第7話 『六本木ヒルズ最上階の復讐劇』 ⑥「転落の始まり」


買収から一週間後、旧ネクストイノベーション本社。


今は『グローバルテック六本木オフィス』の看板が掲げられている。


「藤原翔太さん、こちらにサインを」


人事部長が冷たく書類を差し出した。解雇通知書。そして、もう一枚の書類が翔太を絶望させた。


『競業避止契約に基づく就業制限通知』


「5年間、IT関連企業への就業、起業、コンサルティング、全て禁止です」人事部長が淡々と説明した。「違反した場合、違約金5億円を請求します」


「5億!?そんな金額……」


「あなたが在職中にサインした契約書に明記されています。まさか、自分に適用される日が来るとは思わなかったでしょうが」


翔太は震える手でサインした。年収2億円のCEOから、一瞬で無職になった。


「退職金は?」


「懲戒解雇相当の事由があるため、ゼロです」


「懲戒解雇!?」


「佐藤香織氏との不適切な関係。会社の資産を私的流用した疑いもあります」


隣の会議室では、香織も同じような場面を迎えていた。


「佐藤香織さん、あなたの経歴詐称が発覚しました」


法務部の女性が書類を突きつけた。


「T大学MBA取得とありますが、実際は通信教育の修了証でした。これは明確な詐称です」


「そ、それは……」


「さらに、インサイダー取引の疑いもあります。買収発表前日、あなたは持ち株を全て売却していますね?」


香織の顔が青ざめた。


「即刻解雇です。なお、金融庁にも報告済みです」


二人が会社を追い出される頃、私は38階の新オフィスにいた。


「高橋部長、おはようございます!」


かつて翔太の部下だった社員たちが、次々と挨拶にくる。


「山田さん、プロジェクトの進捗はどう?」

「順調です!高橋部長の指示通り進めています」


彼らの態度は180度変わっていた。当然だ。私は今、彼らの上司なのだから。


「そういえば」広報部の女性が近づいてきた。「藤原前CEOと佐藤さん、今日付けで解雇されたそうですね」


「あら、そう」私は関心なさそうに答えた。「過去の人のことは、どうでもいいわ」


午後、エレベーターホールで翔太と鉢合わせした。段ボールを抱えた惨めな姿。


「結衣……いや、高橋部長」


翔太が皮肉を込めて言った。


「藤原さん」私は微笑んだ。「お疲れ様でした」


「これで満足か?」


「満足?何のことかしら」


エレベーターが到着した。私が乗り込もうとすると、翔太が腕を掴んだ。


「お前が仕組んだんだろう!」


その瞬間、セキュリティが駆け付けた。


「高橋部長、大丈夫ですか?」


「ええ、大丈夫よ。藤原さんは出て行くところだから」


翔太は腕を離した。


「IT業界で働けないなら、どうやって生きていけと言うんだ」


「さあ?飾りだった私が考えることじゃないわ」


エレベーターのドアが閉まる間際、付け加えた。


「でも、5年前のあなたのように、一から始めればいいんじゃない?あの頃は、何も持ってなかったでしょう?」


翔太の表情が歪んだ。


その夜、私は六本木ヒルズ最上階のかつての自宅を訪れた。


翔太はもうここには住めない。家賃月200万円を払える収入はもうない。


部屋は既に半分片付けられていた。翔太と香織の写真が、ゴミ袋に捨てられている。


窓から東京の夜景を見下ろした。


『飾りは綺麗に磨けば、宝石になる』


父の言葉を思い出す。


翌日、ネットニュースが報じた。


『元ネクストイノベーションCEO藤原翔太氏、再就職先見つからず』

『佐藤香織、インサイダー疑惑で芸能界からもオファーなし』


一方、私の記事も載っていた。


『グローバルテック高橋結衣部長、新プロジェクトで売上30%増を達成』


スマホにメッセージが届いた。翔太からだ。


『金を貸してくれ。生活できない』


既読を付けて、ブロックした。


飾りは、もう飾りじゃない。


そして、元CEOは、ただの無職の中年男性になった。


転落はまだ始まったばかりだ。

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