浜辺の粘菌 Slime on the beach

外山淑

孤独

第1話 覚醒(1)

 背中が熱い。焼けるようだ。背中の熱さで目が覚めた。

 眼を開けると目の前が砂だ。濃厚な磯の匂いが鼻を突く。自分は砂浜にうつ伏せになっている。波打ち際に横たわり、腰のあたりまで水に浸かっている。

 太陽が照りつけてしばらく経っているようだ。

 背中が熱い。だが、背中以外は冷えきっていて感覚が無い。

 頭をもたげて周りの様子を見ようとした。そして、気づいた。自分は何も身に着けていない。

 周りを見回しても、服とおぼしきものはどこにも見当たらない。

 自分は左右に長く伸びた砂浜に横たわっている。周りには誰もいない。自分の近くには流木や海藻などがかなり打ち上げられている。

 自分は何故こんな所にいるのか?船に乗っていて嵐で遭難でもしたのか?それならなんらかの服を着ているはずだ。

 まったく訳が分からない。

 いや、自分がここにいる理由どころか、自分についての記憶がない。

 自分は一体誰なのか?

 思い出せない。

 しかし、今、大切なことは自分が誰かについて思い悩むことじゃない。この冷たい海から離れ、身の安全を確保することだ。

 ひとまず、砂浜の上の方に向かおうと、身を起こした。


 何かがおかしい!体に違和感がある。

 胸が揺れている。

 自分に胸がある。いや、乳房がある!

 自分には乳房は無かったはずだ!

 今の自分には、はっきりとした記憶が無い。しかし、自分の乳房が揺れることにこれだけ違和感がある。これは以前の自分には乳房が無かったからだ。

 自分は男だったはずだ!

 慌てて自分の股間を見る。寒さで萎えて小さくはなっているが陰茎はしっかりある。陰茎を摘んでその後ろを確認する。固く縮んでいるが陰嚢がちゃんとある。陰嚢をまさぐてみる。大きな睾丸が二つ確認できる。睾丸が大きい。自分の睾丸はこんなに大きかったか?

 他にも違和感がある。陰嚢の後ろが何か変だ。

 右手の指を陰嚢の先に進めていく。鋭い刺激を感じた。小さいけれど敏感な突起に触れたのだ。

 突起の奥に更に指を進める。指は濡れた粘膜の穴に入り込んだ。同時に体の中に異物が入り込んだ異様な感覚がした。肛門に異物が入った場合とは全く違う感覚だ。

 左手で尻の方から確認する。肛門に触れた。肛門は別にある!右手の指が入り込んだのは、明らかに、女性器の膣だ。その前の敏感な突起は陰核だ。

 この身体には男性器も女性器もある!自分は両性具有だったのか?

 いや、自分は自分の体に乳房や膣があることに驚いている。しかし、陰茎があることには驚いていない。そう、女性器があることに対してだけ強烈な違和感がある。したがって、以前の自分は男性だったはずだ。

 自分は誰なのか?いや、今の自分は、元の自分とは明らかに違う体になっている。だから、自分は誰だったのかと言うべきか?


 改めて自分の体を確認してみる。肌は白く傷跡一つ無くなめらかだ。かなり若い体だ。十代後半か二十代前半といったところか。こんなふうに、かなり若いと感じるのは、以前の自分がもっと歳をとっていたからだろうか?

 乳房はかなり大きい。手で覆ってもかなりの部分がはみ出てしまう。乳暈は寒さで収縮している。乳首は寒さのためか硬く勃起している。乳房を揉んでみると柔らかく自然に形を変える。外科的な手段で大きくしたような不自然さはない。膣口の辺りもまさぐってみる。不自然な引きつりなどは感じられない。やはり、外科的な方法で後から作られた感じはしない。

 ただ、乳房は堅く張り詰めた感じがする。表皮が伸び切って余裕がないような感じだ。この乳房は全く垂れておらず、つい最近膨んだようにも思える。もしかしたら、この体の年齢は、さっき考えた年齢より若いのかもしれない。十代半ばか、あるいはもっと若いか。そういえば、陰毛もかなり細くて薄いように見える。この陰毛は生え始めたばかりの可能性もある。あるいは、体質的に体毛が薄いのかもしれない。


 待て待て。今一番大事なことは、自分の体について考察することじゃないだろう。まず、この場所がどこかを確認することだ。そして、自分の身の安全を確保することのはずだ。

 砂浜の上部に向かって歩き出しす。動くたびに揺れる乳房に違和感を感じながら。

 砂浜の一番高い所に立ち、辺りを見回す。砂浜の向こう側には丈高い草が深く生い茂った草原が広がっている。いや、よく見ると下に水がある。草原と言うより湿原のようだ。その湿原の1キロほど先に、山がいくつか連なっている。今、太陽を背にして見ているから、向かって左側が西のはずだ。山の西側はなだらかに低くなっていき、山が途切れているように見える。対して、東側は、いくつもの山が連なり、山の端が見えない。湿原の向こう側には民家や建物などは見えない。道路すら見えない。人工物が一切見当たらない。つまり、この辺りに人が住んでいるような気配は全くない。

 今の自分は何も身につけていない裸の状態だ。目の前にある丈の高い草が生い茂った湿原を横断することは無謀だろう。取り敢えず、山が途切れているように見える西の方角に、砂浜を伝って行ってみることにする。

 こんなに人の気配のしない場所では、蛇、いや、もしかしたら、もっと大きな危険な動物に出会う可能性がある。

 浜辺に打ち上げられていた流木の中から適当な木を選び、余計な枝を払い、2メートルほどの長さの棒にした。とりあえず、これを身を守る武器として持っていこう。

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