第8話 夏合宿、月明かりの下で

八月上旬、絵に描いたような入道雲が広がる青空の下、蝉の声がまだ覚醒しきってない脳みそをつんざく朝。今日は文芸部の創作合宿の日である。


朝から皆で駅で待ち合わせ、そこから電車に乗っていっしょに目的地へ向かう予定だ。


俺はと言うと、少しだけ寝坊してしまった。少しだけね。


「あ、やっと来た〜。朝から荷物持たせたまま待たせるなんて酷くない〜?ねぇ」


「へいへい、悪い悪い」


「あのさ……あんまり態度悪いと、そろそろ読者からヘイト溜められても知らないからね」


「急にメタ発言するなよ……」


「なんだ、朝から漫才か。今日は騒がしい日になりそうだ。」


そういえば多喜さんの姿見えない。彼女も寝坊だろうか?

すると、改札の方から声が聞こえてきた。


「あ、あのー!私はここです〜!」


「あ、多喜さん、もう改札入ってたの?」


「は、はい……実は先に着いてたんですけど、ちょっとトイレ我慢できなくて……」


「ふむ、全員揃ったし、行くとしようか」


「部長、そっちは逆のホームです」


電車に乗り込み、ボックス席へ腰掛ける。車窓からは、夏の非日常へ誘う景色が爽快に流れて行った。


「部長の私服姿、初めて見たんですけどカッコイイですね」


黒のノースリーブトップスに黒のワイドパンツ。首元にはシルバーアクセサリーと頭にはサングラスをつけている。


「黒ずくめの女と呼んでくれ」


「コ〇ンじゃ無いんですから」


多喜さんは大人しめのワンピースで、歩実はこの前のショッピングモールで俺と選んだやつ。


しばらく電車に揺られると、気が付けば車窓には海が広がっていた。

この夏初めて見る海。一瞬童心に返ったようなワクワク感を覚えて、心の中で小さくはしゃいだ。


「宗助!!海!!見て見て!!」


「見てるって、すげぇ青いな……」


二人で窓に張り付いて、無限に広がる青を見ていた。

すぐに電車は目的の駅に到着し、そのまま歩いて宿に向かった。


今日泊まる宿は、海の近くの民泊。

木造二階建ての小さな宿は、外壁が潮風にさらされて少し色あせていた。しかしその古びた感じが不思議と落ち着きを覚えさせる。


引き戸をがらりと開けた瞬間、ひんやりとした空気と共に、木の香りが鼻をくすぐる。


「ノスタルジックな感じがして、なんか落ち着きますね。なんかタイムスリップしたみたいで」


「ふむ、昭和四十年代を思い出すな都市の高層ビル化が進む中、地方はまだ木造建築の長屋が建ち並んでいた。」


「あんたいつの時代の人ですか?」


チェックイン前に荷物を預けてもらい、身軽な状態で海へと繰り出した。


ここはほとんど地元の人しか来ないような、穴場の海岸だ。個人経営の海の家はあるが、ライフセーバーは配置されていない。完全自己責任の海水浴場だ。


海の家に、近づくと、気前の良さそうなオヤジが声をかけてきた。


「シャワーロッカー付き一日、千五百円ね、毎度あり!」


まだ何も言ってないのに、利用することになっちゃった。まぁこことあともう一つくらいしか海の家はないから別にいいけど。


各々着替えを済まし、ゴザの上に集まった。みんなの水着姿は初めて見る。


「宗助!!私以外を除いて、誰の水着姿が一番かわいい?」


「それ選択肢お前しかないじゃん」


「え?ほんと!?ありがとう〜!!さすが幼馴染みね」


これは俺がつっこむことで、「いや、そんなのお前しかいないよ……」みたいな感じで、あたかも自分に投票したかのような言い方を誘発する高等テクニックたった。俺はそれにまんまとやられてしまった。


