第5話 『夫の不倫相手は私の親友だった』⑥新たな始まり


「美咲、引っ越しの荷物、これで最後?」

直樹が段ボールを運びながら聞いた。


「ええ、ありがとう」

私たちは一緒に暮らし始めることにした。場所は横浜の新築マンション。

お互いの過去を知らない、新しい土地で。


「二人で選んだ家具、似合ってるね」

「センスが合うのよ。運命かも」


冗談めかして言ったが、本心だった。

健太とは5年かけても分かり合えなかったことが、直樹とは自然にできる。


引っ越し祝いに、会社の同僚たちが集まってくれた。

「美咲さん、幸せそう!」

「前の旦那さんより、断然お似合い!」


皆、健太との離婚を知っていたが、詳細は聞かない。

ただ、今の私の笑顔を見て、正解だったと理解してくれている。


「直樹さん、美咲さんを大切にしてくださいね」

「もちろんです。彼女は僕の宝物ですから」


その言葉に、胸が熱くなった。

健太は一度も、人前で私を褒めたことがなかった。


パーティーの途中、スマホにニュースの通知が来た。

『元IT企業係長、横領容疑で書類送検』


健太だった。

不倫相手への利益供与が、結局横領と認定されたらしい。


「見た?」

直樹が小声で聞いてきた。

「ええ。でも、もう関係ない」


本当にそう思った。

恨みも、憎しみも、もうない。

ただ、関わりたくない過去の人。


翌日、買い物に出かけた先で、偶然香奈を見かけた。

スーパーのレジ打ちをしていた。

あんなにキラキラしていた彼女が、疲れ切った顔で。


目が合った。

香奈は一瞬驚いて、すぐに目を逸らした。


「お客様、1,580円です」

私に対して、他人のように接する。

それでいい。もう、私たちは他人だから。


店を出ると、直樹が待っていた。

「遅くなってごめん。あ、どうかした?」

「ううん、なんでもない」


香奈のことは言わなかった。

もう、どうでもいいから。


夜、二人でワインを飲みながら、将来の話をした。

「子供は何人欲しい?」

「2人かな。男の子と女の子」

「いいね。にぎやかになりそう」


健太とは、こんな話をしたことがなかった。

いつも仕事の愚痴か、私への文句ばかり。


「美咲」

「なあに?」

「君に出会えて、本当に良かった」

「私もよ」


週末、結婚式場の下見に行った。

「お二人とも再婚ですか?」

プランナーの質問に、堂々と答える。


「はい。だからこそ、今度は本物の幸せを掴みたいんです」


式は来年の春に決まった。

桜の季節。新しい始まりにふさわしい。


招待状のリストを作りながら、ふと思った。

健太も香奈も、もちろん呼ばない。

でも、彼らがいなければ、この幸せはなかった。


「ねえ、直樹」

「ん?」

「もし、あの二人が不倫してなかったら」

「僕たちは出会ってなかった」

「運命って、不思議ね」


直樹が私の手を握った。

「全ては最善の形で起こる。そう信じてる」


スマホに、母からLINEが来た。

『新しい彼、いい人そうね。今度は幸せになりなさい』


返信する。

『うん、今度は大丈夫。本物を見つけたから』


窓の外には、横浜の夜景が広がっている。

健太と見た東京の景色より、ずっと美しい。


過去の傷跡は、新しい愛で癒されていく。

裏切りの痛みは、真実の幸せで上書きされる。


「美咲」

「なあに?」

「愛してる」

「私も愛してる」


シンプルな言葉。

でも、心からの言葉。


新しい人生が、今、始まった。


【完】


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