第15話 巨屍の進行
### 第15話「巨屍の行進」
朝靄の街道に、重い足音が響いた。石畳がきしみ、街道樹の葉が微かに震える。遠くの地平から、黒い影が列をなし、ゆっくりと近づいてくる。
最初にそれを見たのは、外縁の哨戒に立っていた境界士だった。彼は目を凝らし、そして息を呑む。
「……あれは――」
背丈が塔ほどもある巨躯。皮膚は剥がれ、黒赤い筋が露出し、目は空洞のまま光を飲み込む。ゆっくりと、しかし確実に歩むその足取りは、地鳴りのように街へ近づいていた。
巨屍。崩壊で死んだ人間や境界守の死体を再利用して作られた、主の眷属。
*
警鐘が鳴り響き、境界守が出動した。アルマの指揮で小隊が展開し、ガランが前列に立つ。イオは後方で記録結晶を起動し、セラは修復の準備を整える。篠森蓮は後衛に位置づけられ、動向を観察するよう命じられた。
「前衛、足を止めるな。膝を落として切断。核は胸腔奥だ」
アルマの声が冷たく響く。巨屍の群れが街門手前に到達し、停止した。次の瞬間、胸腔が開き、黒い糸のようなものが無数に溢れ出す。それらは地面を這い、触れた石を腐らせた。
「近づくな! 糸に触れるな!」
ガランが吠え、巨刃を振り下ろす。最前列の巨屍の膝が砕け、巨体が傾いだ。その隙に境界士たちが突撃し、胸腔の奥を狙う。だが、切り裂かれた肉の隙間からは影獣が生まれ、反撃してきた。
戦場は混沌に変わる。巨屍の腕が通りを薙ぎ払い、石造りの家屋が粉砕される。セラが光壁を展開して被害を抑えるが、負荷は凄まじい。イオが符を投げ、糸の進行を抑える陣を描く。
「核の波長、主系。……それも“元境界守”の残滓を媒介にしている!」
イオの叫びに、蓮の胸が凍りつく。巨屍の胸腔に、見覚えのある紋章片が埋め込まれていた。かつての仲間の痕跡。修復に還ったはずの命が、敵として再利用されている――。
「やめろ……返せ……」
蓮の喉が嗄れた。胸の奥で赤黒い波がうねる。視界の端に、若い境界士の面影が一瞬よぎる。橋で命を捧げた青年。彼に似た痕跡が、巨屍の胸に貼りついていた。
「篠森、下がれ!」
アルマの声が飛ぶ。だが蓮の足は前に出ていた。巨屍の腕が振り下ろされ、影が覆いかぶさる。ユリスの叫びが風を裂く。
「蓮!」
瞬間、赤黒い衝撃が蓮の掌から迸った。巨屍の腕が弾け、黒い筋が霧散する。蓮は膝をつき、息を荒げた。胸の奥で、囁きが笑った。
――良い。そうだ。おまえは、こちらだ。
*
戦いは長引いた。ガランの巨刃が次々と核を断ち、セラの修復が倒壊を防ぎ、イオの陣が糸を焼いた。アルマの指揮は正確で、巨屍の群れは次第に数を減らしていく。
最後の一体が膝をつき、胸腔が閉じる前に、ガランの刃が深く突き刺さった。巨体が崩れ落ち、静寂が戻る。
だが、静寂は安堵ではなかった。地面には黒い糸の残滓が蠢き、胸腔には剥がれかけた紋章片が貼り付いている。セラは震える手でそれを外し、胸に抱えた。
「……ごめんね。戻れなかったんだね」
蓮は拳を握り締め、歯を食いしばる。自分たちの犠牲が、敵の武器へと堕ちている現実。喉の奥で、怒りと嫌悪が混ざり合う。
「記録を続ける。――これは、決して忘れてはならない」
イオの声が、いつになく硬かった。アルマは頷き、短く命じる。
「撤収。残滓の焼却を徹底しろ。……二度と同じものを街に入れるな」
蓮は振り返らずに歩いた。胸の奥で赤黒い波が暴れ、耳の奥で囁きが続く。
――見たか。おまえの世界の“修復”の末路を。
蓮は唇を噛み切り、血の味で意識を繋ぎ止めた。
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