しかし歩実は満足している様子なので、良しとした。


海へと近づき、子供のように無邪気に走り出す歩実。

足元の水面が空を反射して、太陽の光を浴びた姿が一瞬だけ眩しく見えた。


「ほれ、浮き輪だ。皆使うと良い」


部長が人数分の浮き輪を手渡した。俺はそれに乗ってプカプカ浮かぶ。

多喜さんも同じように浮かんでいた。水に濡れた生脚がスラッとしていて、ちょっとドキッとした。


「こうして浮かんでいるだけでなんか気持ちいいですね」


「あぁ、たまにでかい波が来るとひっくり返るけどな」


「ふふ……」


俺も笑おうとしたその時、波が来ていないのに俺は浮き輪ごとひっくり返った。


「あっはは!無様だね〜!!」


歩実の仕業だった。水面から上がると、ケラケラと笑ってこっちを見ていた。


「やっていい奴は、やり返される覚悟のあるやつだけだ……」


「えっちょっ……」


俺は静かに歩実に近づき、プロレス技のボディスラムの要領で歩実を抱き抱えた。


「あ〜〜〜!!!!」


そしてそのまま、水面へドボン。

もちろん優しくね。


「ゲホッゲホッ!水飲んじゃったよ〜!!」


「知るか、二度と俺の平穏を脅かすなよ」


「酷い〜!!」


「気を付けるんだぞ。人は水深三十センチもあれば溺れると言うからな」


部長が二人分の浮き輪を持ってやってきた。歩実が一つ受け取り、穴におしりをはめて浮かぶ。


四人で浮き輪に浮かんで漂っていたが、時折高い波が来た時に皆吹き飛ばされて沈んでいった。


「皆、見ていてくれ」


俺は浮き輪の上にうつ伏せになるように乗り、波が来るのを待ち構える。


「上乗っていい?」


「ダメだ」


そして一際高い波が来た。うねりが崩れ、白波が立つ位置で体勢を整える。


「いまだ!」


すると、十メートルほど浜の方へと波に乗ったまま流れた。疑似サーフィンというわけだ。


「何それ!私もやる〜!」


歩実も同じように浮き輪に乗り、並を待ち構えた。そして大きな波が来る。


「おぉぉぉおおおお〜〜〜!!!」


俺と同じように並に乗ることが出来ていた。しかし距離は俺の方が上だった。


「宗助に勝つまでやる〜!そこにいてよ!」


「俺ここから動けないの?」


早く終わらせたかったので、ちょっとずつ距離を詰めた。


「やった〜!宗助追い抜いた〜!!」


「良かったね」


その後は皆で少し深いところまで行ったり、波打ち際で砂に埋まったりしてた。


「あれ、もうあんな所まで波が来てる〜」


「あぁ、ちょうど満ち潮土器なんだろうね」


浜に戻る途中でそんな話をしていたその時、


「いたっ!なんか足がチクッとしました!」


「ふむ、クラゲか?」


後ろの方で多喜さんが声を上げた。

浜にあがり足を見ると、赤く腫れているところがあった。


「あちゃー、これはクラゲちゃんだね〜」


「私は大丈夫なんですけど……み、皆さんも気をつけてくださいね」


正直俺は、クラゲに刺された女の子を放っておけなかった。


「俺、民泊に薬ないか聞いてくるよ」


ビーサンを履いて、水着のまま俺は民泊まで走った。暑さと風で体はほとんど乾き、砂もポロポロと落ちた。


数分後、再び海の家に戻った。民泊に薬があった。


「お待たせ、薬もらってきたよ」


「あ、ありがとうございます……」


刺された箇所は、太ももの内側。多喜さんには少し足を開いてもらって、その隙に俺が素早く塗った。


別に俺が塗らなくてもいいんじゃないかと思ったけど、流れでそうなった。


「時間が経つと、少し痒くなることがあるらしいけど辛抱してね」


「は、はい……あの、」


多喜さんが何かを言いかける。


「わ、私のために、わざわざありがとうございます……」


少し申し訳なさそうな表情でそう伝えてきた。


「前にも言っただろ?頼ってくれって。」


すると、俺と多喜さんの会話を横でジーッと見ていた歩実が声を上げた。


「私もクラゲに刺されに行こうかな!!」


「薬は自分で塗れよ?」


「え〜!?」


すると海の家のオヤジが話しかけてきた。


「今年はちょーっとクラゲの数が多いんでさ……泳ぐのやめておいた方がいいかもしれんぞ?」


「ふむ、ならば今日は昼飯を食べて引き上げるとするか」


結局海で遊んだ時間はわずかだったが、久しぶりにはしゃいだ気がして楽しかった。それに、みんなの水着姿を見る機会なんてそうそうないからね。


その後は宿に戻ってくつろいだり、周辺をブラブラ散策して食べ歩きとかをした。部長が張り切って、リサーチしていたクレープのお店を紹介してくれた。意外と乙女なところがあるんだなこの人。ていうか創作はしなくていいのか創作は。


