Episode.17 たそがれ
【日時】西暦2019年"7月11日" 6時00分
「うわぁあああああああ!!!」
凄まじい勢いでベッドから飛び起きた陸斗。
「ハァッ……!ハァッ……!」
額から汗が滝のように流れ、激しい鼓動が胸を打つ。
「さ…さっき確かに──」
──死んだ。
その瞬間を思い出し、猛烈な吐き気に襲われてトイレへ駆け込む。
「……あれが夢?冗談じゃない……」
(夢じゃなければ、そらも一緒に──)
現実感のない恐怖に包まれながら、陸斗は妹の安否を確かめようと立ち上がる。
「そら……!」
トイレを出た瞬間、海斗と鉢合わせた。兄もまた、青ざめた顔をしている。
「兄貴!」
「……陸」
「まさか……兄貴も……?」
海斗はゆっくりと頷いた。言葉は不要だった。双子としての直感が、すべてを語っていた。
「そらは!?」
顔を見合わせた二人は、そらの部屋へ駆け込む。
「そら!」
扉の向こうにいたのは、ベッドの上で小刻みに震えるそら。
「そらもか……!」
「わ…私……たしかに死んだはずなのに……」
「どうなってんだよ、一体……!」
海斗が何かに気づいたように声をあげた。
「二人とも、石は!?あの結晶──」
それぞれ自室に戻り、確認する。
「……あった!」
「僕もだ!」
「チョーカーも……でも、すごく光ってて……熱くなってる!」
三人は再び顔を合わせ、リビングへ降りた。
「父さんと母さんなら……何か知ってるかもしれない」
しかし、家の中に二人の姿はなかった。
「一度、情報を整理しよう。二人はどんな夢を見た?」
陸斗が口を開いた。
「──とても、夢だとは思えなかった。あのまま……死んだ」
「僕も陸と似てる。家に着いた瞬間、空間が変わって、じゅらが“まだ早い”って……」
「じゅらが喋ったのか!?」
海斗は頷いた。
「そらは?」
「えっと……授業中に眠くなって寝ちゃって……」
申し訳なさそうな恥ずかしそうな顔をするそら。
「……今はいい。続けて」
「寝てる時に誰かに呼ばれてる気がしたの」
「呼ばれてる気がした?」
「それで目を開けると、あそこにいて……あとはこれを掘らなきゃいけない時だって思って必死で……」
海斗が考え込む。
「みんなにも会う必要がある」
「確かに……」
「ただ……その前に何が起きてるのか、じゅら達の正体について父さん達に聞こう」
『──待て』
柔らかな声が背後から届く。
「のん……!?」
「陸にぃ……?」
陸斗の様子を見て、海斗が思考する。
「もしかして今、のんの声が聞こえてる……?」
「……兄貴達には聞こえてないのか!?」
「どうやら、のんは陸が、じゅらは僕が聞き取ることができるみたいだ」
「で…でも綾乃先輩も聞き取ってたぞ!」
「うたもだ……何かルールがあるのかもしれないけど……」
すると階段からじゅらが現れ、言葉を紡いだ。
『私たちはある一定の情報について、話せないように組み込まれてて、海斗の疑問に答えてあげられないの……』
「じゃら──」
「今はじゅらが喋ってんのか」
「どうやら彼女らは情報を制限されてて話せないらしい」
「ふ…二人とも何を言ってるの……?」
二人が振り返ると、そらが青ざめている。
「そらはどっちも聞こえないのか……?」
へたり込むそら。
「そら!」
陸斗が駆け寄り、そらを支える。
「兄貴……じゅらに、聞けるだけ聞いてくれ!」
「わかった。後で必ず伝える」
陸斗はそらを部屋に運ぶ。
「大丈夫か?今、水を──」
立ち上がろうとした陸斗の袖を、そらが掴んだ。
「もうやだよ……怖い……」
そらの目から大粒の涙がこぼれる。
「リアルな夢で死んで……猫が喋って……お父さんもお母さんもいないなんて……」
声を震わせ、体も小さく震える。
「つい最近まで……普通だったのに……それが一番、幸せだったのに……」
陸斗はそっと妹の頭を撫でた。
「大丈夫だ。兄ちゃんがそばにいる」
