第26話 赤黒き空

### 第26話「赤黒き空」


 翌日の昼、〈レグナス〉の空は異様に重かった。雲ひとつない青天のはずが、中央広場の上空だけ赤黒い影が揺らめいていた。市民はそれを見上げ、ただ「陽炎だ」「珍しい気象現象だ」と笑っていた。だが境界守たちは直感していた。それが崩壊の主の前触れであることを。


 篠森蓮は広場の中央に立ち尽くし、空を見上げていた。胸の奥で波動が共鳴し、脈打つたびに視界が赤く滲む。裂け目が広がるたびに、頭の中に声が響いた。


 ――近い。おまえの選択が、均衡を決める。


 蓮は息を呑み、拳を握りしめる。だがその指先は震え、汗で濡れていた。



 境界守本拠の会議室では、緊急の集まりが開かれていた。アルマが灰金の瞳で地図を睨み、指を叩く。


「裂け目は広場上空を中心に拡大中。修復班は限界だ。戦闘の準備を整えろ」


 ガランが巨腕を組み、低く唸る。「敵は影獣か、それとも――」


「まだ分からない」イオが符を操作し、数値を示した。「だが波動の揺らぎは主系に近い。前触れと見るべきだ」


 セラは青白い顔で祈りを唱えていた。寿命を削る覚悟はできている。だがその肩はすでに限界に近かった。彼女の震えを見て、ユリスが堪らず声を上げた。


「もうこれ以上、命を削らないで! 私たちで食い止める!」


 その強い声に室内の空気が張り詰めた。アルマは黙して頷き、決断を下す。


「……出動する」



 午後。広場は市民で賑わっていたが、境界守の影が各所に散った。蓮とユリスは人波の中を進み、空を見上げる。赤黒い亀裂はすでに雲のように広がり、地上に影を落としていた。


「人々は気づかないんだな」蓮が低く呟く。


「気づいてないんじゃない。気づけないのよ」ユリスは硬い声で答えた。


 その瞬間、空が裂けた。轟音もなく、ただ世界の布が破れるように。赤黒い光が奔流となって流れ出し、広場全体を覆う。市民たちは驚いたように空を見上げたが、すぐに笑顔を取り戻す。修復の膜が視覚を覆い隠したのだ。


 だが蓮と境界守には、その向こうが見えていた。裂け目から這い出す影。四足の巨獣、翼のある異形、そしてその中心に、赤黒い眼がひとつ光った。


「……来るぞ!」ガランが巨刃を抜いた。


 人々の笑い声の裏で、戦いの幕が上がった。

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