夕方になり、宿の食堂で夕食を食べる。

この辺の海で捕れた海産物をふんだんに使った料理で、一人暮らしでは到底手が出せないようなご馳走が沢山並んだ。


「こ、この刺身美味しいです……!」


「ほんと美味しすぎる〜!!あ、宗助いらないなら貰うよ」


俺の皿に箸を伸ばしてくる歩実。


「やめろ、俺は好きなものは最後にとっておくタイプなんだよ」


「分かるぞ、私もだ」


「……千切り大根好きなんですか?」


夕食の時間はとても和やかな空気に包まれた。広い食堂ではなく、他に宿泊客もいないみたいでほとんど俺たちの貸切だった。


オーナーさん自ら台所に立ち、料理を奮ってくれた。時々顔を出して、「美味しいかい?」と気さくに話しかけてくれたので、感謝の限りを伝えた。



――夕食を食べ終わり、風呂に入った。日焼けの後が染みたが、その分沢山遊んだという証だということで一人で納得していた。


風呂から上がると、廊下の洗面台で歩実がドライヤーで髪を乾かしていた。

幼馴染みのそういう姿を見るのも、久しぶりだ。


「疲れたな、今日は」


「えへへ、でも楽しかったね」


二人で洗面台に並び、髪を乾かす。


「ねえ、私ここ蚊に刺されちゃったの。薬塗って?」


そう言って左のふくらはぎを俺に見せてくる。


「いや、自分で塗れよ……」


「やだ!私は宗助に塗って欲しいの〜!!」


「分かったよ……だからもう静かにしろよ?」


渋々、持参してきたムヒを歩実の蚊に刺され跡に塗る。


「ん……なんか人に塗ってもらうの変な感じ……」


「変な声を出すな」


そしてその後は皆で持ってきたボードゲームをして遊んだ。特に偉人の名前を右手、胴体、左手で分けたカードを組み合わせて変な名前を付ける遊びとか面白かった。

多喜さんは終始太ももをもじもじさせていた。クラゲに刺された跡が痒かったんだろう。


「ではそろそろ寝るぞおやすみ」


寝る時間になり、部長はさっさと寝てしまった。

皆で田んぼの田みたいな形で布団を敷き、歩実は当然俺の隣。


消灯し、布団に入る。


「ほんとに、一緒の布団じゃなくてもいいの?」


「なんで疑問形なんだよ」


小声で話していた歩実も、気付けば寝ていた。流石に遊び疲れたんだろな。


俺はと言うと、なんか落ち着かなくて全然寝れなかった。それでも目を閉じ、何とか寝ようとする。



――目が覚めた。スマホを見ると、2時。

変なな時間に目が覚めてしまったと思い、スマホを置いて再び寝ようとすると、頭上から小さな声で名前を呼ばれた。


「……甘城君」


多喜さんだ。そういえば俺の事君付けで呼ぶようになったんだ。

いや、そんなことより、多喜さんも眠れないんだろうか。


「多喜さんも、眠れなかった?」


「はい、その……」


太ももの内側を抑えながらもじもじしていた。


「か、かゆいのもそうなんですけど、その……」


落ち着かなさそうな様子でこちらを見る多喜さん。


「気晴らしに外でも歩くか?」


「そうしましょうか」


そして静かに民泊の外へ出る。チェックインの時に玄関の鍵を渡されていたので、門限は特にないとの事だった。


「なんか、悪いことしてる気分ですね……!」


「まぁ、鍵渡される事なんて珍しいしな」


海の方まで歩くと、二人で堤防に腰掛けた。月が海に反射していて神秘的な景色だ。

潮風が心地よく、夜なのに月のおかげで不思議と明るくて、幻想世界に迷い込んだようだった。


「ここでなら寝ちゃってもいいかもですね……」


「あぁ、まるで外にいるような開放感だしな」


「外にいるじゃないですかっ!」


部長のボケぐせが知らず知らずのうちにうつってしまっていたらしい。

隣でふふっと微笑む多喜さんは、月の光に包まれてどこか妖精のような雰囲気があり、少しドキッとした。


「あの……甘城君、」


「な、なに?」


目を合わせずに、彼女は言いずらそうに口を開いた。


「甘城君は……す、好きな人とかいるんですか?」


「え?いないけど……」


「そ、そうですか……」


多喜さんは顔を赤らめていた。月明かりのおかげでよく見える。


「私、文芸部に入ってから……甘城君に会ってから、色々変わったんです」