「……うん」
「それに……約束したろ?」
「え……?」
「この問題が終わったら、一緒に旅行へ行こうな」
陸斗の笑顔に、そらも少しだけ笑顔を取り戻した。
「うん……!」
陸斗が立ち上がる。
「陸にぃ……ありがとう」
「……おうよ」
少し照れくさそうに返して、リビングへ戻ると、海斗が情報をまとめていた。
「どうだ?」
「なんとなく、見えてきた。でも……いくつか確認したいことがある。そらは?」
「そらは落ち着いた。今、水持ってくところ」
「なら、戻ったら話を整理しよう」
「了解」
リビングに漂う重たい空気に、陸斗は言い知れぬ不安を覚えながらも、再び席に着いた。
「待たせた」
海斗は紙を手に説明を始めた。
「まず、僕たちが見たのは……のんが仕掛けた“予行練習”だった」
「ただの夢じゃ……なかったのか……」
安堵の後に訪れる恐怖。陸斗の顔が強張る。
「でも、未来は変えられる。変えるためには──“思考”することだ」
「思考……?」
海斗は静かに頷いた。
「三年半前、のんとじゅらが僕たちに接触してきた。
彼女たちの助けで、以前父さんが言っていたマスターワールド、に渡った。
おそらくその過程で、世界が誰かに“コントロール”されている可能性が見えてきたんだと思う」
「誰かが……?」
「父さんたちものんたちも、常に“監視”されている。でも……彼らが違和感を覚えない限り、ある程度の自由は許されてる」
陸斗が呟く。
「つまり……隕石を落とす力を持つ“何者か”がいて、俺たちが違和感を与えたら──」
「……その瞬間、世界が終わるかもしれない」
その言葉に、部屋の温度が一段下がるような、凍りついた沈黙が訪れた。
「父さんたちからも、何か聞けるかもしれない……確か夢だと二人は──」
「裏山にいたはず!」
「今すぐ、裏山へ向かおう」
二人が到着すると、父と母はすでに待っていた。
「状況が、少し見えてきたようだな」
彰人が先に口を開いた。
まるで、海斗の発言を牽制するように。
「“答えは思考すること”……そして“違和感を感じ取られないこと”だね?」
「正解だ」
「違和感って──ん?」
陸斗が質問しかけたが、海斗がそっと手を差し出し、制した。
「大丈夫だ」
「やっぱり……そういうことか」
「……どういうことなんだ?」
海斗が静かに答えた。
「彼らには……僕たちの“思考”や僕らの“言葉”までは読めない。だが、父さん達の“言葉”や“違和感”には反応する。だからこそ、彼らの予測を超える行動だけが、結末を変える鍵になる」
「予測を超える行動なんて……何すりゃいいんだよ……」
呆然と呟く陸斗。その言葉に、彰人はふっと目を細めた。
「……何でこんな時に笑ってんだよ」
陸斗の声には苛立ちと不安が混ざっていた。
「あぁ、すまん。だが……お前たち二人が、あまりに頼もしくてな」
彰人は近づき、両手で二人の頭をがしりと掴む。
「お前たちはこれまで幾度となく、誰も予想できなかった選択をしてきた。その一つ一つが、今を繋いでいる……お前たちが並び立つ限り、必ず活路はある」
その言葉に、胸の奥がじんと熱くなる。
「そういえば、陸斗。あの朝、誰よりも早く起きて、盤をいじってたろ? 誰も予想しなかったタイミングで、何気ない変化を起こした」
「兄貴もな。異常なほど理解が早くて、父さんですら驚いてた……」
「でもそんなことで……」
「いや、それでいいんだ」
彰人は力を込める。
「重要なのは、“何を”変えるかじゃない。“どう”変えるか、だ」
陸斗は口を引き結びながら、言った。
「……もうちょいヒント!」
「そうだな……陸斗、お前は物事を
「僕は……?」
「海斗は、固定観念を捨てることだ。思考に柔軟性を持たせて、自分自身の『常識』すら疑え」
「柔軟性……」
「終わる時は終わる。だが、どう終わるかを選ぶ自由は、誰にでもある」
「なに縁起でもないこと言ってんだよ……」
