神の詩

 遥か古より存在する神獣の一柱としてかの存在は畏怖されていた。

 紫暁豊獣しぎょうほうじゅうオハム。普段は何者にも気づかれる事なく静かに眠り続け、目覚めれば自らの縄張りを睥睨する。


 歩いた後には豊かな土壌を作り出すという側面もあれば、去った後には死の大地が残るという側面もある。いずれの逸話も共通するのはかの神獣が進んだ後に残されるもの、その影響の話のみ。


 何故か? それはかの神獣と相対し生き残れた者がいないとも、そもそも対峙することなく歩むだけとも、真偽はハッキリしない。

 そんなオハムの逸話は死の土地ダストにも伝わっている。かつて豊かさをもたらし、そして死を与えた二つの側面を以て。


「オハムが大地を歩む事で数多の生命育む土地を生み出し、その後間引きをするかのように死をもたらした……だがオハムのもたらすものはあくまで循環の一つ、恵みを与えつつも時に荒ぶる自然と変わらんのだ」


 スア村の長老ルガルの言うように、神獣が災害のようなものというのは話を聞くエルクリッド達も重々承知している事だ。彼らはエタリラという世界を守るもの、その調整をするものたち。

 その営みが悠久の時を経て繰り返されてきたのは間違いなく、今もそれは変わらない。だがそれに変化が起きる事もあるのを、ルガルはダストが貧しい土地となった出来事をゆっくりと伝え始める。


「わしが幼い頃、村のリスナーの一人が神獣に認められその力を使おうと言い出した。ちょうどオハムが通過して豊かさが失われた直後なのもあり、その力で再びと考えたのだろう……しかし、その神獣の力がもたらしたのはオハム以上のものであった」


 微かに膝に手を置く手を震わせながらルガルが何かを思い浮かべ恐れているのがシェダにはすぐに伝わった。それはシェダも知るかつての過ち、神獣の力を理解しきれなかった故に振りかかった災い。


「その神獣の名は青月寧魔せいげつねいまアヤミ……かの神獣の力は流転を司り、オハムの力を打ち消すと共に永遠の死をダストにもたらし、オハムも訪れなくなった。それからは……シェダ、お前も知ってのとおりだ」


 ぐっと手を握り締めつつも過酷な生活を思い返すもシェダは静かに頷きつつ、自分が体験した貧しく辛い日々を思い返す。それでも残った者達がいて、何が何でも生きようとして過ちに走る者もいた、飢えに苦しみ死に絶えた者もまた。

 地の国の支援が行き届くようになってようやくまともな生活が、と言ってもやはり自分達の住む土地で作物を育てる事などが叶わない以上は、根本的な解決とは至らない。


 だがそれを変える事のできる手段が今、シェダの手にある。無論そうなるかはハッキリとしない、また成したとしてもその後どうなるかというのもある。

 そんな事をシェダ達が考えていると、葉を咥えながらセレファルシアがある詩を口ずさむ。


「星は影を消し、影は流転を呑み込み、流転は盛衰を崩壊させ、盛衰は生命を氾濫させ、生命は星を滅ぼす……」


「セレファルシア、その詩は確か……」


「あとはてめぇらで考えろ、オレはここに仕事をしに来て用は済んだ」


 タラゼドがセレファルシアの詩を理解し訊ねかけるも、その前に彼女は外へ出て立ち去ってしまった。とはいえ助言を残してくれたあたりはありがたいと思いつつも、新たな疑問がエルクリッド達に浮かび、だが何かにノヴァが真っ先に気づいてタラゼドの方へ向く。


「タラゼドさん、さっきの詩って確か僕の家にある本の……」


「よく気づきましたね、さすがです。セレファルシアが口にしたのは神の詩と呼ばれるものの一節……わたくしも解読していたので覚えています」


 神の詩、その一節と呼ばれるものはエルクリッドもノヴァの実家にて見た古い書にあったのを思い返す。古代文字で書かれていたものを感覚的に読めたのは、今にして見ればエルフの血や火の夢エルドリックの力がさせたのだろうとも。


 一方でセレファルシアの口にした詩の意味については、三竦みのようなものというのは何となく想像がつき、そこからさらに推理を進めていく。


「神獣に当てはめると星、は多分イリアだよね。そんで影はウラナ、盛衰はオハムで流転は……多分アヤミ、生命がエトラ、かな? そんで詩の意味はそれぞれの力の優劣みたいな?」


「その当てはめ方で言えば、オハムの力に対してアヤミの力が優勢と言えるのでしょう。そしてアヤミに対し優勢なのがウラナの力……確かにそれならば、オハムがダストに来なくなった理由も説明がつきますね」


 それぞれが抑止の関係となっている。エルクリッドの推測にリオが意見を述べつつ思い返すのは、サレナ遺跡にて神獣イリアとウラナが相対した時の事だ。

 力は拮抗していた所へ十二星召デミトリアが圧をかけたところ、ウラナが身を引きイリアが残った。それもまた優劣によるもの、星は影を消すというのに当てはまると言える。


 さらに思考が進み、シェダはそれらを聞いて先をさらに読み進めた。


「って事は、ウラナでアヤミの力を無力化すりゃまたオハムが来るようになる。でも、神獣に縄張り意識みたいなのがあるとしたら、オハムとアヤミが同時にってのはあるかもしれねぇ」


 神獣二体を相手取る可能性。あくまで可能性の範囲ではあるがあり得ない話ではなく、またそれに伴い周辺への影響その他の可能性はあり得るだろう。


 そうした事を考慮してやらねばかつての繰り返し、それ以上の災厄となりかねない。エルクリッド達が注視する中で目を瞑りシェダは考え、そして決断する。


「長老、俺はダストの呪いを解きます。そんでもしもの時は、何とかします! その為に村を出て修行してきたんすから!」


 

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