めてディスプレイを見た。


 校長が話を続けた。


「……でも、安心してください。

 さきほども事務長の飛鳥さんがお話しましたように、きょうからは、この学校の教員、職員、そしてこの学校の卒業生であるピアサポーターといった人たち全員が、全力でみなさんをサポートします。

 そして、学校の授業、さまざまな行事やイベントを通じて、みなさんには大切な友だちができたり、頼れる先輩ができたり、頼もしい後輩が必ずできることでしょう。

 ……そんな新しい世界が、このみなみ学園高校です。

 いま言ったことは本当ですよ。

 これまでの卒業生も、みんな体験してきたことですから。

 今後、この学校を卒業してピアサポーターとなったかたがたから、ぜひその体験を聞いてみてください。

 そしてまた、さまざまな行事でみなさんが卒業生のかたがたと会う機会がございます。

 その卒業生のかたがたからも、この学校でどんな体験をされたか、ぜひ聞いてみてください。

 これらのかたがた全員、すばらしい体験をされたはずです。

 そして、ここにいまいらっしゃるみなさんも、これから同じ体験をするでしょう。

 一生の思い出になる貴重な体験です。


 この高校では、さまざまな行事があります。

 体育祭、文化祭、修学旅行、国際交流、職場体験……。

 みなさん無理のない範囲で、でもできればぜひ、参加してみてください。

 きっと楽しいと思っていただけると思いますよ。

 そして、部活動もたくさんあります。

 スポーツ、外国語、アート、音楽、またボランティア活動もあります。

 みなさんが興味を持っているものがあったら、どうぞ遠慮なく飛び込んでみてください!

 これらもすばらしいと思っていただけると、わたしは確信しています。

 

 なので、このみなみ学園高校での時間を、みなさんは思いっきり楽しんでください。

 そして卒業するときには、この高校で楽しい思い出がたくさんできた、この高校に来て本当によかった、そう思えるように、みなさんそれぞれがマイペースを保ちながら、したいことをじっくりやってください。

 ……これが、わたしがきょう、みなさん新入生に贈る言葉です。

 新入生のみなさん、きょうから、いっぱい勉強して、いっぱい遊んで、いっぱい楽しみましょう!

 以上です」


 校長先生は画面から離れていった。


 舞彩亜は、呆然と校長先生の話を聴いていた。

 前の高校とは、いや、自分がいままで行ったどの学校とも、ちがう感じだった。


 ……なんやわからんけど、いままでとすごいちがう……。

 この学校なら、なんかやっていけそうな気がする……。


 舞彩亜ははっきりと、そう感じた。

 そして胸がいっぱいになった。


 ふと、工のほうを見た。

 工は微動だにしていなかった。

 しかし、きっと工も心を打たれたにちがいない。

 そう思えるくらい、彼の身体はピクリとも動かず、ディスプレイのほうをただ見つめていた。


 えへ、楽しみやな。

 コイツとこれから約2年間はいっしょなわけや。

 舞彩亜はそう思いながら心の中で笑った。


 続いて事務担当の人から、学校や行事、学校ルール(この学校では「校則」とは呼ばず、「学校ルール」と呼ぶポリシーらしい)の説明があり、それが終わるとディスプレイが消え、担任の大岡先生から今後の授業の進め方や質問への応答などがあった。

 大岡先生は新入生ひとりひとりを見ながら、やさしい表情で言った。


「みなさん、みなさんが勉強のことでも、それ以外のことでも、困ったことや相談したいことがあったらなんでも遠慮なく相談してほしいですけど、わたしのほうからも、みなさんが困っていることがないかどうか、できる限り見るようにします。

 とにかく、この学校を楽しくていつも来たいところと感じてもらえるように、教職員みんな全力でがんばるので、校長先生も言ったように、みなさんはこのみなみ学園高校を、思いっきり楽しんでくださいね!」


 なんかいい感じやなあ、と舞彩亜は思った。


 そうしていると、舞彩亜の後ろの席に座っていた女の子が小さな声で話しかけてきた。


「……ねえねえ、音楽やってるの?

 なんの楽器?

 あ、あたしギターやってるねん。

 エレキのほうね、で、バンドやってる!」


 舞彩亜は後ろを向いて、その女の子を見た。

 グレーとブルーの混じった色の髪を、肩のあたりまで伸ばしている。

 明るく活発そうな顔つきの子だ。

 栗色に近い金髪にしている舞彩亜よりはるかに派手な雰囲気だが、この高校は髪色や髪形についてはなんら規制がないので、こんな髪色でも教室の中で特別に目立つ感じはない。

 教室を見渡しても、染めていない黒髪の子、赤茶色っぽい髪色の子、ブルーの子……。

 さまざまな髪色の子が男女問わずいた。


 舞彩亜はその子に答えた。


「あー……。

 あたしはボサノバっていうジャンルの音楽をやってて、そやからガットギターを弾いて歌ったりしてるんやけど……」


「え、すごーい!

 ボサノバの弾き語りしてんの!?

 あたしガット弾いたことないし、ボサノバもそんなくわしくないから、めっちゃ尊敬するー!!」


 女の子は声量は抑えたまま、小さく叫んだ。

 そして続けて言った。


「ねえ、友だちになろうよ!

 LINEやってる?

 交換しない?

 あ、あたしは望月七海もちづきななみ

 七つの七に、海って字で、ななみ。

 名前ほど、そんなに広い心を持ってるわけでもないけどね、あはっ!

 よろしく!

 ……あなたの名前も教えてくれる?」


 舞彩亜は、七海の勢いに気圧されるように答えた。


「あ……あたしは、嶋野舞彩亜。

 嶋はやまへんの嶋に、野原の野に、舞うの舞に彩るの彩に、亜細亜の亜、って書くの。

 よろしく!」


 二人は笑いながらLINE交換をした。


 入学式は無事に終わり、舞彩亜は七海とあいさつをした。


「ごめーん!

 きょうこの後、いったんうちに帰ったら着替えて、バンドの練習やねん!

 そやからきょうはこれで!」


 七海も制服を着ていた。

 といっても、カーディガンや短めのスカートなど、かなり自分風にアレンジしていたが。

 たぶんやってる音楽もロックなのだろう。

 そう思わせるファッションと雰囲気だ。


「そっか。

 すごいね、がんばってるね!」

 

 舞彩亜も笑顔で七海に言った。

 七海も舞彩亜に尋ねた。


「あしたも来るよね?」


「うん、来るよ」


「そんなら、あしたか近いうち、音楽の話しよー!

 じゃあねー!」


「うん。

 またあした!

 練習がんばってね!」


 舞彩亜は、おー!とこぶしを突き出すしぐさをしてから笑顔で手を振って教室を駆けて出ていく七海に、こちらも手を振って見送った。


 ふぅ……。

 元気やなあ。

 でも、音楽の話しできる子がいてよかった……。


 工がそばに来ていた。

 そして、不意打ちに目を大きく開けた舞彩亜に向かって言った。


「舞彩亜さん、このあと、空いてます?

 ……その、ちょっと寄り道しませんか。

 話したいんで」


 はぁ!?


 舞彩亜はまたどぎまぎして、そこに棒立ちになった。

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