陸斗が嘆くと、彰人は小さく笑って──
「それでも前を向く。それが“選ばれた者”の資格だ」
言い終えると同時に、彰人は二人の体をぐっと回し、その背を押した。
「俺に言えるのはここまでだ!あとはお前たちの手で、地球を救ってみせろ!!」
その言葉に背中を押されるように、二人の足が自然と前に出る。
「行ってこい!」
「「行ってきます!!」」
勢いよく駆け出す二人。
その背を、彰人は静かに、力強く見守った。
「……また、いつか──な」
────────────
「そらはどうする……?」
「……何とかして一緒に向かおう」
「相当ショック受けてたからな……」
不安を
「二人とも早くー!もう七時すぎてるよー!!」
「お…おう……もう大丈夫なのか?」
「うん……いつまでもウジウジしてても仕方ないし」
「そっか……!強いな、そら」
「えへへ」
海斗に褒められ、嬉しそうにするそら。
「よし!これまでの話をまとめてひろに連絡しとくわ!」
「私はゆのに連絡する」
「うん!そしたらすぐに向かおう!」
こうして三人の最後の通学が始まった。
────────────
学校前に着くと、すでに他のメンバーが待っていた。
皆の顔にはまだ不安と戸惑いが残っている。
そらはすぐにゆのを見つけた。
「そ…そらぁ……」
目が合った瞬間、堪えていた涙がゆのの頬を伝う。
「ゆの……」
「もう無理だよ……わたし、怖いよ……」
「ゆの」
「だって……死んじゃうんだよ!?夢じゃなかったんだよ!?」
「ゆの!!」
そらの強い声が、その場にいた全員の耳を打った。
「わかるよ。すっごく、わかる。でもね、今この世界を救えるのは──私たちだけなんだよ!」
その声には震えも迷いもなかった。
「だったらもう、下なんて向いてられない!怖がってばかりいられないじゃん!」
「そら……」
「私だって怖い。でも、何もしないで終わるのは……一番、嫌だ!!私は、できることをやる!!」
その言葉に、皆の胸が熱くなる。
「一緒にやろうよ、ゆの!いつものチームワーク、見せてやろうよ!!」
ゆのの目にもう恐れはなかった。
「──うん、そうだね!やるっきゃない!!それに……やり残したことはもう、ないしっ!」
「そう!その息だよ!! ……って、ちょっと待って。やり残したって──」
「ね、先輩!」
陸斗にウィンクを投げるゆの。
「ま……まさか……」
「そら!綾乃先輩!もう私、遠慮しないから!」
突然の宣戦布告に、綾乃が大きく目を見開いた。
「こんな時に!な…何言ってるの!?」
「ゆーーのーーー!!」
顔を真っ赤にして叫ぶそら。
「いや……そーちゃんはその勝負、参加資格ないけど……」
うたの小さな呟きが風に紛れる。
「ともかく……みんなの緊張が解けてよかった、な!」
「いでっ!!」
浩之の背中を思いきり叩く陸斗。
「よろしく頼むぞ、親友」
「……しゃあねえなあ!やったるわい!!」
海斗がその様子に頷く。
「“予想外”って、きっとこういうことなんだろうな」
「あぁ……そらがあんなこと言うなんて、誰にも予想できなかった」
陸斗が海斗の肩を組み、浩之が陸斗の肩に手を重ねる。
自然と、全員の肩がつながっていく。
円陣が、完成した。
「兄貴、なんか言って!」
「え、僕が?」
「チーム名もよろしくな、海斗!」
「ええ!?」
全員が頷くことで逃げ道を失う海斗。
戸惑いながらも、言葉を選び、静かに──力強く語り出す。
「……僕たちは、たまたま集まったんじゃない。選ばれた運命があるから、ここにいる」
綾乃がそっと目を閉じ、ゆっくりと頷く。
「僕たちの目標は──地球を救うこと!チーム『たそがれ』、いくぞ!!」
「「「おおおおおおっ!!!」」」
七人の声が、朝焼けの空に高らかに響き渡った。
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