第7話 『六本木ヒルズ最上階の復讐劇』 ④「隠された真実」


世田谷の閑静な住宅街にある、築50年の日本家屋。


父の家は、外見からは想像もつかない秘密を隠していた。


「結衣、よく決断した」


和室で向かい合った父・高橋総一郎は、優しくも厳しい目で私を見つめていた。68歳、白髪交じりの髪、質素な着物姿。どこからどう見ても、普通の老人だ。


「パパ、昨日言っていた筆頭株主って……」


父は立ち上がり、床の間の掛け軸を外した。そこには、指紋認証式の金庫が隠されていた。


「30年間、誰にも言わなかった真実を話そう」


金庫から取り出されたファイルの厚さに、息を呑んだ。


『ネクストイノベーション株式保有状況』


ページを開くと、複雑な投資スキームが記されていた。


「『TK投資事業組合』を通じて15%」父が説明を始めた。「『高橋アセットマネジメント』名義で12%、ケイマン諸島の『グローバル・グロース・ファンド』経由で10%、シンガポールの投資会社で5%」


「合計42%……」


「そう。表向きはバラバラの投資家だが、すべて私がコントロールしている」


頭が混乱した。父の会社『高橋総合投資』は、従業員3名の小さな会社のはずだった。


「なぜ、そんなことを?」


「結衣、お前が翔太と結婚すると言った時、私は反対しなかった。覚えているか?」


「ええ。応援してくれたわ」


「実は、あの時から計画していた」父の目が鋭くなった。「翔太という男が、娘を本当に大切にするか。もし裏切ったら……その時は」


父は新たな書類を広げた。


『グローバルテック 会長 高橋総一郎』


「これは!?」


グローバルテックは、日本最大のIT企業。時価総額5兆円、ネクストイノベーションの50倍の規模だ。


「20年前に創業に関わった。表向きは引退したことになっているが、実際は影から経営を続けている」


父は組織図を見せた。現CEO、CTOすべてが父の息のかかった人物だった。


「パパは一体……」


「日本のIT業界の影の支配者、とでも言うかな」父は自嘲的に笑った。「表舞台は若い者に任せ、私は裏から糸を引く。それが私のやり方だ」


部屋の襖が開き、秘書らしき男性が入ってきた。


「会長、準備が整いました」


会長。父への呼び方が、すべてを物語っていた。


「結衣、翔太は君を『飾り』と呼んだそうだな」


「ええ。ステータスを上げるための小道具だって」


父の顔に、初めて怒りの色が浮かんだ。


「私の娘を飾り呼ばわりした代償を払わせる」


父は電話を取った。


「山田か。明日の役員会で、ネクストイノベーションへの敵対的TOBを提案する」


「佐藤、買付価格は市場価格の1.5倍だ。資金は1500億用意しろ」


「田中、公正取引委員会への根回しを頼む」


次々と指示が飛ぶ。日本経済を動かすような電話が、この古い和室から発信されている。


「パパ、でも翔太は抵抗するわよ」


「無駄だ」父は断言した。「42%の株式を持つ私が賛成すれば、過半数は確実。他の投資家も、1.5倍の買付価格には逆らえない」


「買収後は?」


「翔太は即刻解雇。競業避止条項で5年間はIT業界から追放する。佐藤香織も同様だ。あの小娘の過去も洗った。経歴詐称、インサイダー取引の疑い。すべて表に出す」


父の調査力に驚愕した。


「そして、結衣」父が私の手を取った。「お前にグローバルテックの新事業部を任せたい」


「私に?でも経験が……」


「5年間、翔太を支えてきた経験がある。財務諸表も読めるし、プレゼン資料も作れる。何より、私の血が流れている」


父は窓の外を見た。


「翔太は気づいていないだろうが、彼の成功の半分は君のおかげだ。スケジュール管理、人脈構築、投資家への根回し。すべて君がやっていたことを、私は知っている」


「パパ……」


「飾りじゃない。君は宝石だ。磨かれていない原石だっただけだ」


翌朝の新聞に載るだろう見出しが、目に浮かんだ。


『グローバルテック、ネクストイノベーションを買収へ』


翔太の驚く顔が想像できる。


「パパ、一つお願いがある」


「何だ?」


「買収発表は、翔太と香織が婚約発表した直後にして」


父は不敵に笑った。


「なるほど。天国から地獄へ、か。いいだろう」


復讐劇の準備は整った。


飾りと呼ばれた女の本当の輝きを、世界に見せる時が来た。

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