第21話
D野佐浦の示した自信に、一郎はかえって不安をおぼえた。
謎というものには、確かに読者を牽引する力があるが、それだけに結末で読者の期待を裏切ったときの反動は大きい。最後の種明かしに「ふざけるな」と思った作品などいくらでも挙げられようというものだ。この「どぐ☆まぐっ!」の破天荒さは、そうなる可能性を大いに示唆していると一郎には感じられた。
「……まあ良いです。続きは楽しみにしていますから。また区切りの良いところで呼んでください」
それは一郎の本心だった。この無軌道な小説がどこへと向かっていくのか、その成り行きには純粋に興味を惹かれていた。
どうもカクヨム上での「どぐ☆まぐっ!」はPV、♡・☆の評価ともに奮っていないらしい。数少ない熱心な――と信じて――読者である自分は、それを最後まで見届けなくてはならないだろうという、自負のようなものさえ生まれていた。
「ああっ、その言葉、沁みるねえ。続きが楽しみだなんて、作家へ送る褒め言葉としては最上級だよ。君に声をかけて、本当に良かった」
満足そうに、D野佐浦は天を仰いだ。
「ところで、あれからご両親とはどんな感じだい」
一郎はかぶりを振った。
「どうもこうもありませんよ。相変わらず両親とも帰りが遅くて、朝は早いので、あまり会話する時間もありません。特に変わりはないですね」
「そうかい。相変わらず大変そうだね」
「あっ、でも、ライトノベル作家と知り合いになった、っていう話を両親にしたら、目を輝かせていましたよ。それで、D野佐浦錠って名前を伝えたら、カクヨムで検索して、短編をいくつか読んだそうです。何が言いたいのかわからない作品ばかりで気味が悪かったって言ってました。危ないからそんな不審者とは金輪際付き合うな、とも言われました」
「……」
D野佐浦は流石に気まずそうに唇を歪めた。
「まあ、作品についての評価は人それぞれ……ということにさせてもらおうか。悪名は無名に勝るという格言もあるわけで……」
自己欺瞞めいた口振りに一郎は哀れみをおぼえた。両親にこう言われたのは事実だったが、わざわざD野佐浦に伝えない方が良かっただろうか。
「しかし、不審者か……いや、客観的にみて私が不審者であることに疑いの余地はないのだが……アパートの一室に純粋な男子中学生を連れ込んでいることだし」
「まあ、その言い付けを破ってぼくはここに来ているんです。それだけ、D野佐浦さんの小説を読むのが楽しみだったと思ってください」
「はは、君に励まされていちゃあ世話はないな。私はそういうのにコロッと落ちてしまうタイプだぞ。気を付けなさい。勢い余って手を出してしまうかもしれないぞ」
「……D野佐浦さんが本当に真剣にデビューを目指しているなら、そんなことで未来をふいにしたりはしないって、信じてますから」
「どうかな。君が私を訴えたりするはずがないとみて、実力行使に及ばないかどうか……賭けてみるかい」
D野佐浦はローテーブル越しにぐいっと身を乗り出して、挑発的な視線を一郎に送ってきた。
「信じるという行為と、賭けるという行為は、論理的には全く同じ意味である――と最近読んだ小説に書いてありました。ぼくの考えは変わりませんよ」
一郎はD野佐浦の挑発をさらりと躱した。
一郎にとって、D野佐浦は絶世の美女であるものの、既に委縮を感じるような相手ではなくなっていた。
「ははは、こいつは一本取られたな」
とD野佐浦は爽やかに笑った。
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