第6話 『芸能界の女帝と呼ばれた元サレ妻』⑤「包囲網の始動」


「制作中止!?どういうことだ!」


レオの怒鳴り声が、事務所の会議室に響いた。マネージャーの田村が青ざめた顔で資料を広げている。


「神崎さん、今朝立て続けに連絡が……。まず、東都テレビの10月期ドラマ『愛の挽歌』ですが、スポンサーの意向で企画自体が白紙に」


「はぁ!?撮影は来週からだろ!」


「さらに、大日本映画の時代劇大作『関ヶ原』も、予算の都合で制作延期。実質的な中止です」


「ふざけるな!主演契約はどうなる!」


「それが……違約金なしでの解除という通知が」


レオは言葉を失った。通常、こんな直前のキャンセルには莫大な違約金が発生する。それがゼロ?


「CMはどうだ」


「高級時計ブランド『クロノス』、スポーツ飲料『パワーエイド』、大手銀行『みらい銀行』……全て今月末で契約終了です」


「全部!?」


田村はさらに悪い知らせを続けた。


「理由は『イメージ戦略の見直し』だそうです。しかも、これも違約金なしでの解除。法務部が契約書を確認したら、特殊条項が発動されたと」


レオは椅子に崩れ落ちた。年間10億円以上の収入源が、一週間で消えた。


「誰かの陰謀か?いや、でもこんな力を持つ奴なんて……」


その時、レオのスマホに通知が入った。


『黒田美咲、電撃の女優デビュー!父が経営する黒田プロから世界進出を発表』


記事を開くと、記者会見の写真が掲載されていた。洗練されたドレスに身を包んだ美咲が、自信に満ちた笑顔でカメラに向かっている。隣には黒田勝利の姿も。


《離婚協議中の神崎レオ(35)の妻、黒田美咲(28)が女優デビューを発表。黒田プロダクション社長で父の黒田勝利氏は「娘は隠れた才能を持っている。必ず世界で活躍する女優になる」と太鼓判》


「女優デビュー?あの地味な女が?」


レオは鼻で笑った。しかし、次の瞬間、血の気が引いた。


記事の最後に、こう書かれていた。


《なお、黒田氏は業界内で『影の支配者』と呼ばれる実力者。大手メディア各社と太いパイプを持つことで知られる》


「影の支配者……まさか」


震える手でSNSを開く。案の定、美咲への批判が殺到していた。


『玉の輿離婚して女優デビューとか計算高すぎ』

『神崎レオを利用しただけじゃん』

『結局金目当ての女だったのか』


しかし、美咲のSNSは平然としていた。


『新しい挑戦を応援してくださる方に感謝します。批判も受け止めて、作品で証明していきます』


シンプルな投稿に、フォロワーが急増していく。1時間で10万人増加。批判の中に、応援の声も混じり始めた。


『離婚の理由は知らないけど、新しい一歩を応援します』

『実は美咲さんのファンでした。頑張って!』


レオは苛立ちを抑えきれず、蘭に電話をかけた。


「蘭、今すぐ会いたい」


「レオさん……実は私も話があって」


嫌な予感がした。


「私、事務所から警告されたの。不倫スキャンダルが出たら即契約解除だって」


「何だと?」


「だから……しばらく距離を置いた方がいいかも」


電話が切れた。


レオは会議室の壁を殴った。痛みが走るが、それ以上に心が痛い。


翌日、芸能ニュースのトップは美咲の特集だった。


『黒田美咲、ハリウッドの大物プロデューサーと会食!早くも海外進出か?』


写真には、ビバリーヒルズの高級レストランで、ハリウッドの重鎮と談笑する美咲の姿。かつての地味な妻の面影はなく、そこには輝くスターの卵がいた。


レオの携帯が鳴った。田村からだ。


「神崎さん、さらに悪い知らせが……」


「まだあるのか」


「はい。来月のファンミーティング、チケットの売れ行きが……前回の3割程度で」


包囲網は、確実に狭まっていた。


そして、レオはまだ知らない。


これが、始まりに過ぎないことを。

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