第6話 『芸能界の女帝と呼ばれた元サレ妻』③「添え物宣言」


映画祭のアフターパーティーから帰宅した深夜2時。レオは上機嫌で鼻歌を歌いながらネクタイを緩めていた。蘭と堂々とダンスを踊り、周囲に「仲の良い先輩後輩」をアピールしていた姿が、まだ目に焼き付いている。


「レオ、話があるの」


リビングのテーブルに、私は茶封筒を置いた。


「なんだよ、こんな時間に」


面倒くさそうに封筒を開けた瞬間、レオの顔色が変わった。ホテルの写真、蘭の裏アカウントのスクリーンショット、そして二人の会話の録音を文字起こしした書類。


『美咲なんて、僕の評価を上げるための道具だよ。君とは違う』

『嬉しい♡ 私、レオさんの本当の女になりたい』


「これは……」


「説明は要らないわ」私は冷静に言った。「水野蘭さんと不倫してるのよね」


一瞬の沈黙の後、レオは書類を投げ捨てた。そして、信じられない言葉を口にした。


「だから何だ?」


開き直った。完全に、開き直った。


「別れるなら別れればいい。慰謝料なら払ってやる」レオは立ち上がり、見下すような目で私を見た。「むしろ好都合だ。君みたいな地味な女、もう必要ない」


「地味な女?」


「そうだよ。君は所詮、僕のイメージ戦略の添え物だ。『家庭的な妻がいる誠実な俳優』を演出するための小道具。でも蘭は違う。彼女には本物の女優になる器がある。華やかさも、才能も、すべて君とは次元が違う」


添え物。小道具。その言葉が、冷たいナイフのように心に突き刺さった。


レオはさらに続けた。


「大体、君と結婚したのだって、父親のコネ目当てだったんだ。黒田プロの社長の娘だから価値があった。でも今の僕には、もうそんなちっぽけなコネなんて必要ない。僕は自力でここまで来た」


「父のことを、ちっぽけなコネ?」


「ああ、そうだよ。三流プロダクションの社長でしょ?最初は使えると思ったけど、大した力もなかった。君も、君の父親も、もう用済みだ」


私は静かに立ち上がった。そして、レオの目をまっすぐ見つめる。


「そう。よく分かったわ」


「は?」


「私が添え物で、父がちっぽけな存在で、蘭さんが本物。そういうことね」


私は微笑んだ。心の底から、可笑しくて。


「じゃあ、離婚しましょう」


「……え?」


レオが固まった。予想外の反応だったらしい。


「離婚よ。あなたが望んでいることでしょう?添え物は消えてあげる」


「いや、ちょっと待て。そんな簡単に……」


「簡単?5年間、あなたを支え続けた私の人生が簡単?毎朝4時に起きてあなたの朝食を作り、スケジュール管理をして、体調を気遣って、メディア対応までしてきた私が、ただの添え物?」


私は一歩、レオに近づいた。


「いいわ。添え物は退場します。明日、弁護士を立てるから」


「美咲、落ち着け。離婚なんて、世間体が……」


「世間体?」私は笑った。「不倫してる人が何を言ってるの?それとも、まだ私という添え物が必要?」


レオは言葉に詰まった。


私はスマホを取り出し、父にメッセージを送った。


『パパ、明日時間ある?相談があるの』


即座に返信が来た。


『もちろんだ。いつでも来なさい』


「美咲、待てよ。話し合おう」


レオが腕を掴もうとしたが、私はそれを振り払った。


「話し合うことなんてないわ。あなたは蘭さんと本物の愛を育めばいい。私は私の人生を生きる」


寝室に向かいながら、私は最後に振り返った。


「あ、そうそう。一つだけ忠告。父のことを『ちっぽけ』なんて言わない方がいいわよ。あなたが知らないだけで、父は想像以上の人だから」


レオの顔に、一瞬不安がよぎった。


でも、もう遅い。


添え物と呼ばれた私の、本当の物語が始まる。

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