「今まで自分を押し殺しながら生きてきましたけど、その必要は無いんだって気付かされました」


改まって、真剣な顔をして語り出した。俺はそれを静かに聞いていた。


「甘城君は、私にとって大切な人なんです……。と、友達として!」


勇気をだして伝えてくれたと思った。彼女との付き合いはそこまで長くないし、俺も女子の友達は幼馴染みの歩実を除いて多喜さん一人だけだし。


そういう訳か、歩実と比較してしまうんだよな。そして比較した時に、多喜さんの真っ直ぐさと言うか、大切なものやことに気付いて、そこに向き合う健気な姿支えてやりたくなるような感じがした。


「うん、俺も多喜さんと友達になれて、良かったも思うよ。多喜さんのその真っ直ぐさに、俺も心打たれたし」


すると彼女は顔をより赤らめて照れだした。


「あ、ありがとう、ございます……」


そして太ももの内側をかきだした。かきすぎて赤くなっている。


「赤くするのは、顔だけにしときなよ」


「な、なんか、今日の甘城君、様子おかしいですよ?」


潮風を浴びながらしばらく二人で話していた。

さざなみの音が心地よく、次第に眠気を誘っていった。



翌朝、部屋の布団の上で目を覚ますと、歩実が俺の布団に体半分乗っかっていた。かなり寝相が悪いらしく、浴衣も乱れてめちゃくちゃ無防備な姿を晒していた。


パシャリ。と、俺はスマホでその姿を撮影した。これでこいつの弱みをひとつ握った訳だ。


部長はいつの間にか起きていて散歩にでも行っていたのか、カチャリと扉から部屋に入ってきた。


「おはようございます、早いんですね」


「あぁ、早朝の散歩をしていた。中々気持ちが良かったぞ。」


続いて多喜さんが起きる。少し眠そうにした様子で目をこすっていた。


「おはようございます……むにゃ」


「高城とやらは……何と品の無い寝方をしている」


部長は歩実に近づき、鼻をつまんだ。しばらくすると歩実が苦しそうにして目を覚ました。


「なんか溺れる夢見たんだけど……あれ、皆おはよう……」


「お前、寝相悪いんだな」


俺はスマホの画面を歩実に見せた。

すると歩実はしばらくそれを見つめた後に、顔を赤らめながらこんなことを言ってきた。


「宗助……わ、私でよければ、いっぱい使っていいからね……?」


俺はすぐに写真を消した。


その後朝食を食べ、宿をチェックアウトした。

そして帰る前に水族館に行った。


「水族館って、薄暗いけど水と光の演出が綺麗で、心が浄化される感じがしますよね……!」


多喜さんがはしゃいでいた。水族館が好きらしい。


「でも人が多いね〜水槽全然見えない。宗助、肩車」


「俺は別にいいよ??お前はほんとにここで肩車されたいか?」


「うぅ……」


順路に沿って進むと、クラゲコーナーに入った。


「多喜が刺されたクラゲは、どんなやつだったか」


部長が多喜さんに尋ねた。


「姿は見てないです……。あ、思い出したらまた痒くなってきた……」


カラフルにライトアップされたクラゲ水槽を見ながら、昨日のことを思い出して少し顔を赤らめた多喜さんだった。


その後は定番のイルカショーやシャチショーを見て、お昼を食べた。

少しゆっくりして、夕方になる前には帰路に着いた。


帰りの電車では、皆がそれぞれ撮った写真を見せ合いながらワイワイしていた。


「えへへ……」


歩実がスマホの画面に微笑みかけていた。

チラッと除くと、歩実が無理やり撮った俺との自撮りだった。

海の家で俺が焼きそばを食べている時に、いきなり横からくっついてきて一枚撮ってきた。


「そういや、皆で自撮りとか撮ってなかったな」


「じゃあ、今撮ろうよ!」


歩実がスマホを構えて皆を画角に入れる。

部長は顔だけ画面に向け、多喜さんと俺はピースをする。そして歩実は笑顔を作り、パシャリと一枚シャッターを切った。


結局、今回は創作合宿の「そ」の字も無く、普通に遊んでただけだったけど、夏の思い出としてしっかり心に刻まれた。


「あのさ宗助、今回は夏合宿の回だからって、尺使いすぎじゃない?」


「だから、メタ発言やめろよ……」

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